フュージョン&ファンク・サックスが吹き込む熱風

Summer Breeze from Fusion & Funk SAX

サックスがリードした フュージョン&ファンクの発祥と発展

ストレートアヘッドなジャズと並んで、サックスが主役となる機会が断然に多いジャンルの筆頭に挙げられるのが、フュージョン、そしてファンクだろう。同じく16ビートを基本にしてエレクトリック楽器がバックを担う、この二つの音楽にはアーティストもサウンドも関連する部分が数多い。
そこで今回はフュージョン&ファンクのサックスにスポットを当てて、これからの季節にもピッタリなホット&クールなビートとサウンドの魅力に迫る。

まずは、ジャズとR&Bを源流に勃興し、様々なスタープレイヤーたちの登場によって革新を重ねてきたフュージョン及びファンクの歴史を辿ってみよう。
現在に至るこのジャンルのポピュラリティの獲得に、サックス奏者たちが大きな貢献を果たしてきたことが改めて浮き彫りになる。
文 : 熊谷美広

フュージョン&ファンク・サックスのひとつの流れは、1960年代のR&Bシーンから起こっ た。 R&Bシーンで活動していたサックス奏者たちが、サックスによるR&Bインストゥルメンタルという、まさに今のフュージョンのひとつのルーツともいうべき音楽を展開し始めたのである。その代表格はキング・カーティス。彼がクリエイトしたファンキーでリズミックなサックス・インストゥルメンタルは、その後のフュージョン・シーンに大きな影響を与えた。また彼以外にも、ジェイムス・ブラウンのバンド“JB's”のメイシオ・パーカーやピー・ウィー・エリス、レイ・チャールズ・バンドのハンク・クロフォードやデヴィッド・ニューマン、さらにジュニア・ウォーカーなどのファンキーなプレイも、後の世代に大きな影響を与えている。 さらに基本的にはアコースティックだが、ファンキーなサウンドでポピュラーな人気を得ていたキャノンボール・アダレイが、フュージョン・サックスに与えた影響も大きい(彼も晩年にはエレクトリック・サウンドを取り入れている)。

ハンク・クロフォード
キャノンボール・アダレイ

一方、ジミ・ヘンドリックスやスライ・ストーンの音楽に心酔していたマイルス・デイヴィスが、1969年にリリースしたエレクトリック・ジャズの傑作「ビッチェズ・ブリュー」は、全世界で大きなセンセーションを呼び、ジャズの方向性までも変えていく。 そして彼のバンド出身者、いわゆる“マイルス・スクール”のミュージシャンたちが、70年代前半に次々と新しいグループ を作り、フュージョンの原型ともいうべきサウンドをクリエイトし始めていった。そしてウェザ ー・リポートのウェイン・ショーター、リターン・トゥ・フォーエヴァーのジョー・ファレル、ヘッド・ハンターズのベニー・モウピン、また70年代にマイルス・バンドに起用されたデイヴ・リーブマンやスティーヴ・グロスマンらが大きな 注目を集めるようになっていった。 特にウェザー・リポートで次々と新しいアプローチを展開し、さらにソロ活動ではブラジル音楽まで取り入れたウェイン・ショーターのアプローチは、当時としては画期的なものだった。

ウェザー・リポート
 
ヘッド・ハンターズ

また同じ頃、スティーヴ・マーカス、チャールス・ロイド、ガトー・バルビエリなどといった、 ロックのサウンドを自分たちの音楽に積極的に取り入れたサックス・プレイヤーたちも登場し、シーンはさらに“フュージョン= 融合”し始めていったのである。
そして1970年代に入ると、そんな彼らに影響を受け、それまで比較的アコースティックなジャズをプレイしていたプレイヤーたちも、積極的にエレクトリックでファンキーなインストゥルメンタル・ミュージックをプレイするようになっていった。 グローヴァー・ワシントンJr.、ロニー・ロウズ、トム・スコット、スタンリー・タレンタイン、ウィルトン・フェルダー(クルセイダーズ)などがそうだ。 特にクリード・テイラーが設立したCTI レーベルからは、グローヴァー・ワシントンJr. 、スタンリー・タレンタイン、ハンク・クロフォード、ジョー・ファレルなどが次々とヒット・アルバムをリリースし、フュージョン・サックスの土台を作っていった。

