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知るべきすべては音楽の中に――楽器を通して自分を表現する

木村奈保子の音のまにまに|第7号

先ごろ、日本の俳優による薬物使用が明るみになったことから、映画の公開やテレビのオンエアーをどうするべきかなど、論議が錯綜した。
俳優となると、作品の一出演者であり、他者への影響を考えると、個別対応が難しい。薬物使用者の出演部分のみカットするなど、切り刻まれる形になるのだ。
過去の作品にまで遡ると、それはもう大変なことになる。
東映の社長は、これから公開する新作については、何も対処せず、公開する判断とした。今更、差し替えする時間も費用もないなど、物理的な問題だったようだが、俳優は作品の一部であり、過去のDVD含め、対処はそれで、十分事足りると思う。もちろん、本人に対する処罰は当然で、今後の活動が期待できないのはやむをえないが。

たぶん日本は、作品価値や芸術性よりも、ワイドショー・オピニオンが強く、スポンサーへの配慮が強く、イメージのクリーンキャンペーンを重視しているのだろう。芸術性については、作品によりけりだし、海外と日本のレベル相違もあるので、私が特にイメージしているのは、洋画や洋楽を基準にしているのも、さきにことわっておく。

それにしても日本では、薬物使用が発覚した者を、いっきに汚いばい菌のように扱い、いじめ倒す姿勢は、ちょっと嫌な気分だ。どんなにキャリアがあっても、過去のリスペクトは、完全にゼロになるようだ。薬物に対する厳しさは見事だが、音楽性、芸術性とは別に考えられないのだろうか。

一方海外では、状況が異なる。俳優、歌手も、同じように薬物で裁かれるし、そこから立ち直らない限り、末路は死しかない。しかし、映画であれ、歌であれ、良い作品を残した俳優、歌手は永遠のレジェンドとして敬意を失うことはない。過去の作品は、決して切り刻まれないのだから。’’薬物患者’’は、病人扱いで、治癒したあと、再度芸術性を発揮できれば称賛される。仮に更生が無理でも、作品は永遠に残る。

薬物で苦しんだ世界的なスターミュージシャン、プリンス、ホイットニー、マイケルなどの音楽は、国やジャンルを超えて永遠の財産であり、俳優、シーモア・ホフマンの演技は、作品の中で語り継がれる。何より、回復したジョニー・デップ、ロバート・ダウニー・ジュニアなど、過去に薬物と関わりのあるスターは、例をあげればきりがない。残念ながら、天才といえるような人ばかりである。常に先端を走り、生き急ぐ者たちは、アート以外の普通のことでは、大きくつまづいてしまう運命なのだろうか。

薬物と芸術性は、決して関連しない、と言えるのかどうか、私にはわからない。
ただ、スターたちが信じられないほどの大金を稼ぎ、そうした環境に身を起きやすいのは確かだろう。トップは、孤独だ。そこに、心の弱さが忍び寄る。
そもそもが、繊細だから芸術に関わる。面の皮が厚い政治家と真逆なのだ。

実在のミュージシャンの人生を振り返る音楽映画は、「キース・リチャーズ アンダー・ザ・インフルエンス」、「エリック・クラプトン 12小節の人生」、「RAY/レイ」「ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男」「ブルーに生まれついて」(チェット・ベイカー)など、薬物依存が出てこない作品のほうが珍しいぐらいだ。ミュージシャンの音楽だけでなく、人生まで見せられると、薬物どころか、女性問題、DVにも発展するから、ハッピーな物語性を期待するのは、もはや無理というもの。彼らは、病を抱える芸術家で、正義のスーパーマンでも宗教家でもないことを音楽ファンは知っている。

今年の4月に公開される音楽映画の秀作は、ジャズピアノの詩人と言われるビル・エヴァンスのドキュメンタリー「ビル・エヴァンス タイムリメンバード」。ジャズ・ファンには、エヴァンスというだけで、狂喜する人が少なくない。本作は、エヴァンスの51年の音楽人生が、トニー・ベネットや演奏仲間を中心に語られ、8年の歳月をかけて完成。貴重な演奏シーンもあり、薬物中毒を含む音楽人生のドラマである。彼の人生の後半は、かなりヘビーな状態で、死に向かう様子が描かれる。

