サックス記事 Gottsu JAZZ系テナー用マウスピース
坂川諄による試奏・検証

Gottsu JAZZ系テナー用マウスピース

“Sepia Tone Double Ring Tenor”製作ストーリー
─後藤将彦

株式会社Gottsu代表の後藤将彦氏

今夏発表されたGottsuテナー用メタルマウスピース“Sepia Tone Double Ring Tenor”。
発売開始からジャズ系奏者を中心として大きな話題となっている。そこで製作者である株式会社Gottsuの代表、後藤将彦氏を直撃。
Sepia Tone Double Ringの開発・製作に至るまでのストーリーからマウスピース作りにおける想いポリシーまで語ってもらった。

 
“Sepia Tone Double Ring Tenor”その出来栄えは?
後藤
自分が一番気持ちよく吹けるマウスピースができたと思います。Double Ringがあれば他のマウスピースはいらないんじゃないかと思えるくらい自分では気に入っています(笑)。 自分の目指す音にしっくりくるマウスピースです。
Sepia Tone Double Ringを作ろうと思ったきっかけについて教えてください
後藤
一番は新型コロナウィルスの影響で、時間がいっぱいできて、そこで、プログラムをはじめ全部一から見直したんですよ。Sepia Tone Double Ringの製作を真剣に研究して目指すと同時に、ラバーのマウスピースも並行して追求しました。
ラバーも並行に追求とは、またどうしてですか?
後藤
Sepia Tone Double Ringだけを良くしようとすると、偏りというか、自分の思考、目指すものが違う方向に向かってしまうんです。それでラバーのマウスピースも改良して行き、自分の中でラバーとDouble Ringを競い合わせました。ラバーのマウスピースは完成度も高かったんだけど、メタルのマウスピースもラバー以上のものを作りたくて、メタルDouble Ringの製作を開始したんです。
もちろん、多くのプレイヤーの方からのアドバイスや影響も大きくて、それもきっかけです。
いろいろなプレイヤーの方の意見も取り入れつつも、細部など「こうじゃないかな?」という自分の考えを信じて作りあげました。
Sepia Tone Double Ring製作にあたって、参考としたものは、やはりオットーリンク・ヴィンテージのダブルリングでしょうか?
後藤
厳密に言うと、昔リフェイスしたオットーリンクのダブルリングで、音色が明るくとても鳴りの良い個体があって、フェイシングの長さ、バッフルやチャンバーのサイズなど、データをこと細かく採っていました。それと自分が世界のプレイヤーといろいろ知り合って話をすると、「オットーリンクのダブルリングは良いよ」という話とが重なり、では作ってみようということになりました。
完全なるオットーリンクのダブルリングではなく、フロリダ期のスーパートーンマスターのテイストも加えたと伺いましたが?
後藤
オットーリンクのダブルリングのデータを採っても、そのダブルリングはリフェイスを終えてお客さんに納品します。でもそのとき採っていたデータと、さらに他の数個のダブルリングのデータ。また自分が持っているフロリダ期のオットーリンクのデータを重ね合わせ比較してプログラムを少しずつ変えながら作っていきました。
現代的なテイストも加えられたんでしょうか?
後藤
それもありますね。やはり吹いていて鳴らないと面白くないでしょう。実際に吹いてテストの段階で良く鳴るようにという意識は持って作りましたね。特にバッフルを高く設計しなくても鳴る。言い換えればハイバッフルに頼らなくてもしっかり鳴るマウスピースを作ろうと思いました。テストの段階で何個も作ったプロトタイプのうち、No.3をトニー・ラカトシュさんに送ったら、それを彼が大絶賛してくれたんです。それまで彼はGottsuのラバー“Jazz Soloist”を使っていたんですが、「これからはSepia Tone Double Ringだ」と言って、ずっとDouble Ringを使うようになったんです。ただ、トニーさんにNo.3を送った後もどんどん改良して結局プロトタイプNo.7まで出来て、音の鳴りは良くなったんだけど、反面ヴィンテージらしさは徐々に失われザラっとした雑味も少なくなってしまいました。そこで一旦見直して、あえて鳴りだけを追求せずにヴィンテージ感を大事にし、プロトタイプNo.3で決定としました。
Sepia Tone Double Ringに限らず、マウスピースを製作するとき、なにを持って完成とするのでしょうか?
後藤
いまラインナップしているモデルも含めて、いまだにどのモデルも完成はしてないと思っています。完成したと満足すると、もうそれで終わりですよね。常に上を目指したいんです。もちろんマウスピース各モデルのおおまかな部分、鳴りや音色の特徴などは変えないんだけど、どのモデルとは言えませんがちょっとずつ進化している可能性はあります。
