サックス記事 サックス界随一の鬼才、 菊地成孔 Wood Stone を語る
THE SAX vol.101│菊地成孔

サックス界随一の鬼才、 菊地成孔 Wood Stone を語る

楽器オタクが考え出した理想の一本

Wood Stoneの楽器には、新品の楽器に見られる「優等生」的な部分だけじゃなく、ヴィンテージの魅力的な部分の再現も感じられますが。
菊地
はいはい。石森管楽器さんっていうのは、すごく簡単にいうと街の楽器屋さんですよね。楽器やマウスピースなんかの揃えが良くて、リペアが上手で、とうとう病が高じてマウスピースを作り始めてしまった(笑)。自社の中でセルマー、キング、コーンといったあらゆる世界中の名器と言われるサクソフォンが流通して、それを研究してリペアして……っていうのは、言ってみりゃオタクの夢ですよね。他のどのショップを考えても、そういうところってないと思うんですよ。今の石森を取り仕切っている社長と店長ご兄弟は大変な楽器オタクですし、店にいるリペアの職人さんも含めた“オタク的知識”を持った人たちが「ヨシ、こういうのを作ろう」と思って作ったというのは、ひとつのジャパンクールというか。国産でも、大メーカーが持ってる良さとは違った何か、オタクが考え出した理想の一本みたいな感じがあるんですよね(笑)。鳴りとしてはヴィンテージが持ってた渋くて枯れた音じゃない、低域から中域から高域までしっかり出てる、驚くべき音の太さと艶、倍音というものを追求しつつ、ルックスもセルマーに近いような、しかし吹くと吹き心地は全然違う、そういう夢の楽器ですよね。
ヴィンテージが新品だった時の感じが残りつつ、現代のテクノロジーによる完璧なピッチを持った楽器なのかもしれない、と。
菊地
そうかもしれないですね。例えばコカコーラって、見た目は変わってないけど中身はどんどん変わってるんですよね。瓶は一緒でも発売当初のレシピで作ってるわけじゃないらしい。そんなものと一緒で、ヴィンテージの持つ感じはあって、なおかつそれに現代のテクノロジーがタイムスリップして合わさったようなね。マークⅥって最初こんな感じで、市場に出てまわってるうちにだんだんくたびれて、渋くなってったんじゃないかな、と思わせるような。

ヴィンテージ信仰を簡単に覆した「合わせ技」

菊地
石森さんが取った政策というものは、僕は特に作った人とミーティングしてないからちゃんとは知らないですけど、見るだに、骨董品文化であるジャズ・サキソフォンの世界の良さを活かしつつ、そのまま“居抜き”で「吹くと最新スペックが搭載されています」というようなことを実現したんだと思います。そのことを是とするか否とするかというよりも、それはひとつのアティテュード(姿勢)であって、いかに僕が良いと思っても「国産の新車は否」という人にはダメだと思いますけどね。僕にもうっすらヴィンテージ信仰があって、これはもうジャズサックスやってる人は全員持ってる。骨董品文化としてのヴィンテージ信仰はあったけど、簡単に一発で改宗してしまったんで(笑)。もうマーチン売っちゃおうかな、って思ってるくらいに。
菊地成孔
菊地さんのマーチンだったら欲しがるファンがたくさんいるでしょうね。
菊地
手元に置いといて時折愛でてもいいんですけどね(笑)。まあ、ファンの方の中には「マーチン使ってくれよ」っていう人はいますね。聞き手の中にもヴィンテージ信仰は当然あるわけで、「ピッチが多少悪いなんてこっちは気にしないからさ」と。「ピカピカの新車でステージに上がられるとちょっと引くんだけど」って人もいます。僕のブログマガジンにコメント機能がついてるから、マーチンとこれで同じフレーズを吹き比べたりして「どうでしたか?」と聞くと、がっぷり分かれるんですよね。「新車のほうが安定してる、聞いてて気持ち良い」っていう人と「味気ない、やっぱ枯れてて音程も多少ぐらついてるくらいのほうがいい」っていう人と。だからいま僕にひとつのジレンマとして残ってるのは、お客様に受け入れてもらえるかどうかですね。僕はこれでいいけど、観客に受けるか。
それから、スタッフにどう受けるかっていうことも考えますね。昨日まで色が良い感じに抜けた60年代の楽器吹いてた人が、次の日のリハーサルにピカピカの楽器で出てくると、まずサウンドエンジニアなんかのスタッフから「おお、楽器変わりましたね」なんて言われて。吹くとPA(音響スタッフ)の人が「めちゃめちゃ音が大きいからちょっとEQ(イコライザー)も変えるし、返しの音量も変えますね」って。こっちはいつも通り吹いてるんだけどね。「正直なところどうですか?」と聞いてみたら「すごくいいですよ」と言ってくれたので、エンジニアはOK。お客さんは「何使ってるかわからないけど演奏ステキだった」っていう人がほとんどだと思うんだけど、一部どうしてもサキソフォンマニアがいて、「アルトだけはマーチンにしてもらえませんか」って。その人たちに対してどうしようかな?と思っているところはあります。
確かに、ステージングとしては見た目のインパクトも大切ですよね。テナーは見た目ヴィンテージ感もありますけど。
菊地
そうですね。音も、ピカピカなわけじゃない。太くて暖かいんですけど、ただ鳴りが若々しいんですよね。さっきも言ったように、アメセルって新品だったころこういう音したんじゃないかな、という感じですよ、今は。まあ、これを買ったのが2月で、これからレコーディングやライブで試していこうと意気込んでいたら……コロナウイルス感染症対策で自宅待機になっちゃって。しょうがないから今はスタジオで一人で吹いてるだけで、まあ、オンステージに出さないとまだ真価は問えないのかもしれないですけどね。
レコーディング、ライブ、野外など、シチュエーションによって感じ方が変わるかもしれませんね。
菊地
そう。一番大きいのはレコーディングでしょうね。まだこれで一曲もやってないんで、どう出るか楽しみですね。
聴く側としても楽しみにしています。ありがとうございました。
菊地成孔
登場するアーティスト
画像

菊地成孔
Naruyoshi Kikuchi

1963年、千葉県銚子市生まれ。音楽家/文筆家。音楽の分野においては、ジャズを中心に多岐ジャンルに渡ってバンドリーダー、プロデュース、作曲もこなすサクソフォン奏者として多くのステージに立つ。文筆家としては音楽や映画、格闘技、モード、食などのエッセイや批評を執筆。ラジオパーソナリティ、DJとしても活躍している。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

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