サックス記事

クラシック・サックス70年の歩み

THE SAX 70号 特集1 「躍動するサックス史70年」

今年2015年は戦後70年という節目の年にあたる。 終戦の焼け野原から目覚ましい復興を遂げた日本の歩みは、今さら語るまでもないだろう。 そして、奇しくもあのSF映画の名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」で描かれた未来の舞台も2015年。そこでTHE SAX 70号と次号の2回に亘って、戦後日本と同様に70年の間に大きな発展を遂げてきた日本のサクソフォン界が歩んだ道のりを辿り、前編となる70号本誌では、特にその黎明期にスポットを当てて振り返った。

 

クラシック・サックス70年の歩み

今や海外でも活躍し高い評価を受ける奏者が目白押しとなっている日本のクラシック・サックス界。脈々と受け継がれてきたストーリー、日本サクソフォーン協会の設立、日本管打楽器コンクールの開催や新世代サキソフォン奏者など、クラシック・サックス70年史を振り返ることが出来る。ここでは、本誌掲載の内容を一部ピックアップして紹介しよう。

 

■マルセル・ミュールに衝撃を受けた阪口 新がサクソフォンに転向
日本の戦後クラシック・サクソフォン界を語る上で欠かせない人物が阪口 新(1910〜1997)。 チェリストとして活動していた彼が、ある時、マルセル・ミュール(1901〜2001)のSP盤録音を耳にして衝撃を受け、サクソフォンへ転向したという。サクソフォンは独学で習得。1953年に東京藝術大学に初のサクソフォン科が開設され、阪口が講師に就任した。

■阪口から受け継がれた弟子たちの活躍
石渡悠史(1938〜)
阪口の最初の生徒。クラリネット奏者/サクソフォン奏者である宮島基栄(1933〜2015)らと、日本初の定常活動を行うサクソフォン四重奏団、アカデミア四重奏団を結成した。
大室勇一(1940〜1988)
アメリカのイーストマン音楽院に留学からの帰国後、東京藝大など5つの学校で教鞭を執り、多くの個性的な奏者を輩出した。
冨岡和男(1946〜)
第38回日本音楽コンクール(1969)でサクソフォン奏者として初優勝。冨岡が結成した四重奏団、キャトル・ロゾー・サキソフォン・アンサンブルは、国内サクソフォン四重奏の礎を築いた。
赤松二郎(1947〜)
大阪音楽大学で阪口に師事し、現在、関西サクソフォン界の中心的な立場である。

■日本サクソフォーン協会の設立
日本サクソフォーン協会が発足したのが1979年、阪口 新が初代会長に就任した。 1997年以降は、石渡悠史が引き継いて会長に就任。

■国際舞台での活躍
雲井雅人(1957~)
1983年ジュネーブ国際コンクールで入賞。
須川展也(1961~)
1984年日本管打楽器コンクールでは、1位入賞。1990年代には、須川展也のソロ活動、また、大室勇一門下で結成されたトルヴェール・クヮルテットの活動が隆盛期を迎えた。
平野公崇(1970~)
1999年第1回ジャン=マリー・ロンデックス国際コンクールで、日本人サクソフォン奏者初の国際コンクール優勝を果たす。
原 博巳(1975〜)
2002年、世界最高峰のコンクール、アドルフ・サックス国際コンクールにおいて優勝。

■近年のクラシック・サクソフォン界
林田祐和(1981〜)、田村真寛(1982〜)らが参加する、クローバー四重奏団、2014年、第4回ロンデックス国際コンクールで優勝した松下 洋(1987〜)、また、2011年に、史上最年少(2015年現在)で管打楽器コンクールに優勝し、2014年にアドルフ・サックス国際コンクールで第2位入賞を果たした上野耕平(1992〜)の活躍など、日本国内におけるサクソフォンの技術力・表現力の向上は、とどまるところを知らない。

 

 

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