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vol.57 Cover Story│ミシェル・アリニョン&フローラン・エオー
クラリネットという楽器に完璧は存在しない。だからこそおもしろい
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エオーさんはB♭管を演奏し、アリニョンさんがバセットホルンを演奏する場面が多く見られました。
H
私は普段からどちらかと言えば高音域の楽器を得意としているので、バセットホルンやバスの吹き方も詳しくはわかりません。なので自然とこのようなパート分担になりました。
A
先ほどの理由でバセットホルンを吹くというのは自分でも興味があったことでした。シュトックハウゼンのオペラの作品『光』の初演をバセットホルンのソリストとして参加したことがあります。その時に、もちろんシュトックハウゼンの作品を演奏することも興味深い体験でしたが、いつかモーツァルトなど過去にバセットホルンのために書かれた作品をしっかり演奏したいと思ったんです。
H
バセットホルンの作品は、最も古くはモーツァルトの時代、その次にロマン派の音楽の中で使われ、そして現代、シュトックハウゼンもそこにスポットを当てたわけです。3つの時代で活躍している楽器といえますね。

クラリネットの熱意にあふれた眼差し
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ビュッフェ・クランポン社が創業190周年を迎えました。
A
190周年は本当にすごいことです。きっと200年はもっといいものができると思います。おめでとうございます。
H
本当にこの190周年を迎えるためにミシェルは貢献したと思うんですけれど、楽器のさまざまなパーツ……バレル、楽器本体、そしてマウスピースも、すべてのことに関して190年間ずっと開発が進んでいると思います。ずっと活発に、活動的に楽器に貢献している会社です。伝統を大切にしながら、同時に革新も起こすことができるという偉大な会社だと思います。
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エオーさんはアリニョンさんに少年期から指導を受けています。どのような先生でしたか?
H
先生の前で語るのは照れますが(笑)、耳で憶えていることがたくさんあります。ああいうふうにロッシーニを吹いてくれたなとか、モーツァルトをああやって説明してくれたなとか、『トスカ』のソロを聴かせてくれたなとか。もちろん、その音を正確に憶えているかといわれるとそれは違うかもしれませんが、そのときに受けた印象や表現は強く覚えています。これは私の中の本当に深い部分に刻まれていることで、忘れることはありません。
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.エオーさんはどんな生徒でしたか?
A
フローランが私のクラスに来た時はすでにクラリネットを始めていました。10歳の時だったかな。特に印象的だったのは、彼の眼です。彼が勉強しようとしている時の目つきですね。その彼の眼から勉強したいという熱意を感じたのはもちろんですし、彼の歩むべき未来が見えたというか、なにかすごくやりたい意志があるのだろうなということを強く感じていました。その後の彼の活躍ぶりを見て、「あ、やはりそういう人だったんだな」という思いを抱いています。
H
昨日のコンサートに関しても、決して楽器のデモンストレーションではなく、人間性というか、私たち二人の深い人間関係から生まれてくる表現を見せたかったのです。私たちがやりたかったことは、例えばダブルスタッカートができるとか、すごく速いパッセージが吹けるとかテクニックを見せることではありませんでした。このことはとても困難なことかもしれません。テクニック的なものを見せることよりも、もっと他に大事なことがあるだろうという奥深いところを聴いていただきたかったのです。
―
ビュッフェ・クランポンのテスターを務めるアリニョンさんから、日本人奏者におすすめの楽器はありますか?
A
楽器選びにルールはありません。人それぞれに特色があります。すでにどの楽器もレベルの高い楽器ですので、自分が好きな楽器を安心して選んでください。その人が吹いている環境によっても、オーケストラで吹いているとか、ソロで吹いているとか、そういういろんな立場によってその人に沿う楽器があるでしょう。フェスティヴァルも、プレスティージュも、どの楽器も素晴らしいですから。
どうしてはっきり意見を述べたくないかというと、個人の良さを見つけてほしいのです。なにか決めて発言することによって、そこに縛られてほしくない、ということなのです。
どうしてはっきり意見を述べたくないかというと、個人の良さを見つけてほしいのです。なにか決めて発言することによって、そこに縛られてほしくない、ということなのです。
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日本の学生に伝えたいことはありますか?
A
今はインターネットを通して知識を得ることができますよね。誤った奏法に気づくことができます。こういう吹き方ではないということを判断できる。もちろん全員が先生のいる環境ではないので、自分から情報を得ることは大事だと思います。
日本の特徴として、若い頃から吹奏楽で楽器を始めていますよね。それは素晴らしいことだと思っています。その中で一つの危険性があるとすれば、集団の中で吹いているので、自分の音を聴くことができなくなっている可能性があることです。特にアンブシュアや、自分の音を耳でよく聴くことを意識しないといけません。みんなで練習しているのだけれど、その中で個人をみつめることに気をつけてほしいですね。
日本の特徴として、若い頃から吹奏楽で楽器を始めていますよね。それは素晴らしいことだと思っています。その中で一つの危険性があるとすれば、集団の中で吹いているので、自分の音を聴くことができなくなっている可能性があることです。特にアンブシュアや、自分の音を耳でよく聴くことを意識しないといけません。みんなで練習しているのだけれど、その中で個人をみつめることに気をつけてほしいですね。


楽器に携わるすべての人が築いてきた歴史
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アリニョンさんは長く開発に携われていますが、その中でも印象的な機種はありますか?