 ビル・エヴァンス
ビル・エヴァンス
トニー・ベネット
トニー・ベネット
 

映画の中で、エヴァンスについて、音楽仲間は言う。

「自己の内面への優雅な旅が、彼の音楽を感動的なものにした。そして、常に他と異なろうとした。限界まで引き込み、ぎりぎりのところでもどす。誰とも違う方法で!」

「まるで、オケと演奏しているようだった。」

「ひたすら、真実と美を求めること。それが、ビル・エヴァンス!」

こうした、天才ミュージシャンへのプロ仲間による賛美、その表現は秀逸だ。
最高の音を共有したものだけが、語れる幸福なのだろう。しかし、彼の病と死を少しでも遅らせることができれば、もっと良い時間は続いたはずだ。四六時中、時間を共有する音楽仲間にも、止める力がないのだろうか。

エヴァンスと同じく兄弟愛の強いカントリー歌手、ジョニー・キャッシュの更生を描いた音楽映画「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」は、妻の強烈な愛によって薬物から抜け出せる男の物語。スターアクターたちによる構成で、薬物との闘いを含む華やかな音楽映画だ。ホアキン・フェニックスの中毒演技には、舌を巻く。かくも、海外の音楽&映画ファンは、自慢じゃないが、薬物シーンを見慣れている。ただ、作り手の描く視点は常に悲劇であり、吹聴するものはない。

ビル・エヴァンス

さて、エヴァンスに戻すと、母親がロシアの教会育ちで、チャイコフスキーやストラヴィンスキーなど、ロシア人ばかりをレコードで聴いていた。家族の関係は難しく、兄だけを尊敬したが、後年に衝撃的な事件が起こる。また、自分の家族も作ったが、やがて薬物に引き裂かれることに……。本作では、音楽的な内容を中心に、彼の私生活や心の闇にも迫る。物語性としては、派手なスター役者が演じるものと異なり、本人が演奏し、周辺人物のコメントが散りばめられたドキュメント形式だ。ファンからすると、マニアックな楽しみにあふれているといえるだろう。

エヴァンスは薬物のせいで、毎日が、生きるか死ぬかのロシアン・ルーレット。
コカインを大量に摂取し、深入りしたエヴァンスを誰も救うことはできない。本作でも、ミュージシャンは、薬物の力で音楽的創造力が広がるとも言っていないし、とてつもない才能を輝かせるとも言っていない。ただ、ぬかるみから抜けられない、孤独な悲劇の天才がそこに描かれるだけだ。

それでも彼を知る音楽仲間は、音楽が有る限り、エヴァンスを尊敬し、愛することをやめない。それだけが救いなのだ。

「知るべきすべては音楽の中に有り、楽器を通して自分を表現する」

と仲間のひとりが言うように、エヴァンスの音楽を語り継いでいく。
彼らは、人というより、常に最高の音にとりつかれた特殊な音楽人である。

たとえ人生が破綻しても、エヴァンスの音楽は誇り高く、永遠である。
忘れてはならないのは、計算通り生きられない未熟な彼らが、計り知れない多くの人々を、音楽で感動させ、救ってきた。
それも、ひとつの真実であろう。

ところで最近公開したクリント・イーストウッド監督主演の「運び屋」は、タイトルから想像する通り、薬物の運び屋を意味している。

主人公は、朝鮮戦争の元退役軍人で、自分の人生だけを楽しむあまり、家族をないがしろにし、果てはお金も家族の愛情も失った孤独な87歳の老人である。そんな老人が、内容を知らずに、やばい仕事を引き受け、その大金によって、家族や友人との関係を取り戻していく、という皮肉な物語である。

昨今の物語は、映画の中の絵空事ではなく、実話を元に展開する。時代とともにモラルは向上し、人種差別や男女関係が新しくなり、もはや昔のスタイルは受け入れられないものも多くなった。しかし、解決すべきものごとは、一筋縄ではいかないと感じる今日このごろ。

 
映画ビル・エヴァンス
©2015 Bruce Spiegel

4月27日(土)よりアップリンク吉祥寺・渋谷にてGWロードショー!以降全国順次公開

アップリンク https://www.uplink.co.jp/

 


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