バロック音楽の謎を解く─フラウト・トラヴェルソとともに

世界的フルート奏者 ヘンリック・ヴィーゼさんに訊く《オンライン特別編》

THE FLUTE本誌の連載「バロック音楽の謎を解く—フラウト・トラベルソとともに」では、番外編としてバイエルン放送交響楽団首席フルート奏者のヘンリック・ヴィーゼさんにお話を伺いました。この記事ではオンライン限定の特別編として、本誌に載せきれなかった内容をお届けします。
本誌の内容と併せてぜひお楽しみください!

 

バイエルン放送交響楽団とバロックアンサンブル「ラッカデミア・ジョコーサ」ではどんな点が違いますか?

ヴィーゼ(以下 W) 様々な点でまったく異なりますね。まず、演奏する楽曲が異なります。ラッカデミア・ジョッコーサでは、室内楽曲を多く演奏しています。トリオ・ソナタ、カルテット、ソロソナタはもちろんのこと、協奏曲なども演奏しますが、オーケストラの曲を演奏することは少ないです。
また調律も異なり(440Hzと415Hz)、バロックオーケストラは小編成であるためバランスも異なります。ソロパートの音量が十分に聞こえるため、特にバランスを考慮する必要がありません。小編成で協奏曲のような曲を演奏することは楽しいですね。立ち位置は毎回話し合って決めるなど、オーケストラよりも柔軟です。さらに仕事をする雰囲気もまったく異なります。ラッカデミア・ジョコーサは正規雇用ではないため、全員が「一緒に演奏したい」という気持ちを持って、とても良い雰囲気で演奏しています。

 

フラウト・トラヴェルソを独学で学ぶ中で、特別に難しかったことや経験は何ですか?

W 最初はベーム式フルートと同じ奏法で演奏してみましたが、練習しているうちに同じでは通用しないことが分かってきました。これは言葉に例えると、ラテン語がイタリア語やスペイン語と同系の言語で共通点も多い反面、それと同時に明白にまったく違う言語であることと似ています。ラテン語ができるからといってスペイン語ができるわけではない。その逆もまた然りです。これと同じようなことが、ベーム式フルートとフラウト・トラヴェルソの違いにも当てはまると思います。 独学で勉強するにあたり、歴史的文献や現代の古楽奏者が書いた本以外に、自筆譜やファクシミリ(自筆譜を筆写したもの)も数多く考察してきました。私は普段から楽譜の校訂や編曲に携わっているため、これらを見るときには他のフラウト・トラヴェルソ奏者とは異なる観点から見ることができます。
例えば、私はモーツァルトの楽譜の改訂に携わっていて、ほとんどすべての自筆譜を見たことがありますが、この経験はフルートの作品を演奏する際に非常に役立っています。モーツァルトの『フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299』の第3楽章にsf(スフォルツァート)が出てきます。モーツァルトのsfは異例ではなく、よく使われていた記号です。しかしこの作品が書かれる1778年4月以前まで、アクセントはfpを使って表現されており、sfが使用されたことはありませんでした。
『フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299』で試験的に初めてsfが使われたということを知っていると、この作品におけるsfは単なるアクセントではなく、様々な意味を持つと捉えることができます。それは「鋭く」という意味かもしれませんし、「柔らかく音を膨張させる」という意味かもしれません。いずれにしても特別な記号であることは間違いありません。
このように、作曲家のフルート以外の作品や作曲家の全体像を知っていることで、楽譜からより多くの情報を読み取ることができます。これは私が独学で勉強し、楽曲を分析する演奏する上で非常に大事にしていることです。

 

フラウト・トラヴェルソでしか演奏できないと思う楽曲や、音楽要素はありますか?

W 例えばJ.S.バッハは、楽曲自体を台無しにすることができない作曲家だと思います。どんな演奏の仕方をしても、例えばサックス四重奏のようにまったく違った編成で演奏しても、本来作曲された曲の素晴らしさが失われないと思うのです。
でもテレマンは違います。テレマンの楽曲は非常に壊れやすく、音楽様式に沿った演奏をしないと、退屈で魅力のない曲になってしまいます。ベーム式フルートでテレマンを演奏すると、何故かは分からないのですがしっくりくることが少ないのです。もちろんテレマンの楽曲を、レッスンや演奏会などでベーム式フルートで演奏する機会はありますよ。でも個人的には、可能な限りフラウト・トラヴェルソで演奏したいと思っています。

 

バロック音楽を木製のベーム式フルートや木製の頭部管を使用して演奏することについてどう思いますか?

W 木製のフルートは、フルート界に多彩な音色をもたらす素晴らしい楽器です。特に、現在ゴールドのフルートが好まれているため、その効果は顕著です。最近の韓国でのマスタークラスでは、生徒全員がゴールドのフルートを使用しており、私が唯一シルバーのフルートを使用していたことがありました。木製のフルート自体は素晴らしくても、金属のフルートと持ち替えを上手にこなしている奏者は稀です。木製のフルートで演奏することが古楽器奏法に一歩近づくという考え方は違うと思います。確かに材質は音色に影響を与えますが、それはごくわずかですよ。もし音色のために木製のフルートを使用することで、コントロールが上手くできず音程を外したり低音がうまく響かないということがあるなら、それは非常に残念なことです。その場合は、よく慣れ親しんだ楽器で多彩な音色を出し、音楽を表現したほうが、説得力のある演奏になると思います。

 

ヴィーゼさんのインタビューをすべて読みたい!という方は、THE FLUTE Vol.199をご覧ください!
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【act.4】《番外編》世界的フルート奏者 ヘンリック・ヴィーゼさんに訊く

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Profile
ヘンリック・ヴィーゼ
ヘンリック・ヴィーゼ Henrik Wiese
1971年ウィーン生まれ。フルートをイングリット・コッホ・デンブラグ氏とパウル・マイゼンに師事。ミュンヘンで印欧語学、一般言語学、音楽学の学士号を取得。ドイツ音楽コンクール(1995年)、神戸国際フルートコンクール(1997年)、カール・ニールセン国際コンクール(1998年)、マルクノイキルヒェンコンクール(1998年)、ミュンヘン国際コンクール(2000年)などで数々の賞を受賞。1995~2006年までミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の首席フルート奏者を務め、2006年よりバイエルン放送交響楽団の首席フルート奏者を務めている。
 
 
Profile
白井美穂
白井美穂 Miho Shirai
名古屋芸術大学音楽部を首席で卒業。渡独後、ロベルト・シューマン音楽大学のディプロマを最優秀で取得し、室内楽科を最優秀で卒業。18世紀バロック時代の演奏慣習に興味を持ち、エッセンおよびフランクフルト芸術大学の古楽学科、多鍵フルートのマスター過程を終了。ドイツを拠点にヨーロッパ各地で古楽奏者として演奏会に多数出演。ゲーテ・インスティトゥートのドイツ語検定C2(最高レベル)を取得し、翻訳、通訳活動も行なっている。2023年6月、拠点を日本に移し演奏活動を行う傍ら、後進の指導にも力を入れ、最近ではバロック時代の演奏法について、オンラインでのレッスンも行なっている。
http://www.mihoshirai.com
 

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