A
30年ほど携わっていますから、もちろん1機種だけではありません。最初がフェスティヴァルで、それからプレスティージュのエスクラも開発しましたね。その次は新しく作ったエリートという楽器がありました。ヴィンテージはフェスティバルの開発途中で出てきた楽器という感じでしたよね。フェスティヴァルのあとはトスカに行き着いています。何かを見なおしたわけではなく、完全に新しい楽器をつくりましたね。
ビュッフェ・クランポンの楽器はRCとR13をメインとする2つのラインがあります。RCの発展形はディヴィンヌ、R13の発展形はトスカとなりました。
ビュッフェ・クランポンの素晴らしいところは、常に新しいものをつくろうとするエスプリですね。常に全員が新しいことに取り組みたいと思って、それを好んでやっているところがすごいのです。
ビュッフェ・クランポンの楽器はRCとR13をメインとする2つのラインがあります。RCの発展形はディヴィンヌ、R13の発展形はトスカとなりました。
ビュッフェ・クランポンの素晴らしいところは、常に新しいものをつくろうとするエスプリですね。常に全員が新しいことに取り組みたいと思って、それを好んでやっているところがすごいのです。
―
アリニョンさんが開発に協力したトスカの魅力を教えてください。
A
まずこの楽器の持っている音色があります。多くの倍音を持っていて、なおかついろんなところに対応できる楽器ですね。演奏しやすい楽器というのはすでにありましたが、しっかり倍音を含みつつ、快適に演奏できるというのは今までになかったと思います。
H
私が初めてトスカを使って、ブラームスのソナタを吹いた時はとても吹きやすく感じられました。以前の楽器より音程が改善されていました。この楽器だったら音楽の可能性が広がるなと強く感じました。
―
エオーさんは今ディヴィンヌをお使いですね。
H
トスカは長い間吹いていましたが、ディヴィンヌを試しているのはその楽器を通してまた違う経験をしてみたいからです。トスカだったらトスカの表現力、ディヴィンヌだったらディヴィンヌの表現力というものがあるので、こういう表現をこの楽器でできるのだということを今やっているところです。
―
クラリネットは今後どのように発展していくと思いますか?
H
その時代ごとに求められていた音があります。時代によってピッチも変わりましたし、それに対応して楽器も時代ごとに改良されてきました。
現在も演奏家たちが工場に来ていろいろ意見を出し、皆がパーフェクトを目指しているのです。例えば室内楽で、ヴァイオリンなど他の楽器と演奏する機会がありますが、そのときにもっとしっかり音が鳴ってほしいと要求される場合があります。その上でリサイタルで最後まで疲れずにコントロールできる楽器でないといけません。それから現代音楽を演奏するグループに所属していた時にも、演奏している音楽の中でクラリネットをもっと強く吹かないといけない場面もありました。それらのすべての場面に対応できる楽器を私たちは要求するのです。
現在も演奏家たちが工場に来ていろいろ意見を出し、皆がパーフェクトを目指しているのです。例えば室内楽で、ヴァイオリンなど他の楽器と演奏する機会がありますが、そのときにもっとしっかり音が鳴ってほしいと要求される場合があります。その上でリサイタルで最後まで疲れずにコントロールできる楽器でないといけません。それから現代音楽を演奏するグループに所属していた時にも、演奏している音楽の中でクラリネットをもっと強く吹かないといけない場面もありました。それらのすべての場面に対応できる楽器を私たちは要求するのです。
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完璧なクラリネットというのは今後、登場するのでしょうか?
A
完璧は存在しないでしょうね。クラリネットというものはかなり低い音から高い音までが出ます。フルートなどと比べても音域の広い楽器です。しかし、楽器のしくみの話になりますが、レジスターキィを使用する音が正確な音程で出ていなかったのです。
H
レジスターキィは他の楽器でいうオクターヴキィというわけでもありません。これを押したところでジャストの音程が出るわけではない。どう改善していこうかというところから開発が始まるわけです。今の技術からいえば完璧な楽器は近いうちにできるかもしれませんが、現状はまだ完璧な楽器が存在するとはいえません。完璧な楽器を追い求めることに魅力を感じますが、一方で完璧な楽器が存在したらそれはつまらないことなのでは、とさえ思います。
ベルを替えるだけでも音色が変わってしまいますから、管体の長さを変えたらなおさらです。楽器というものは常に神秘的で、どこかを触ると、なにかが起きてしまいます。音程がぴったりあっていても、数値では見えない微々たる違いによって生まれる音の差がありますよね。最終的には楽器にすべてを求めるのではなく、プレイヤーが音を作ることができる余地を残しておかないといけないのです。
ベルを替えるだけでも音色が変わってしまいますから、管体の長さを変えたらなおさらです。楽器というものは常に神秘的で、どこかを触ると、なにかが起きてしまいます。音程がぴったりあっていても、数値では見えない微々たる違いによって生まれる音の差がありますよね。最終的には楽器にすべてを求めるのではなく、プレイヤーが音を作ることができる余地を残しておかないといけないのです。
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ありがとうございました。
通訳を務めた中村真美さんと




