サックス記事

Smooth Jazz Vibes

スムース・ジャズ/R&Bの甘美なグルーヴに浸る

人間の歌声に最も近い楽器と言われるサックス。そして、その武器を最大限に発揮できるジャンルはと言えば、それはスムース・ジャズということになるのではないか。もともとはオリジネイターであるグローヴァー・ワシントンJr.が、あの不朽の名盤「ワインライト」で、R&Bシンガーが歌うかの如くサックスを奏でたことが、スムース・ジャズ誕生のきっかけだ。今回はその原点に返って、R&Bフィールが横溢する甘美なスムース・ジャズの世界に迫る。まずはシーンの成り立ちとスタープレイヤーの顔触れから紹介していこう。
(本文・アーティスト紹介文:熊谷美広)

それはグローヴァーから始まった

1980年代後半、それまでのフュージョンとは違ったベクトルを持った、よりソフィスティケイトされ、よりポップな肌触りを持った音楽がシーンに登場し、それが1990年代に入って大きな流れを生み出していく。それが“スムース・ジャズ”だ。だがその胎動は、1980年代前半から始まっていた。
1981年、グローヴァー・ワシントンJr.の「ワインライト」がリリースされた。このアルバムこそが、スムース・ジャズの原点だといえるだろう。ラルフ・マクドナルドがプロデュースを手がけたこのアルバムからは、ビル・ウィザースのヴォーカルをフィーチャーした『ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス』という大ヒット曲が生まれたが、この曲をはじめとして、アルバム全体が、当時“ソフト&メロウ”とか“ブラック・コンテンポラリー”などと呼ばれていたR&Bに近いアプローチで作られていた。ヴォーカルの代わりに、サックスでメロディを歌うR&B、というスタイルである。アドリブ・ソロ以上に、メロディを大切にして、メロディを歌うことに重点を置いたグローヴァーのサウンドは、ある意味でとても衝撃的だった。そしてこのアルバムは全米5位という大ヒット作となり、このアルバムの成功が、後の“スムース・ジャズ”へと続いていくことになる。
そして、そんなグローヴァーの活躍を受け、グローヴァーのグループ出身で、グローヴァー直系ともいうべきメロウなサウンドを展開して、当時のジャズ・チャートを賑わせたジョージ・ハワード、また1986年に「ナジーのテーマ」でデビューし、いきなりブラック・アルバム・チャートの12位を記録、その後もヒット作を連発していったナジーといったプレイヤーが登場していった。

ケニー・Gがもたらした革命

そして1986年、エポック・メイキングな出来事が起こる。“ジェフ・ローバー・フュージョン”出身で、1983年からソロ・アーティストとして活動していたものの、まだまだ知る人ぞ知る存在だったフュージョン・サックス奏者のケニー・Gが、1986年にアメリカのあるテレビ番組に出演し、リリースされたばかりのアルバム「デュオトーンズ」から、『ソングバード』をプレイした。実はテレビ局側からは“ポップなヴォーカル曲をやってほしい”というリクエストがあったにもかかわらず、彼はそれを拒否し、アルバムの中で最も自信のあったインストゥルメンタル曲をあえて選んで、演奏したのだった。だがその演奏が、テレビ局の思惑に反して大きな反響を呼び、局に問い合わせが殺到した。その結果、『ソングバード』はFMでも頻繁にオンエアされるようになり、あれよあれよという間にヒット・チャートを駆け昇り、インスト曲としては異例ともいうべき、全米シングル・チャート4位に上る大ヒットを記録、「デュオトーンズ」も全米で600万枚を売り上げる大ヒット・アルバムとなったのだった。当時ポップス・シーンは、ヒップ・ホップ、オルタナティヴ・ロック、グランジ・ロックなど、メロディよりもビートや勢いを前面に出した音楽が台頭し始め、それが若者たちから支持される一方、大人たちは、そうではない、メロディを重視した心地の良い音楽を求めている、ということを証明したのがこの曲のヒットだった。これにより、スムース・ジャズへの流れが大きく加速していく。

