アンドレア・リーバークネヒト 来日直前インタビュー

優れた音楽表現とテクニックのキーポイント─それは息

3月に来日公演を行なうアンドレア・リーバークネヒトさん。ミュンヘン放送管弦楽団首席奏者として入団、その後ケルン放送交響楽団首席奏者を歴任し、2011年ミュンヘン音楽大学に教授に就任し、多くのフルーティストを輩出しています。
久しぶりの来日に合わせ、来日直前のリーバークネヒトさんにインタビューを刊行しました!

取材協力:ヤマハ株式会社
翻訳:清水理恵

3月のリサイタル——メインは私に幸運をもたらした曲

3月の公演は久しぶりの日本でのリサイタルとなります。今回のプログラムはどのように選ばれましたか?
リーバクネヒト
(以下 L)
実は今、フルートのオリジナルではない音楽を演奏することにとても興味があります。ドビュッシー最後の作品『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調』に惚れ込んでしまっています。私の場合、ヴァイオリンの真似をするのではなく(それは絶対に失敗しますから!!)──楽譜をフルートに合わせ、フルートという道具を使ってより一層音楽的な表現を作り出すことが目的なのです。もちろん、今回演奏するベートーヴェンの美しい『ロマンス』でも同じゴールを目指していて、フルート版ではより清らかで、さらに古典的な響きになります。ハイドンの『ソナタ』は、もともと弦楽四重奏のために書かれたものですが、上野円さんと一緒に演奏することが決まってからすぐに選びました。彼女はバロックと古典の演奏に特に秀でているからです。それ以外の曲は、どの年代のフルーティストにとっても質の高いスタンダードな作品を演奏したいと思い、選びました。
ピアニストの上野円さんとの共演は初めてでしょうか? これまでに共演されていましたら共演ピアニストとしての魅力を教えてください。
共演するピアニスト 上野 円さん
 
L
上野円さんとは、12年前からの知り合いです。2011年にミュンヘンに移ってから、円さんが私のクラスのピアニストになり、一緒に演奏することも多くなりました。大学ではほぼ毎日顔を合わせていますし、学生たちとはとても集中的に細かいところまでレッスンしているので、お互いの音楽的なアイデアやアプローチもよく分かっています。学生たちとであれ、私たちふたりのコラボレーションであれ、リハーサルを行ない、作品を深く掘り下げ、その音楽の魅力を最大限に引き出せるような音楽的な答えを見つけるまで色々と試すことが好きなのです。円さんの音楽的なスタイルの幅広さには魅了されますし、とても刺激的です。
今回のリサイタルの聞き所、メッセージをお願いします。
L
まずはハイドンの『ソナタ ト長調』(『弦楽四重奏曲 Op.77-1 Hob.III:81 』による)を演奏します。このハイドンの後期四重奏曲は、まだハイドンが生存中にトーマスカントル(ライプツィヒ聖トーマス教会の教会音楽家)であったアウグスト・エベルハルト・ミュラーが、フルート付きのピアノ用に編曲したほど人気のある曲です。この編曲は素晴らしく、生き生きとした豊かな発想が現れています。次にドビュッシーのフルート独奏のための『シリンクス』を演奏することで、聴き手を印象派の世界に誘いたいと思っています。同じドビュッシーの『ヴァイオリン・ソナタ ト短調』は、病気で疲れ果て、自分の余命がわずかであることを悟っていた男の、メランコリックで繊細な作品であり、深い感動を与えてくれます。リサイタルの前半は、フランク・マルタンの『バラード』で締めくくります。フルートとピアノのためのレパートリーのなかで、最高の作品のひとつだと思います。7分の『バラード』は、最初の小節から終わりまでひとつの長い物語で、緊張感がある作品です。時には暗黒を予感し、最後にはそれが吹き出して爆発するような感じです。
後半はより軽快になります。最初に演奏するのは、ドビュッシーを尊敬し、同時代に高い評価を得て活躍していた、アンドレ・カプレの繊細でチャーミングなデュオ『夢と小さなワルツ』。そして、フランシス・プーランクの『ソナタ』。むしろフルートにとって古典的とも言えるこの作品は、そのシンプルさゆえに初演時に大成功を収め、緩徐楽章を2、3度アンコールすることになりました! 次は対照的に古典派にもどり、ベートーヴェンの『ヴァイオリンのためのロマンス第2番へ長調』。フルートで演奏するにはパーフェクトな作品だと思います。
先ほどもお話ししたように、フルートで演奏するととても古典的な響きがします。ごく自然なヴィブラートで、フレーズや主題の構造がとてもクリアに示されるからです。ベートーヴェンがこのロマンスを誰に捧げたのか、あるいはどのような機会に作曲したのかは、残念ながらわかっていません。しかしきっと幸せな出来事があり、とても素敵な人に送ったのだろうと思い描いています。
最後の曲は、ドップラーの『ハンガリー田園幻想曲』です。この曲を選んだ理由はとても個人的です。ご存じのように2020年にパウル・マイゼンさんが亡くなりました。世界中の何世代ものフルーティストに愛されてきた先生です。彼は晩年を日本で過ごし、日本という国を愛していました! そして、私たちはその情熱を分かち合いました……。
私は15歳のとき、パウル・マイゼンの生徒になりたいと強く願っていて、初めて彼に会ったとき、私はドップラーの『ハンガリー田園幻想曲』を吹き、彼のクラスの予備学生として受け入れてもらえました。この作品は私にとって幸運な曲なのです。この一歩が私の人生を変えたといっても過言ではありません。その時以来、私はこの曲をフルート六重奏で一度だけ演奏しましたが、今回は43年前とまったく同じように、一般的なピアノ伴奏で演奏します。これは私にとっての節目となることは間違いないでしょう。

