サックス記事 二人の巨人、ジャイアントとコロッサスが 刺激し合って築いたライバル・ヒストリー
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二大テナータイタン ライバル物語 〜徹底比較!! ジョン・コルトレーンvs.ソニー・ロリンズ

二人の巨人、ジャイアントとコロッサスが 刺激し合って築いたライバル・ヒストリー

ARTIST

それぞれ別項の追悼記事と祝賀記事で偉大なる足跡を辿ってきたソニー・ロリンズとジョン・コルトレーン。同時代に活躍し、互いに切磋琢磨しながらモダンジャズ黄金期を築いたテナー・タイタン2人の人生が、奇しくも今年また交差した。そこで今回は、友人でありながらライバルのような見方もされた二人の偉業を振り返るとともに対照的と言っても過言ではない個性の違いに迫る!

まずはテナータイタン二人の関係性を今一度ここで検証していこう。早熟と遅咲き、地方出身と都会育ち、豪放磊落と求道的、そして早逝と長命と、まったく違った生涯を歩んだ二人の人生がいかにして交錯していったのか……。(文:原田和典)

自然にプロへと向う恵まれた環境と、兵役にもついた下積み経験

John Coltrane
Sonny Rollins

地方都市で生まれ育った晩稲(おくて)がジョン・コルトレーン、大都会で生まれ育った早稲(わせ)がソニー・ロリンズである。
さらにいうならコルトレーンには軍隊にいた時期があり、除隊後、退役軍人援助法で得たお金で音楽学校に通った。そしてビッグバンドでの演奏やR&B歌手の伴奏といった経験を積み、23歳の時に参加したレコーディングで初めて“間奏”を吹いた(1950年3月と推定される、R&B歌手ビリー・ヴァレンティンの『ビア・ドリンキング・ベイビー』)。
ではロリンズはどうか。彼は兵役についていない。音楽学校で学んだ形跡もなさそうだ。彼の故郷であるニューヨーク・マンハッタンはジャズ・スポットの宝庫であり、近所にはコールマン・ホーキンスが住んでいたという。質問があれば超一流のミュージシャンに直接尋ねることができただろうし、キャブ・キャロウェイ楽団のサックス奏者ウォルター・フッツ・トーマスの指導も受けることができた。初レコーディングは18歳の時、いきなりアドリブ・ソロを任せられている(1949年1月、ビバップの第一人者としても知られる歌手バブス・ゴンザレスのセッション)。アンサンブルの一員として譜面を追った経験は、おそらく皆無に近い。
1958年に行なわれたコルトレーンのインタビューを参照すると、二人が初めて顔を合わせたのは1949年頃、ハーレムの「オーデュボン・ボールルーム」にて。セッション・リーダーはマイルス・デイヴィスが務め、ほかバド・パウエルやアート・ブレイキーも参加していたという。一方「ソニー・ロリンズ伝」によると、ロリンズが初めてコルトレーンを認識したのはシカゴ滞在中であった1950年11月のこと。ディジー・ガレスピーのバンドのライブを見に行ったところ、以前に会った記憶のないサックス奏者がメンバーにいて、それがコルトレーンだったとのことだ。

マイルス・デイヴィス(Tp)
バド・パウエル(Pf)
アート・ブレイキー(Ds)
ディジー・ガレスピー(Tp)

次ページに続く
・マイルスの新編成レギュラー・バンドでのサックス選定でも運命が交錯
・それぞれが互いへのリスペクトを込めたトリビュート・ナンバーも発表

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