グローヴァー・ワシントン Jr.
トム・スコット

一方日本でも、渡辺貞夫が1960年代後半の「パストラル」あたりからフュージョン的なサウンドを展開してシーンに衝撃を与え、さらに村岡建、植松孝夫、ジェイク・H・コンセプション、 稲垣次郎などもエレクトリックなサウンドを積極的に取り入れていったのである。
そして1970年代中盤、後のシーンを大きく塗り替えるふたりの天才サックス奏者、マイケル・ブレッカーとデヴィッド・サンボーンがシーンに登場する。ジョン・コルトレーンやウェイン・ショーターらが展開していたモード的アプローチと、キング・カーティスらのファンキーな要素を巧みに融合させ、超絶的なテクニックでメカニカルなフレーズを吹きまくるブレッカーは、その後の多くのサックス奏者たちに大きな影響を与え、ボブ・バーグ、ボブ・ミンツァー、ビル・エヴァンス、ボブ・マラックなど、多くの奏者がそのスタイルを継承している。 一方サンボーンは、ハンク・クロフォードやデヴィッド・ニューマンからの影響を受けながらも、オリジナリティあふれるエモーショナルな音色とフレージングを聴かせ、多くのフォロワーを産み出して いった。

デヴィッド・サンボーン(撮影:米田泰久)
マイケル・ブレッカー

そして1970年代後半に入ると、フュージョン・ブームは絶頂を迎え、イキのいいサックス奏者が次々とシーンに登場してくる。ジョン・クレマー、マーク・コルビー、アーニー・ワッツ(ジェントル・ソウツ)、ジェイ・ベッケンスタイン(スパイロ・ジャイラ)、マーク・ルッソ(イエロージャケッツ)、ラリー・ウィリアムス(シーウインド)などだ。 彼らの登場によりフュージョン・サックス・シーンは隆盛を極めていったのである。 また日本でも、土岐英史(松岡直也ウィシング、山下達郎グループ)、峰厚介(ネイティヴ・サン)、山口真文(ザ・プレイヤーズ)、清水靖晃(マライア)、本多俊之、伊東たけし(ザ・スクェア)、沢井原兒、MALTAなどといったプレイヤーが台頭し、フュージョン・サックス・シーンはおおいに盛り上がっていった。

スパイロ・ジャイラ

1980年代に入り、1981年にグローヴァー・ワシントンJr. が「ワインライト」という作品をリリースし、ここで展開されていた、ソフィスティケイトされたR&B的なサウンド・アプローチは、シーンに衝撃を与えた。 そしてその方向性は、グローヴァーのグループ出身でもあるジョージ・ハワードが引き継ぎ、その後ケニー・Gの登場により、ひとつの完成をみる。“スムース・ジャズ系”の登場だ。その名の通り、メロディをスムースに吹き、クールなテイストで聴かせるサウンドは、1990年代後半、アメリカ西海岸を中心に大ブレイクした。 そしてカーク・ウェイラム、ボニー・ジェイムス、エヴァレット・ハープ、ジェラルド・アルブライト、デイヴ・コーズ、ネルソン・ランジェル、ナジー、ウォーレン・ヒル、エリック・マリエンサル、マリオン・メドウズなどといったサックスのスターを次々とシーンに送り出していった。
さらに1990年代に入ると、サンボーンとメイシオの要素を現代的な感覚で融合したキャンディ・ダルファーが登場して大きな注目を集め、日本からも本田雅人、小池修、勝田一樹、藤陵雅裕、竹野昌邦、山本拓夫など、それまでとは違ったタイプの、あらゆる音楽の要素を自由な感覚で演奏できるプレイヤーたちが次々と登場してきたのである。

ケニー・G
キャンディ・ダルファー

総合的に見ると、フュージョン・サックスのスタイルは、マイケル・ブレッカー、デヴィッド・サンボーン、そしてグローヴァー・ワシントン Jr. という3人が、完成させたといえるだろう。もちろん、これらの3つのスタイルは完全に分かれているわけではなく、それぞれが微妙に関係し合い、フュージョン・サックス・シーンを形成している。ブレッカーだってファンキーの要素もあるし、サンボーンだってコルトレーン・フレーズを使うし、ケニー・Gもステージではファンキーにブロウしている。 またパキート・デリヴェラ、コートニー・パインなどといった、アメリカ以外の土地から登場してきたサックス奏 者たちも、独自の感性によるサウンドを展開している。 このようにサックス・フュージョンは、様々なスタイルや音楽を貪欲に吸収し、バラエティに富んだサウンドを聴かせてくれているのである。

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