まず音楽、それから私たち

現在ミュンヘン音楽大学で教鞭をとられています。指導の際に気を配っていること、モットーとされていることを教えてください。
L
一文で表せるような座右の銘はありません。この仕事が複雑すぎるからです。私の個人的な目標は、生徒の個性を理解し、それを伸ばしていくこと。すべての生徒に自分の個性を認識させ、それに基づいた自信を持たせることです。このことがクラシック音楽家として特に重要な理由は、メディアの影響もあり、他の誰かのようになりたいという誘惑があまりにも多いからです。
私はレッスンでは生徒たちと一緒に、彼らの「内なる耳」を探る旅に出ます。そうすることで結果的に完璧なアイデアが生まれます。そのためには楽譜と様式上の関連性を意識的に扱うこと、当時の時代背景と一致する音楽の知識、技術や音色の想像性が必要です。
そして最も重要なこと ──音楽は私たちに何を伝えたいのだろうか? 聴く人にどんな感情や印象を与えるのだろうか?──この段階に到達するためには、当然ながらしっかりとした基礎が必要です。私のクラスではこれらの基本を最初の学期で学びます。
そして私は学生たちと音について取り組むときは、まず彼らがどんな音が好きなのか、どんな音色にしたいのかを発見するようにしています。そして、それを踏まえた上で、理想に近づけるようなしっかりとしたテクニックを身につけることが私の仕事なのです。柔軟でリラックスしたテクニックがあってこそ、最高に質の高い音楽表現に達することができるからです。
また下級生のクラスにも、修士課程の上級生と同じような雰囲気があることも、私にとっては重要です。下級生は上級生から学び、その逆もまた然り! 誰もが互いに学び合える場なのですから。つまり「まず音楽、それから私たち」ということです。
フルーティストになるための資質としてどんなことが必要だと感じていらっしゃいますか。
L
先程述べたようなスキルが、すべての音楽家にとって重要です。特にフルーティストとして成功するためには、多くの努力と忍耐、そして不滅の情熱と意志の強さが必要です。さらに、周りのフルーティストたちと比べても、自分ならばもっとクオリティの高い音楽ができるという自信も必要です。
さらにフルートは素晴らしい楽器ですが、他のどんな管楽器よりも多くの息を必要とします(それを上回るのはトロンボーンとチューバだけです)。息の量とコントロールが、音楽表現と優れたテクニックのキーポイントであることを常に意識しなければなりません。そのため、息をいかに最適に操るかについての研究は決して終わることがありません。