もちろん1つのモデルが出来上がった時点では絶対の自信を持って発表しています。発表後は、自分にしかわからないレベル、数ミクロン単位での改良を行なうことはあります。
それは後藤さんが、モデルの完成後、ある程度の期間を経てそのモデルを見直しているのですか?
後藤
そうですね。それとリフェイス作業もしているので、常に良いマウスピースの情報が入ってくる。例えばアルトの良いヴィンテージ・メイヤーのリフェイス依頼があったら、自分のVI(ブイアイ)と比べてみて、どっちが良いか検証します。 VIの方が鳴りが良いなとか、この部分がメイヤーの方が良いなとなると、そこの理由、原因を検証して取り入れたりします。これは言って良いかわからないけど、 Sepia Tone VIテナーは、元にしたいくつかのオットーリンク・ヴィンテージスラントを超えたと思っています。それもいろいろなプロの方が来られたときにマウスピースを見せてくれたり、リフェイスを 行なう際に計測、検証させてもらったり、ときには一週間ほど貸してもらったりと、そんな蓄積でデータが集まり、研究しフィードバックした結果です。
Sepia Tone Double Ringの製作コンセプトは?
後藤
コンセプトは「普通のマウスピース」です。普通ってなに? となると思うんですが、自分の芯にあるものは、何か特別な特徴があるというよりは、人間の本質の部分で良い音と感じるところを追求してます。ギャーと派手な音ですごく鳴るとかではなく、オールマイティーなもの。10年吹いても飽きのこないものを目指してます。毎日ヤキソバだったら飽きるでしょ(笑)?。だから作ってる段階で毎日1時間は吹くようにしていて、今日のマウスピースは吹いてて気持ち良いとか、良くないとか(笑)。
その指標として吹く曲はだいたい決めてるんです。アルトだと渡辺貞夫さんの『オレンジ・エクスプレス』。テナーは、『デサフィナード』や『川の流れのように』でサブトーンや音色、鳴りを確認したりします。
Sepia Tone Double Ringを特にこんな人にオススメするとしたら?
後藤
すべてのテナー奏者かな(笑)。最近良く感じるのは、バッフルを高くしなくてもすごく鳴るということがわかってきたし、普段ハイバッフル系を使っている人にも是非試してほしい。ジャンルも選ばないと思うので。若い人からベテランの人まで試してもらいたいですね。また、ヴィンテージのマウスピース選びで悩んでる人にもオススメしたいかな。オークションなどでオットーリンクのヴィンテージダブルリングが20万とかするでしょ?当たりのものなら良いけど、オープニングサイズが合わなかったり、結局使えないというものも多いじゃないですか。ウチのマウスピースだったらたとえば落としてダメになったとしても、個体差のほとんどない状態のものを再び手に取ってもらえます。そういったことからもヴィンテージを探している人にも一度試してほしいですね。
後藤さんのマウスピース作りにおける信念ポリシーとは何でしょう?
後藤
過去の自分が作ったものを越えられなければ、それは絶対にリリースしない。「これは前のものより劣ってるな」と、何かしらの進化が なければ出さないです。やはり現場で使ってもらってダメだと意味がないでしょ。プロもアマチュアの方も人前で吹くことを前提にしていて、吹いている人が気持ちよければ聴いている人も気持ち良い。そこがウチのマウスピースが支持されている所以だと思っているので、そこを一番の信念としています。
後藤さんが考えるこれができたら最高という究極のマウスピースとは?
後藤
その質問はすごく難しい。10年、20年、30年経ったときに、自分の作ったものがずっと使われていたら、それが究極のマウスピースなんじゃないかな。人によって音や吹き心地など好みも違うし、今後も色々なマウスピースが世に出てくると思うけど、たとえ一人であっても、自分の造ったモデルを使い続けてくれていたら、それが本当に一番ですね。
次はどんなマウスウピースを製作予定でしょうか?
後藤
これまで研究、追求してないのはヴィンテージのブリルハートくらいでしたが、……実はもう製作に着手していて、ほぼ完成しています。アルトのブリルハート・トナリンを元にしたモデルを間もなくリリース予定です。とても鳴りの良い厚みのある音色です。ヴィンテージのトナリンに興味のある方は是非試してみてください。
ありがとうございました。
 
 
試作品試作として造られたマウスピースの数々
試作品細部までの正確なマウスピース製作を可能にする5軸のCNCマシン
試作品マウスピースの素材となるエボナイトや真鍮の丸棒がストックされている
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