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母と娘

木村奈保子の音のまにまに|第12号

先ごろ、2019年のベネチア映画祭で、日本人監督による作品「真実」が、コンペティション作品として、オープニングを飾った。
「万引き家族」でカンヌグランプリを受賞した是枝裕和監督が、フランスのトップ女優、ジュリエット・ビノシュに請われ、大女優のカトリーヌ・ドヌーブを主演に製作した。


左からリュディヴィーヌ・サニエ、ジュリエット・ビノシュ、是枝裕和監督、カトリーヌ・ドヌーヴ、クレマンティーヌ・グルニエ、マノン・クラベル - Stefania D'Alessandro / Getty Images

物語は、ある大女優が自伝「真実」を出版することから展開する。女優であること、母親であること……そこに書かれたものはどこまで真実なのか、はたまた、身勝手な嘘なのか?

大女優であり、母親である立場の女性と、彼女をめぐる娘たちの愛の確執が描かれていく。ステレオタイプの“母と娘の関係”をベースに、一筋縄ではいかない、一人の女性、人間の感情の重さとは――?
一見地味なセラピイ映画を日本人監督に委ねた、その価値は大きい。
そもそも、是枝裕和監督はテレビ出身の演出家とは真逆の体質を持つ掘り下げ型で、平凡な題材ながら、家族をテーマにした心理描写は秀逸だ。この監督作は、日本では表面的なニュースでしか扱わないが、海外映画人の間ではしっかり評価されている。


©Theo Wargo/Getty Images

だいたい、是枝裕和監督が海外で評価を受けた初の映画「誰も知らない」(カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞、2004年)を、日本人の何パーセントの人々が鑑賞しただろうか。誰も知らないに近いのでは?
「母親」なるステレオタイプから逸脱した家族の物語を描く是枝作品に、私は衝撃を受けた。それは、ある母子の事件を扱ったものだったが、事件としてではなく、母なること、女性たることを見つめる視点が深くあった。
物語は、すべて父親が違う4人の子どもを生んだ母親が、新しいアパートに引っ越しをするところから始まる。管理人に子供数をごまかすため、小さい子どもは段ボールやスーツケースに入って運ばれる。恐ろしい光景が、母親目線で、淡々と描かれる。
やがてこの母親は、思いついたように、長男に生活費とメモを残して家を出てしまう。子どもたちは誰も学校に行かないし、社会との接点もない。ひたすらまじめな兄のリーダーシップで、コンビニに行き、なんとか食べて過ごすだけだ。

そんな母親が、1ヵ月後に戻り、しばらく共に過ごす。この母親と子どもたちの関係が意外と良いだけに、ますます切ない。YOU演じる母親は、珍しく子供心を理解する、というより、子どものままのキャラだから、感覚が通じているようだ。うるさく、無理解なお母さんではなく、普通のファミリーよりもよほど愛し合っている空気さえある。
しかし、働きに出る母親は、そこではじまる男性関係を匂わせるとまた子供を放って旅に出る。冷静な兄は、母親を信じてまたしばらく弟たちを率いて頑張ろうとするが、次第に家の電気や水道も切られ、期待を裏切られた子供たちは徐々にパニック状態になっていく。動物のように、ただ産み落とされた子供たちは、いったいどうすればいいのか?

男性の愛にすがりつづける母親は、親として未熟だ。しかし子どもの父親から、次々と捨てられてきた母親の不幸も、今作は、やんわりと訴える。
いずれにしても、けなげな子供たちの命が危ない。子どもの側から投げかける大人への愛のアプローチが、涙ぐましい。

危うい母親と子どもの関係――海外の映画には、この種の題材は少なくない。
音楽映画ともいえる母娘のセラピー映画を振り返ると……。

映画「リトルヴォイス」(1998年、英国)は、夫の死後、誰とも口を利かなくなった娘をリトルヴォイス=エルヴィ(LV)と呼んでばかにしているデリカシーのない母親が登場する。母親は、部屋に閉じこもった娘が、父親の形見のレコードに合わせてスタンダードナンバーを歌手とそっくりに歌える才能を身につけていることをまったく知らない。
そんなある日、ひょんなことから娘の歌を聴いた男が、彼女を舞台に立たせることを思いつく。それは、寝巻きを脱いだ娘が一度だけの約束で、一大決心してドレスを着て見せたステージだ。そこで母親は、観客から拍手喝采を浴びる娘を見て、彼女がお金になることを察し、次の出演を無理強いする。娘はそれを拒み、再び自室に閉じこもるのだが……。さあ娘が、やがて家族の悲劇から飛び立つ日、その愛とは?
子どもがまっとうな手段で家族のために働くのは決して不自然なことではない。しかし、愛を与えられないまま、ただ稼ぐ道具として子どもが使われていいはずはない。子供心は限りなく敏感で、親の打算的な支配欲をキャッチする。娘は、音楽好きの情緒ある父親に愛されていたのだろうか。母親が、娘のこころを理解するまで、彼女は心を閉ざしたままである。
立派な親でなくていい。ただ、子どものこころに分け入る気持ちがあれば、それで十分なはずだ。見事な子どもの歌声を聞かせる音楽映画としても見ごたえのある1本。体裁のいい子どもを育てられず、子どもに不満足な思いを抱く親に見てもらいたい。

もうひとつ、映画「エイミー」(1997年、豪)の母親は、「リトルヴォイス」の母親よりも、もう少し良い人柄だ。しかし、娘エイミーは元ロックバンドの父親が亡くなったときから口を聞かず、耳も聞こえない。生活に苦しむ母親は、それでも娘のために優秀な精神科医を探すことをやめないが、いっこうに成果は見えない。
そんなある日、近所に住む、ギター弾き語りのお兄さんが「娘の声を聞いた」と報告するが、母親は信じられず、とりあわない。一生懸命母親を努めるマジメな女性は責められないが、それでも、欠点はある。立派な先生ほど信頼できる、と思い込むエリート思想だ。
ここでは、仕事にあぶれたギターのお兄さんが、彼女の心をとらえる。若者の弾くギターのサウンドとゆったりした声につられて、少女エイミーがすんなりと歌うように、自分の気持ちを訴えかける瞬間が美しい。

しかしその出来事を母親はなかなか、信じない。自分の悲しみと生活の苦しさに耐えることで精一杯の母親は、100%頑張るプライド、教育的観点から、頭が固く視野が狭くなるのだろうか。
エイミー役の子どもの素晴らしい歌をはじめ、町の警察官まで歌ってしまう楽しさ、さわやかなミュージカルタッチの演出が魅力のセラピイ音楽映画。
いずれにしても、母親が、子どもの真実の声を聴くことができれば、そうした思いが映画で伝えられる。

少子化社会。産めよ、増やせよ、の時代。不安定な女性たちのもと、ケアされない子どもたちの危機もそこにある。

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