フルート記事
THE FLUTE 153号 Close-Up2

イオン・ボクダン・スティファネスク

本誌153号インタビューに登場したルーマニア出身の奏者、イオン・ボクダン・スティファネスク氏。取材当日は2時間たっぷり、とても饒舌に話を聞かせていただいた。 誌面に掲載できなかったエピソードもあり、ここではそれらを皆さんにお届けしたい。 また、インタビュー翌日に行なわれたコンサートの模様を、インタビュアーを務めた平山恵さんがレポート。こちらもお楽しみいただきたい。

 

イオン・ボクダン・スティファネスク

歌う心、聴く耳……今の自分を育んだ師への思い

イオン・ボクダン・スティファネスク
(ジョルジェ・エネスク ブカレスト・フィルハーモニー首席奏者)

本誌153号のインタビューClose-upに登場した、イオン・ボクダン・スティファネスク氏。本誌記事では、アラン・マリオン氏に出会い薫陶を受けたこと、そして未だ悔恨の思い多き過ち……そんなことについて語ってくれました。ここでは、本誌には掲載していない、ジェームズ・ゴールウェイ氏とのエピソードを紹介します。
(インタビュアー:平山恵 取材協力:村松楽器販売株式会社)

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今までに師事した先生で、いちばん印象に残っているのはどなたですか?また、どんな教えが特に印象的だったのでしょうか。
スティファネスク(以下S)
ゴールウェイ氏です。教え方については、例えばよくジョークを言います。私もよく生徒にジョークを言います。ジョークの言い方を心得ていると、生徒に良い結果が出ると私は考えています。なぜなら、教えるときに、一人一人を理解している必要があるからです。教えるときに、「一般的に」教えることはできません。生徒一人ひとりをよく見て、よく理解するからこそ、良いジョークが生まれます。そして、それが生徒の役に立つのです。
ゴールウェイ氏は、父のように私の面倒を見てくれました。たとえば、こんなことがありました。私がスイスのウェッギスに彼のクラスを受けに行くときのことでしたが、当時ルーマニアではビザを取るのに2、3日も大使館の前に並んで、それでも取れるかどうか分からない状態でした。ところが、彼はスイスから大使に電話して「私のクラスには彼が必要なので、ビザを出しなさい」と言ってくれたのです。大使館では、ゴールウェイ氏が電話してくるなんて君は重要人物なんだね、ということで、直ちにビザを出してくれました。

スイス行きが決まると、私はゴールウェイ氏に「参加費はいくら支払えばよいですか?」と聞きました。返事は「私が君を招待するのだから何も要りませんよ」というものでした。そして、「君はうちに泊まればいいよ」と言ってくれたのです。私は驚いて、「そんな……とんでもない!ホテルに泊まります。ホテル代なら払えます」と答えました。私は当時クレジットカードを持っておらず(1990年代半ばのルーマニアでは、クレジットカードを持っている人はいませんでした)、現金を持っていく必要があるため、そう聞いたのです。
ゴールウェイ氏はとても驚いた様子で、「クレジットカードを国民に持たせないとは、なんてことだ!」と言いました。——そんな感じで、彼はいつも私を庇護してくれたのです。その講習会では、ムラマツに私を紹介してくれました。(このあたりのエピソードは、本誌153号に詳しく掲載しています。そちらもぜひご覧ください)
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とても面倒見のよい先生だったのですね。
S
私がそれまで学んできたのは、生徒は意見を持ってはいけない、とにかく先生が言ったことをできなければならない、ということでした。生徒が先生に対して、自分のほうが良いアイデアを持っているなどとはもちろん言ってはいけませんでしたし、さもなければ来てはいけない、とルーマニアでは言われてきました。私は先生とはそういうものと思ってきましたから、ゴールウェイ氏がフレンドリーに接してくださることに最初は驚き、どんなに感謝し尊敬したかしれません。