インスト音楽シーン新時代へ

そして1980年代後半には、“大人のための上質の音楽”という新たなるカテゴリーとして、“NAC”(ニュー・アダルト・コンテンポラリー)という名称がシーンに登場する。元々はあるFM局が、大人向きのポップスやインストゥルメンタルをNACと紹介し始めたのが最初だったといわれているが、それが全米に広がり、ついにはビルボード誌にも“NACチャート”が誕生するまでに至った。ただこのNACには、インストゥルメンタルだけではなく、いわゆるAORやポップスも含まれており、ジャズ/フュージョンというよりは、あくまでもジャンルを限定しない総合的なアダルト・ミュージックという位置付けだった。
さらに1990年代に入り、ボブ・ジェームス(Pf)、リー・リトナー(Guit)、ネイザン・イースト(Bass)、ハーヴィ・メイソン(Ds)によるユニット“フォープレイ”のデビュー・アルバム「フォープレイ」が、ビルボード誌のコンテンポラリー・ジャズ・チャートで33週間1位を記録するという大ヒットを記録する。彼らの、ソフィスティケイトされて、ポップなテイストもあり、デジタルの方法論も効果的に取り入れた音楽は、とても洗練されていて、耳に気持ちが良く、そして音楽的にもハイ・クオリティで聴き応えがあるという、まさに1990年代のジャズ/フュージョンのひとつの方向性を示すものだった。当時こういった音楽は、“クワイエット・ストーム・ジャズ”などといった呼び方もされていたようだ。そしてこの傾向は、1993年、ケニー・Gの「ブレスレス」のリリースで決定的なものとなる。このアルバムは、なんと4年間もチャート・インし続け、全世界で1,500万枚以上のセールスを記録するという、インストゥルメンタル・シーンにおいては歴史的な大ヒット・アルバムとなった。そして、打ち込みなども効果的に使った、洗練されたこのアルバムのアプローチやサウンドが、その後のスムース・ジャズの方向性を示していたと言っていいだろう。そしてアート・ポーター、ボニー・ジェームス、デイヴ・コーズ、ネルソン・ランジェルなどといった、NACチャートの常連になるサックス奏者たちが、続々とシーンに登場するようになっていったのである。

スムース・ジャズという呼称の誕生

そして1990年代中頃から、いよいよ“スムース・ジャズ”という呼称が一般的になってくる。これはその名の通り、耳にスムースに入ってくるジャズ、という意味だ。ロサンゼルスの“WAVE”を中心としたFMステーションがこのムーヴメントを支持し、ラジオを媒体として、このスタイルの音楽がより多くの人々に広がっていき、ひとつの、新たなるジャンルとして認知されるようになっていったのである。元々は1980年代後半、シカゴのラジオ・パーソナリティがこの言葉を使い始めたと言われているが、“スムース・ジャズ”という名称/ジャンルの普及には、WAVEの功績が大きかったといえるだろう。
そして“スムース・ジャズ”は“フュージョン”とはまた違ったひとつのスタイルとして認知され、特に西海岸を中心に大きなマーケットを形成するようになり、ウォーレン・ヒル、スティーヴ・コール、ミンディ・エイベア、ウォルター・ビーズリー、ロン・ブラウン、エリック・ダリウスなどといった新たなるスムース・ジャズ・シーンのサックス奏者たちも次々とシーンに登場するようになり、ヒット・アルバムを連発していった。さらにポール・ブラウンという、ボニー・ジェームス、ジョージ・ベンソン(Guit)、ボブ・ジェームス、リック・ブラウン(Tp)、リチャード・エリオット、ノーマン・ブラウン(Guit)、ピーター・ホワイト(Guit)などといったトップ・アーティストたちのヒット作を立て続けに手掛ける、スムース・ジャズ界のカリスマ・プロデューサー(本来彼はギタリストで、自身のアルバムもリリースしている)までシーンに登場するようになり、1990年代後半、スムース・ジャズはブームのピークを迎えることになる。
だが2000年代に入り、リスナーたちも同じようなサウンドに飽きてきたのか、かつてのフュージョンと同様、スムース・ジャズのブームもやや翳りを見せ始めた。しかし、最近ではスムース・ジャズ系のアーティストでも、耳あたりがよくて刺激の少ない打ち込みを中心としたサウンドから、再びライブ演奏によるエモーショナルなサウンドを展開するようになり、新展開を見せはじめているようだ。まさに歴史は繰り返す、といったところだろうか。

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