パンデミックで発見したこと

新型コロナウイルスのパンデミックを経て、リーバークネヒトさんの演奏活動や指導にどのような変化がありましたか?
L
正直なところ、個人的にはロックダウンは思いがけず良い経験になりました。仕事を続けられ、経済的にも不安がなかったのは幸いでしたが、当然ながらコンサートはすべてなくなりました。これだけ長い間ステージに立てないというのは、心配していたほど悪いことではありませんでした。音楽をすること(理論的見地に立ち、聴くこと)に忙しかったからです。それから、神戸のコンクールに参加する生徒の準備のために、なかでもバッハの『チェロ組曲』を集中的に学びました。これはクラス全員の一大プロジェクトとなり、私たちはこの作品に熱狂的になりました。それはそれで楽しかったのです。
パンデミックの後、コンサートがあっという間に復活し、さらに延期になったコンサートも追加され、やることがたくさんできました。
でも今は、もっぱら音楽と精神的に向き合うことや教える仕事だけでも、とても幸せになれることも知っています。この発見により、コンサートにもリラックスして臨めるようになりました。年齢のせいかもしれませんが、常に求められることはそれほど重要ではなくなり、私はより意識的にコンサートを選ぶようになりました。今は量より質が大事なのです。そして、質の高い演奏をしてくれる友人と一緒に演奏できることは、最高の気分です!
普段のトレーニングの中で続けていることがあればお願いします。
L
先にもお話ししたように、私たちフルーティストは、まず自分の息の量が少なくならないように気をつけなければなりません。私は、ロングトーン、大きな音、腹筋に支えられた大きなヴィブラートでトレーニングします。歌いながら演奏し、フラッタータンギングも練習します。そうすることで、アンブシュアが強化され、体の空間も広がります。この方法だと、本当にたくさんの息を使うことができるのです。さらに舌と指も柔軟にしておきたいものです。練習方法はたくさんありますが、その中から必要なものを選びます。
個人的には、練習量は質よりも大切ではないと考えています。無意識に正しく維持できるようにすることが重要なのです。何十年も楽器を演奏していると、体の働きが潜在意識に深く刻み込まれています。病気などで長く休んだあとは、その潜在意識が正しく働いている間だけ練習します。フルートを口に当てるだけで、体に重要な刺激となり、正しく働くようになります。ただ、やりすぎて筋肉疲労が起こり、自然に吹けなくなる一線(その結果、間違った動きをする)を超えないように注意しなければなりません。長い休養後は、最初は数分でいいので、1日に何回か繰り返します。そして、徐々に時間を増やしていき、「また長い時間吹ける」という感覚を持てるようになれば、しめたものです。
現在お使いの楽器、ヤマハのYFL-977CHのどんな部分に魅力を感じていますか?
L
私のフルートは暖かくて丸い音がしますが、とても明るい音色も特徴の一つです。息をたくさん必要とする楽器ですが、私は体をたくさん使って演奏するのが好きなので、気に入っています。既製品と異なりストロビンガーパッドを使用していないのが少し特殊です。もう12年になりますが、私たちは良いチームです。時々シルバーもいいなと思うのですが、そうするとまたゴールドが恋しくなる……。自分の楽器をよく知ることで、音楽が必要とするものをすべて引き出すことができると思います。
ヤマハフルートの魅力もお願いします。
L
私がヤマハを吹き始めてからもう40年近くになります。その間、多くの楽器を演奏し試してきましたが、ヤマハのフルートは世界的な楽器になりました。音は大きく、暖かく、しかも輝かしく、反応もいいです。音の通りも非常にいい。明瞭で高貴な音色ですが、楽器により音色が制限されてしまうことはありません。ヤマハのフルートで数多くの音色を出すことができるので、私とは異なるタイプの奏者がヤマハの楽器と良い関係を築き、さまざまな音色のアイデアを実現できることにも理解しています。
ありがとうございました。
 
