今年、アカデミー賞を受賞した「ANORA アノーラ」は、昨年の「オッペンハイマー」よりも作品賞として衝撃的な選考だった。
ニューヨークでストリッパーとして働くロシア移民のヒロインが、お店で出会った大金持ちのロシア系バカ息子と婚約するところから展開する、ドタバタ悲喜劇。
いまさら、マイ・フェア・レディ? プリティ・ウーマン?
女性の自立やサクセスが当たり前の時代に、身分違いの結婚に夢を抱くヒロインが登場した。
制作者は、何がしたいのだろうというテーマを考える前に、演出の過激さにまず絶句。
ヒロインの職業は、お店では有料で性的サービスを行なったり、有償でレンタル愛人を行なうようなお仕事。
映画では、主人公がどんな職業の設定でも主題が“愛”なら、美しく描けるはずだが、今作は、女性のお仕事をこれでもかと見せるシーンが全編の半分以上続くので、複雑だ。
この違和感は、すでに鑑賞した若い女性も同感の人が多かったようだ。カップルでの鑑賞はなかなか難しいのではないだろうか。
本作を時代的な面で考えると、移民=マイノリティを次々と扱うアメリカ映画で、ヒロインが珍しくロシア移民だということ。
ヒロインたちが性産業で、なんの迷いもてらいもなく、割り切り働いている。
一方恋人になる男は、ロシアの大金持ち、“オルガルヒ”のひよわな息子。
ただ、ヒロインのキャラ作りが濃すぎるのか、監督の趣味なのか、二人の関係をラブロマンスとして見ようとしても、女の打算と男の軽さが標準の感覚を逸脱していて、なんとも落ち着かない。
ストリッパーでも、バカ息子でもいい、一抹の“純粋さ”が漂えば、ロマンスになると思うが、そうはもっていかない。
打算が強く、筋道がないように見える女の恋心も、実はロシア移民という、比較しがたいハングリーでシビアなお国柄といいえるのかもしれないが。
玉の輿を求める打算的な女性に、世の中の厳しさを知らしめるようなテーマがあると解釈ができなくもないが、これまでの常識を破る異色の移民のバックグラウンドを考えるべきなのだろうか。
そういえば、才能あるバレリーナでさえ、生活をするためには、オルガルヒの愛人を断れないと描かれた映画も最近観た。
いずれにしても、本作がアカデミー受賞作になったことは、映画人生で最も驚きの年だった。
一方、新作「MAXXXINE マキシーン」は、「ANORA アノーラ」と違い、ポルノ界わいで働きながら、リッチな男性を狙うだけの仲間たちとは一線を画し、ひたすらハリウッドスターへのチャンスを狙うアメリカ型自立ヒロインの物語だ。
タイ・ウエスト(脚本、監督)とミア・ゴス(女優)のホラーコンビによる前作「Pearl パール」(米・2022)と同じ監督&主演女優による、続きのような展開。過激な演出が気になるものの、スターを目指すひたむきな少女と、親からの抑圧によるシリアルキラーという題材は心理分析的に筋道がある。
私の研究分野のひとつでもあるが、演出の残酷度は、ホラーファンでもぎりぎりラインのえぐさだから、要注意と伝えておく。
彼女はサクセスするためなら、どんな厳しさにも堪えるが、しかしそれを阻もうとする“やつら”が邪魔をしかけてくる。
それは何者なのか?
