岡崎耕治&岡崎悦子 デュオリサイタル2023

コンサート・レポート

岡崎耕治 & 岡崎悦子 デュオリサイタル 2023

[日時]2023年5月26日(金) 19:00 開演
[場所]銀座 王子ホール
[出演]岡崎耕治(Fg)、岡崎悦子(Pf)
[曲目]ロベルト・シューマン『幻想小曲集 作品73』
    ロベルト・シューマン『交響的練習曲 作品13』
    セルゲイ・ラフマニノフ『ソナタ ト短調 作品19』

ともにその領分における名手として誰もが知るところであり、クラシック界きってのおしどり夫婦としても知られるファゴットの岡崎耕治さん・ピアノの岡崎悦子さん夫妻のデュオリサイタルが、2023年5月26日に銀座・王子ホールにて開催された。

お二人が出会ったのは1973年の5月。この日はなんと、お二人の出会いから丸50年という節目である。華の金曜日、賑々しい雰囲気をまとう銀座の夜にあっても尚穏やかな空気に包まれたコンサートホールで、彼らのデュオリサイタルは幕を開けた。

コンサート前半は、ロベルト・シューマンの世界を展開した。最初の曲は『幻想小曲集 作品73』。元はクラリネットとピアノのデュオであるが、出版の際に編曲譜が加えられており、今日においてはヴァイオリンやチェロ、そしてファゴットにとっても重要なレパートリーの一つに数えられている。
まさしく幻想的で、夢を見ているかのような美しいメロディ、しかして夢幻のごとく転化し捉えきれない、そんな神秘的なサウンドが本曲の持ち味であろう。耕治さんの音色はとろけるような甘美な響きを持ち、またファゴットらしい芯のある意志の強さも兼ね備えている。
触れられそうで触れられない、ある種官能めいた魅力を放つこの曲と彼のファゴットはベストマッチと言えるだろう。
そしてなによりも、耕治さんと悦子さんのアンサンブルの見事さ! 出会って50年もの歳月を過ごし、数多の苦楽をともに経験してきたお二人の演奏を、ただ「息が合っている」と表現するのではまったく言葉が足りない。
耕治さんの一挙手一投足、指の運びから眉の動きまでも悦子さんは見えているかのように思わされる。耕治さんもそれを理解し、信頼している。だからこそ、背中でアンサンブルが成立させられるのだろう。並のことでは到底たどり着けない、アンサンブルの極致を見たようであった。

続いて演奏された『交響的練習曲 作品13』は、悦子さんによるピアノ独奏でのステージとなる。
「交響的」と表される通り、管弦楽的な立体感が広がる、スケールの大きい作品だ。主題と終曲、11の変奏曲と5つの“遺作”を含めた全18曲からなり、演奏時間は40分ほどになる大曲である。
この『交響的練習曲』は、すべての変奏に主題が含まれている。例えば和音の構成音の一つに、あるいは細かいアルペジオのトップノートに。悦子さんは、たとえどんなに主題が巧妙に埋め込まれていようとも、必ず主題がもっとも引き立つように演奏をされる。それが故に、決して派手さはないのかもしれないが、彼女の演奏はとても心地よく、また音楽に身を任せて聴くことができる。
これは、音楽の“芯”を捉えているということだろうか。そして、捉えた芯をのがさず音にできる技術力・表現力は、彼女が重ねてきた足跡の賜物なのだろう。
曲想が大きく飛ぶ各変奏曲を自在に操り、そのすべてをフィナーレの興奮に繋げる。最後の一音を弾き終えた時の彼女の嬉しそうな横顔が、とても印象的であった。

休憩を挟んだ後半では、再びお二人でステージに上がられた。演奏されたのは、ロシアにおけるロマン派の大家 セルゲイ・ラフマニノフの『ソナタ ト短調 作品19』。全4楽章構成で30分を超える大曲が、リサイタルの最後を飾った。
原曲はチェロのために書かれたソナタであるが、現在ではファゴットを始めとする低音木管楽器によってもしばしば奏される曲である。威風堂々たる立ち姿の耕治さんと、優しく穏やかな佇まいの悦子さん。お二人の姿を前にして、筆者も高揚を隠せなかった。

第1楽章は、厳かなレントの序奏を経て華やかに展開していく。ラフマニノフは、本曲におけるチェロとピアノは対等な関係にあると考えていたというが、この楽章はその言葉の真意を感じられるであろう。ファゴットとピアノが作り出す音楽は広い奥行きが感じられ、代わる代わる音楽をリードしていく展開は正しく二重奏的な趣であった。
胎動するピアノの3連符による導入が印象的な第2楽章は、緻密なアンサンブルを要求されるパートと、大空を舞うように雄大なフレーズが交互に歌われる。高低に広い音域と複雑なパッセージを要求される難易度の高い楽章であるが、ベテランのお二人の妙技が光る、圧巻の演奏を聴かせていただいた。
続く第3楽章は、雰囲気がガラリと切り替わりアンダンテとなる。楽章を通して、ラフマニノフの真髄とも言える優雅なメロディに心ゆくまで陶酔することができる。ファゴットの本分と言わんばかりに情緒深く歌い上げる耕治さんと、そのエモーションに寄り添いともに盛り上げ、時には自らが引っ張って大きなエモーションを作り上げる悦子さん。お二人が育んできた“親愛”が、この楽章の魅力をさらに引き出したのであろうか。筆者にはまだ、その境地をうかがい知ることはできない。
第4楽章は、凱歌を思わせる勇ましい序奏から始まる。大いに歓喜をたたえたフレーズと、その中に揺れ動く不安や悲しみといった感情が見え隠れする。プログラムのお言葉を借りると、「人間的要素の強い」楽章である。
ここに来てお二人の演奏は最高潮を迎える。この楽章に至るまでに優に30分を超えても尚お二人の演奏に緩みは感じられず、様々な情感が止めどなく押し寄せるこの楽章においてそれら一つひとつに魂を込めた演奏をされる。
幕引きに至るまで一切の妥協を見せず、フィナーレまで上り詰めると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

最後に、アンコールとして『美しい五月に』『春の宵』を演奏。ともにシューマンの作品であり、甘美なメロディが特徴的なこの2曲をもって、リサイタルは幕を閉じた。

会場でいただいたプログラムには、お二人からのご挨拶が掲載されていた。
最後に、その中の一節を引用させていただきたい。
――私達の尊敬する方から、夫婦はなるべく多くの経験を共にする事が最も大切!と教えて頂き、今もその言葉を忘れずに過ごしています。本日のデュオリサイタル、私達が同じ舞台で同じ時間を皆さまと共に共有できる事が、とても有り難く、心から幸せに思います。――
こんなにも素敵な方々と、同じ場所で同じ時間を過ごせたことを、私も何よりも幸せに感じます。

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