 

◆公演情報
アンドレア・リーバークネヒト フルート・リサイタル

[出演]アンドレア・リーバークネヒト(Fl)、上野 円(Pf)
[曲目]F.J.ハイドン:ソナタHob.Ⅲ:81よりト長調、C.ドビュッシー:シランクス、F.マルタン:フルートとピアノのためのバラード、A.カプレ:夢と小さなワルツ、、F.プーランク:フルート・ソナタ FP164、L.v.ベートーヴェン:ロマンス 第2番 Op.50、F.ドップラー:ハンガリー田園幻想曲 Op.26
 
●札幌公演
[日時]3/14(火)18:30開場 19:00開演
[会場]ふきのとうホール(北海道)
[料金]一般¥3,500 学生¥2,000 ※要予約
[問合せ](株)ヤマハミュージックリテイリング札幌店 4F管楽器・弦楽器フロア 011-252-2024
 
●東京公演
[日時]3/15(水)19:00開演
[会場]ヤマハホール
[料金]全席指定 一般¥4,500 学生¥3,500
[チケット購入]チケットぴあ
 https://t.pia.jp/pia/search_all.do?kw=231-331 [Pコード:231-331]
[問合せ]ヤマハ銀座ビルインフォメーション 03-3572-3171
 

アンドレア・リーバークネヒト 公開マスタークラス

[日時]3/16(木)12:30開場 13:00開演
[会場]ヤマハ銀座店 地下2階スタジオ(東京)
[フルート指導]アンドレア・リーバークネヒト(ミュンヘン音楽大学教授)
[通訳]木内悠貴 (デトモルト音楽大学卒業、フランツリスト・ワイマール音楽大学修士課程修了)
[受講生]東佳音(東京音楽大学大学院修了) 受講曲目:フルート・ソナタ 変ロ長調 Op.121(S.カルク=エーレルト)/畢暁樺(東京藝術大学大学院1年)受講曲目:フルート協奏曲第1番 ト長調K.313(W.A.モーツァルト)/瀧本実里(東京音楽大学卒業)受講曲目:フルート・ソナタ「ウンディーネ」 Op.167(C.ライネッケ)
[料金]一般¥1,500 学生¥1,000(全席指定)
[問合せ]ヤマハミュージックジャパン アトリエ東京
03-3574-0619(10:30~18:30/土日祝休み)
 
©Juanjo Santamaria
アンドレア・リーバークネヒト
ドイツ生まれ。ミュンヘン音楽大学でP.マイゼンに師事。在学中にミュンヘン放送管弦楽団首席奏者として入団、その後ケルン放送交響楽団首席奏者を歴任した。
プラハの春国際コンクール、神戸国際フルートコンクール、ミュンヘン国際音楽コンクールをはじめ多くの国際コンクールで優勝や入賞をしている。
ソリスト、室内楽奏者としてシュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭、バイロイト音楽祭、浜松国際管楽器アカデミーをはじめとする音楽祭に数多く出演。ケルン放送交響楽団、ミュンヘン交響楽団などオーケストラとの協演も多い。
これまでにケルン音楽大学、ハノーファー音楽大学で教鞭を取り、2011年にミュンヘン音楽大学の教授に就任、現在に至る。氏の生徒の多くが国際コンクールでの優勝者、欧州の著名オーケストラの主要メンバーとして活躍している。また国際コンクールの審査員を数多く務め、国内外のマスタークラスにも招聘されている。


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