ハリウッド女優への道を一歩踏み出したものの、謎の殺人事件がからみ、何度もスターのチャンスを失いそうになりながら、シリアルキラーの疑いまでかけられるのだが……。
親子の愛とトラウマの関係をベースにしたサイコホラータッチのアメリカンドリーム。
結末には、やっぱり、ヒロインを狙う衝撃の殺人犯が、これでもか、とえぐい描写で暴かれる。
主演のミア・ゴスは、“ホラー顔”を生かした映画作りで、自ら脚本や製作も手掛けており、気になる女優のひとり。
このあと、ネトフリ映画「フランケンシュタイン」や「ドラキュアの娘」など、ホラー街道まっしぐら。
気合の入り具合が強く、映画を地でいくような存在感がスリリングなのだ。
それにしても、現代的な過激さで表現する作品が、若い制作者たちの象徴となり始めたのか。
そういえば、デミ・ムーアの「サブスタンス」も、女性監督ながら、あえて男性を喜ばせるような撮影が強く目立ち、それでもゴールデングローブ賞女優賞を受賞したり、カンヌで脚本賞を受賞したり、と認められた。
あざとい描写と直接的なエロ視線が、現代のアカデミック界では受け入れられやすいようだ。
一方、「ラ・コシーナ/厨房」は、同じくアメリカンドリームをテーマにした移民の物語。
舞台はニューヨーク。観光客のために、メキシコ系移民中心に構成された大衆レストランを舞台に展開する。
何十人と言うスタッフたち、シェフとウエイトレスたちが阿吽の呼吸で料理を作り、運び出していくコラボレーション。
映画は、料理ではなく、移民社会の人間関係を描いていくから、白黒映像は効果的だ。
物語は、厨房の面接に来る若い移民女性が登場するところから始まり、彼女の視点で進行する。
スペイン語が丁々発止で飛び交う厨房で、シェフとウエイトレスの恋愛関係が始まったことから、やがて売上金の盗難疑惑が……
必死で働く人々の汗と生活臭、休息の笑いや、愛や、夢がしみじみと切ない。
厨房で働く体験を経て戯曲にしたアーノルド・ウェスカー、1959年の原作をもとにした現代映画版。
争いのシーンなど、ドキュメントのようにリアルで烈しいが、心に残る大人の演出作品といえるだろう。
「MaXXXine マキシーン」6月6日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー
©2024 Starmaker Rights LLC. All Right Reserved.
2024年|アメリカ|カラー|上映時間:103分|R15+
[原題]MaXXXine
[監督]タイ・ウェスト
[出演]ミア・ゴス、ケヴィン・ベーコン、ジャンカルロ・エスポジート、エリザベス・デビッキ、モーゼス・サムニー、リリー・コリンズ
[配給]ハピネットファントム・スタジオ
公式 HP:happinet-phantom.com/maxxxine/
「ラ・コシーナ/厨房」6月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開
©COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023
2024年|139分|モノクロ|スタンダード(一部ビスタ)|アメリカ・メキシコ|英語、スペイン語|5.1ch|G|
[原題]La Cocina [字幕翻訳]橋本裕充
[監督・脚本]アロンソ・ルイスパラシオス
[出演]ラウル・ブリオネス、ルーニー・マーラ
[配給]SUNDAE
公式 HP:sundae-films.com/la-cocina
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
フルート用ケース・バッグ
NAHOKの楽器ケースの中でも種類が一番多いのがフルートケースです。フルート1本を入れられるものから、ブリーフケースまで様々な種類があるから、ご自分のフルートライフに合わせて選べます。
人気のフルート奏者 高木綾子さんもNAHOK愛用者ですが、なんとご主人もお子さんも家族みんなでNAHOKを使っています。
※写真は高木綾子さん提供
クラリネット1本収納可能なケースから、ダブル用ブリーフケース、リュックタイプなど様々な種類から選べるNAHOKのクラリネットバッグ。
現在桐朋学園大学の教授を務める亀井良信氏もNAHOK愛好家の一人です。亀井氏が提供してくれた写真にはなんと7種類のNAHOKバッグが! その日のスタイルや荷物の量によって使い分けているようです。
>>BACK NUMBER
第73回:「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」と狂気のダンスを
第74回:兵庫県知事選挙戦と「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」
第75回:ホラーと音楽と俳優の関係
第76回:情報操作とコメント部隊
第77回:ドキュメント映画「Black Box Diaries」評
第78回:女性はいかにルッキズムを乗り越えるのか? 外見至上主義の価値感に挑む ウーマン・ホラーとは?
第79回:トランプ大統領が撤廃する“多様性”とダニエル・ボンド・クレイグのゲイ映画「クイア」の時代