THE FLUTEオンライン記事:THE FLUTE157号 Cover Story│ヴァンサン・リュカ
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ヴァンサン・リュカ─パリ管弦楽団首席奏者インタビュー

THE FLUTE157号 Cover Story

ヴァンサン・リュカ

THE FLUTE157号の巻頭インタビューに登場した、ヴァンサン・リュカ氏。本誌に前回登場したのは、2005年のこと。実に12年ぶりとなったわけだが、インタビュアは当時と同じ、フルーティストの藤田真頼氏。リュカ氏と藤田氏は当時からすでに旧知の仲で、初めて出会った頃のことが2005年当時(THE FLUTE76号)のインタビューでは語られている。藤田氏が20歳そこそこ、リュカ氏は弱冠17歳で、1985年の神戸国際フルートコンクールに出場したときのエピソードがそれである。 ここでは、76号の記事からそのあたりの内容をダイジェストで紹介しよう。

ヴァンサン・リュカ

 

藤田
僕たちも知り合ってからもう20年になる。きみの演奏を聴いたことがきっかけで、僕はフランスに勉強に行く決心をしたんですよ。
リュカ
そうだったの!?
藤田
85年の神戸国際フルートコンクールの一次審査を全部聞いたからね。あの年はすごく暑い夏だったね。きみの他にもヴィセンス・プラッツ・パリース、フィリップ・ブークリ、フランソワ・ローラン、佐久間由美子さんなど、優秀なフルーティストがたくさんいて……。とにかくフランス人フル-ティストの上手さにビックリしたんです。僕は二十歳そこそこで、自分と同年代の奏者による世界的なレベルの演奏を初めて聴いた機会でした。フランス人にかぎらずポーランドやチェコ、韓国人でも、フランスで勉強したことのある人たちは何かが違うと思った。とくにきみが最初に吹いたC.P.E.バッハが他の誰より素晴らしくて。でも二曲めのドゥメルスマンで楽器のトラブルが起こって残念だったね。ファのキィが上がらなくなって。
リュカ
ああ。あれで完全に集中力をなくしてしまって、その後滅茶苦茶になっちゃった!(笑)
藤田
そうだったね、よく覚えてるよ。コンクールの結果は良くなかったけど、その時17歳でしょう? すでにオーケストラに入っていたし、こんなに吹ける17歳は日本にいなかった。“ヴァンサン・リュカ”という名前はその時から僕の頭にしっかり刻まれて「いつかフランスに行って勉強するんだ。この教育の違いは何なのか確かめるのだ」と。それで次の年にフランスに留学を決めた。これが僕達の最初の出会いで、その後長く付き合うきっかけになったわけですね。
リュカ
そんな賛辞を言ってくれて嬉しいよ!
藤田
僕は8年間フランスにいたんだけど、きみはトゥールーズからベルリンに行き……。だからフランスでは一度も会う機会がなかったですね。
リュカ
いや、一度だけパリのドゴール空港でたまたま会ったよ。あのときはビックリしたね。二回目の神戸のコンクールを受ける前で、新曲の譜面が手に入らなくて……きみに貸してくれるよう頼んだね。
藤田
ああ、そうだったね。ベルリン・フィルのツアーの時にバッタリ! 僕が持っていた楽譜をベルリンに送ってあげたんだ。その後、98年にきみが来日したとき、一緒にマスタークラスとトリオのコンサートを開いた(仙台フィルの戸田敦氏と)。あれは良いコンサートだったね。
リュカ
うん、また一緒にやりたいね。とてもよい音楽の時間を分かち合えたよ。僕はフレンチスクールの伝統を継承しているから、日本でも良い仲間と音や解釈を存分に表現していきたいと思っているんです。

---------------中略---------------

 

藤田
子どもの頃から、もともとオーケストラで吹きたかった?
リュカ
小さい頃はまったく何も考えなかった。ただフルートの試験でよい成績を取るのが楽しくて、一生懸命練習していました。そのうちパリ音楽院に入り、フルートを自分の職業にしようと思い始めたら、結局3つの可能性しかないわけです。オーケストラ、先生、ソリスト。ソリストなんて誰でもなれるものじゃないし、まだ若かったからオーケストラが一番手っ取り早いかと思って、たくさんのオーディションに挑みました。
藤田
フルートを職業にしてからの、印象的なコンサートや出来事を話してください。
リュカ
いっぱいあるけど……そうだね、パリ管で中国に行った時、中国人の作曲家の素敵なフルート協奏曲を演奏できたことはとても印象に残っています。フルートを通してきみたちのような奥の素晴らしい友だちができ、美味しいものを食べながら楽しい会話ができるのは最高の幸せだね。

(THE FLUTE vol.76 Cover Story より)

 

藤田氏にフランス留学を決意させるきっかけとなったほどの音楽性を、17歳で既に兼ね備えていたリュカ氏。出会いから30年以上の時が経ち、今も親交を深めているお二人の間にある信頼関係は、その圧倒的な音楽表現から始まったものであることは間違いない。

そんなリュカ氏が、毎年マスタークラスを行なっている桐朋学園短期大学のオーケストラとこの2月に共演し、コンチェルトを演奏した。大学主催による初の対外的なコンサートという記念すべき公演で、演奏したのはモーツァルトの『フルート協奏曲第1番 ト長調 Kv.313』。この曲を演奏するにあたって思うことを、前日に行なったインタビューで氏が語っている。ぜひコンサートレビューとあわせて、THE FLUTE本誌157号にてお読みいただきたい。

ヴァンサン・リュカ

ここでは、コンサートのアンコールで演奏された曲について、本誌記事の補足をしておきたい。 曲目は『マタイ受難曲より「愛ゆえに我が主は救い給う」』(J.S.バッハ作曲)。『マタイ受難曲』は、新約聖書「マタイによる福音書」に描かれたキリストの受難を題材にした音楽作品だ。その中のアリア「愛ゆえに我が主は救い給う」(原題:「アウスリーベ」)は、キリストが十字架にかけられる場面で流れる、人間の生命と愛を象徴している曲である。ドイツ語の「アウスリーベ」は「愛より」という意味。 今回のコンサートでのものではないが、リュカ氏によるこの曲の演奏は、YouTubeにもアップされている。その静謐で温かい演奏を聴いてみたい方は、検索してみるといいかもしれない。

 

ヴァンサン・リュカ Vincent Lucas
8歳でクレルモン=フェラン国立音楽院に入学。1981年にベラン・コンクール及びUFAM コンクールで審査員一致の一等賞を獲得。1983年プラハ放送主催、国際ラジオコンクール優勝。1984年パリ国立高等音楽院で一等賞を得て卒業。同年トゥールーズ国立管弦楽団に入団。1989年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に入団、5年間在籍。1994年にパリ管弦楽団に首席フルート奏者として入団、現在に至る。2000年6月にはケント・ナガノ指揮のバークレー・フィルハーモニーとコンチェルトを共演した。1995年よりパリ国立高等音楽院で、1999年よりパリ国立地方音楽院で後進の指導にあたっている。

藤田真頼

藤田真頼 Mayori Fujita
東京音楽大学在学中に民音室内楽コンクール入賞。フランス国立リュエイル・マルメゾン音楽院のフルート、室内楽科で1等賞を獲得。帰国後はソロ、室内楽、オーケストラ、ミュージカル等多方面で活躍。CD『タファネルとゴーベールの遺産』はレコード芸術誌の準推薦盤。アンサンブル・バロック・レジーナ、木管アンサンブル「ソシエテ」代表。昭和音楽大学准教授。玉川大学非常勤講師。日本フルート協会常任理事。

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