THE SAX vol.41(2010年5月25日発刊)

vol.19「サックスセクションのための練習計画 上級編」

最近のスガワ

こんにちは。皆さん、楽しくサックスライフをお過ごしでしょうか。
今回はちょっとお知らせから入らせてください。毎年7月7日に、僕が所属するコンサートイマジンが主催する一大コンサート「イマジン七夕コンサート」が開催されています。コンサートイマジンに所属する素晴らしい音楽家が次から次に登場する贅沢な企画なのですが、今年はちょっと趣向が変わって、オーケストラとソリストのステージになります。ソリストはピアノの山田武彦さん、ギターの渡辺香津美さん、バンドネオンの小松亮太さん、そして僕。普段は違ったフィールドで活動しているソリストがいろんなスタイルの「協奏曲」を演奏します。僕が演奏するのは吉松隆さんの『サイバーバード協奏曲』。毎年サントリーホールで行われている人気コンサートです! ぜひ皆さんもお越しくださいね。

 

 

サックスセクションのための練習計画 上級編

さて今回は、「サックスセクションのための練習計画」上級編として、個人練習の中身をどうするか、ということに触れてみましょう。

まずは、自分がどれだけの時間を練習に費やせるのかを考えます。そして、それをきちんと配分することが大事です。すべての練習時間を10とすると、そのうち2割をウォーミングアップ、ロングトーン、音出しのチェック。3割をエチュード、教則本。あとの5割を曲の練習。もしくはその中に、基礎練習やエチュードの中でどうしても制覇しないといけない部分に特化する練習に当てます。

その「特化する練習」とは一体どんなことでしょう? まずやっておいてほしいことからお話しします。サクソフォンという楽器は、基本は2オクターブ半という狭い音域しか出ません。まず与えられたその2オクターブ半という音域を、下から上までまんべんなく鳴らせることが大切です。吹奏楽のバンドでサックスを吹いている人に注意してほしいのは、コンサートで演奏する曲だけを練習していると、その曲で使われる音域ばかりがトレーニングされ、あまり使われていない音のコントロールにムラができやすいということ。そうならないためにも、個人の練習時間の中で必ずいろんな調を練習して、全音域を手中におさめるということが、上達のポイントになると思います。

また、バンドで演奏する前には、ひとつの音(B♭やA)で全員がチューニングすると思いますが、楽器というのはひとつの音がチューナーに合っていても、その隣の音になるとすでに微妙な音程のずれが出てしまうものなんです。自分の楽器がどういう特徴を持っているのか、自分の楽器を自分で学び、知っておくことも大切ですね。例えばサクソフォンは、オクターブキィを押した上のド♯の音程が基本的に高くなります。そして真ん中のド♯は低い。最近の楽器はどんどん改良されているとはいえ、完璧な音程を持っている楽器を作ることは非常に難しいんですね。サックスに限らず、どの楽器にも音程が低いとか高いとか、音が開いたりこもったりするというようなクセがあるものです。なぜそれを知っておかなければいけないのでしょう? 例えば4小節くらいの短いソロの部分に、そのクセのある音がひとつでも出てくると、そこで音色のムラができてしまい、フレーズの繋がりが悪くなってしまうことがあるからです。例えば真ん中のド♯は音色のコントロールが難しいので替え指を使うとか、その前後の音でどの指を使うとか、練習時に研究しておくことで、いざというときにその欠点を克服するための技を使うことができるわけです。

次に、「個人的に特化した練習」について。よく「基礎ができないと応用ができない」と思う人がいると思います。もちろん初歩からひとつずつ克服して上達していくことは大切ですが、いつになっても曲が吹けないと考えたら、気が遠くなってしまいそうですね。僕の考えとしては、ある程度吹けるようになったら、ちょっとだけ背伸びしてみるのもいいんじゃないかと思います。たとえば「フラジオ出してみたいな」と興味を持った時。今はTHE SAXをはじめ、インターネットなどでもやり方を知ることは簡単です。そしてトライしてみる。やっぱり難しいな……と感じた時に、逆に基礎練習のありがたみも分かってくると思うんです。興味を持った時こそがチャンスなんです! 奏法だけじゃなくて、ちょっと難しい曲にチャレンジしてみることでも、同じ効果があると思います。完璧ではなくても疑似体験することによって、また新しい目的がみつかる、ということですね。

僕が今、プロとして演奏させていただく時に実感するのは、自分の口の中やアンブシュアの柔軟性を持っていることが大切だということ。例えば、オーケストラや吹奏楽の前でコンチェルトを吹くときは、もちろんマイクはありませんから、「どういう音を出したら響くのか」ということを考えなければなりません。そこで、柔軟な身体で、無駄な力が抜けていること。そうすればすごく楽器が鳴るんです。僕は体があまり大きくありませんが、重厚な音を出すことができるようになったのは、結局、基礎練習中につかんだ柔軟性なんですね。そしてこの柔軟性をモノにできた練習法というのが、実はハイテクニックなことに興味を持ち、挑戦したことです。自分の口の中の状態に神経を使うことによって、自然に発見することができた。つまり、この時の本来の目的(ハイテクニック)を成就させるため、いろいろと研究するうちに柔軟性が生まれ、コントロールできるようになった、ということです。だから僕は、「ある程度できる人はちょっと背伸びをしてみたらいいんじゃないか」といつも言っているんです。

吹きたいフレーズがどうしてもできないときには、基礎練習の時にやっていたことが大きなヒントになることがあります。アンブシュアが深すぎたら高音の音程や音色のコントロールはできないから、適度ないい場所を探すでしょうし、のどが締まっていればフラジオなどの高い音は出ない。ときにそういう難しいことへチャレンジすることでも、何がツボか(不都合か?)が判断できるようになります。何ができないかに気付くだけでも進歩なんです。できないと分かったことは次へのステップですからね。ベーシックなところを見直すと、そのステップへのヒントが眠っているかもしれません。

 

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

次回のテーマは「サックス音楽を広めたい!」。
須川さんが自身の使命として掲げるテーマについて語ります。若かりし頃のエピソードも?お楽しみに!

登場するアーティスト
画像

須川展也
Nobuya Sugawa

日本が世界に誇るサクソフォン奏者。そのハイレベルな演奏と、自身が開拓してきた唯一無二のレパートリーが国際的に熱狂的な支持を集めている。デビュー以来、長年にわたり同時代の名だたる作曲家への作品委嘱を続けており、その多くが国際的に広まっている。近年では坂本龍一『Fantasia』、チック・コリア『Florida to Tokyo』、ファジル・サイ『組曲』『サクソフォン協奏曲』等。東京藝術大学卒業。第51回日本音楽コンクール、第1回日本管打楽器コンクール最高位受賞。出光音楽賞、村松賞を受賞。98年JTのTVCM、02年NHK連続テレビ小説「さくら」のテーマ演奏をはじめ、TV、ラジオへの出演も多い。89年から2010年まで東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターを務めた。最新CDは16年発売の「マスターピーシーズ」(チック・コリア/ファジル・サイ/吉松隆)。トルヴェール・クヮルテットのメンバー、ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督。東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。

サックス