また、彼は私に演奏するときに“歌う心”を持つことを教えてくれました。年中「歌え、歌え」と言われました。彼の演奏を聴いて、ヴィブラートがポイントになっていると思った私は、それを彼から学びました。
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ゴールウェイ氏以外にも、さまざまな先生に出会い、教えを受けたそうですね。
S
ええ。いろいろな先生と勉強しましたが、私はそれまで受けてきた教育の影響で、先生と自分の演奏の“違い”というものを聴くことができませんでした。でも、それぞれの先生が、私の心と耳をその時の段階に応じて開いてくれて、私は聴けるようになりましたし、彼らは歌う心を私の中に植え付けていってくれたのです。そして次第にそれは、私の中で自然に生まれるようになりました。
私は自分の成長の過程において、素晴らしいタイミングでさまざまな先生にお会いできたのだと思っています。そして、ゴールウェイ氏は私にとってその代表なのです。

 

イオン・ボグダン・スティファネスク コンサート
「ルーマニアのフルート音楽を集めて」

2016年6月4日(土)ムラマツホール
[出演]イオン・ボグダン・スティファネスク(Fl)、ホリア・ミハイル(Pf)
[曲目]ゴレスタン:ソナチネ、ヴォイクレスク:無伴奏フルートの為の9つのソナタより4番、チョルテア:ソナタ、ロタル:ドール、エネスコ:カンタービレとプレスト、エリネスク:イントロダクションと魔法使いの踊り、ラドゥレスク:ディジー ディヴィニティーI 作品59、トドゥツァ:ソナタ

奏者自身による、本日の曲目や作曲者についてのトークが最初に行なわれ、その後始まったコンサート。1曲目のゴレスタンは、ルーマニアの大地を思わせる、独特の響きのある曲で始まりました。なんとなく嬉しい音が続く3楽章が印象的で、大変パワフルに吹いていらっしゃいました。とても集中力のある演奏はゆったりしていて素晴らしく、センチメンタルでロマンティックでした。4楽章はエネルギッシュな雰囲気で、まだ独特の響きの中の“間”が絶妙。前日のインタビューで伺った、彼自身の“脈”が取り入れられていたのかもしれません。ムラマツ18Kの音の響きが、彼らしいと感じました。
2曲目のヴォイクレスクは、舞踏音楽なので本来はダンスをする人がたくさんいるはずなのだけれど、今日はコンサート形式のためそれをカットし、演奏しながら足のステップでそれを表現するとのこと。ルーマニアの音楽、足のステップ、18Kのフルートの音色……それらが不思議とマッチするところが面白く、楽器を吹きながら歌うというこの曲は、どんな楽譜になっているのだろう、と、興味をそそられました。
3曲目の頃になると、私はお客さんの集中力の素晴らしさを感じるようになりました。どんどん楽器が鳴ってきたのもこのあたりです。チョルテアによるこの曲は、1楽章は明るい曲の始まりで、エネルギッシュさが魅力。2楽章はメランコリックで民族音楽風なメロディが続きました。3楽章は民族的なメロディでどこか懐かしいというか、スティファネスク氏も冒頭に話されていたように、日本の音楽に通じるところがある曲でした。その意味では、次に演奏されたロタールも非常に日本ぽい雰囲気を持っていました。アルトフルートによる演奏で、作曲者が日本を知る前に作曲したものでありながら日本風の響きを持っているのが特徴だと、スティファネスク氏は語っていました。話をしているような曲であり、Voiceあり、ほかにも現代音楽奏法が取り入れられ……通奏低音を声で表現する部分では、彼自身の話を音楽を通じて聴いた気がしました。
その後は、エネスコ、エリネスク、ラドゥレスク、と続きます。エネスコは普段聴いているフランス人のフランス音楽のような形ではなく、「これはルーマニア人の曲だ」と再認識できた気がする音楽でした。エリネスクは、民族的で楽しい曲。パワフルで、まったく疲れを感じさせない18Kフルートの響きを聴いていると、この楽器を作った青木氏(注:ムラマツフルートの技術者である青木宏氏)のことを考えさせられました。楽器製作者の青木氏が非常に的確に演奏者のステージでの演奏を想定して、それを生かすべく、楽器を作られているのだということを感じました。
アンコールも2曲が披露され、充実したプログラムで幕を閉じた今回のコンサート。普段あまり触れることのないルーマニアの音楽ですが、彼の国に気持ちを馳せながら聴くことのできる、稀有な機会でした。(平山恵) 

イオン・ボクダン・スティファネスク

平山恵さんと


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