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女性の視点?男性の視点? 描き分けられる多様化社会の映画

木村奈保子の音のまにまに|第46号

映画「セイント・フランシス」が、普通の女の子の物語として、味わい深い。
私のような年代(高い)で、かつアグレッシブな性格でも、主人公の若い、ぼんやりしたヒロインキャラを落ち着いて興味深く楽しめたのは、いわゆる男女の淡い恋愛ものではなく、多様性社会のなかで、いろんな角度から愛情をはぐくみながら、自力で成長していく姿が魅力的だからだろう。

 
 

ヒロイン役の役者が自ら脚本を書いたものを私生活上のパートナーである監督とコラボレーションしたことで、何が起こるわけでもないのに、細かい人生のニュアンスが絶妙なかんじで伝わる、心地よい物語だ。

主人公は、30代半ばに向かうも、特に結婚や仕事についての野心や夢や焦りもない。ウエイトレスをしながら、新たなボーイフレンドと肉体関係を持つとき、生理になってシーツを汚すシーンがあるなど、さらりと芸が細かい。

そう、いままで描かれなかった女性の生理の瞬間が、いろんな形で表現されるのも新しく、女性目線なのだ。男子の存在感は薄めなのがいい。

やがてヒロインは、夏の仕事に選んだナニー(子守=ベイビーシッター)を通じて、異色の家族に接する。

子守の対象となる子供は、キャラの濃い黒人の少女で、その家庭の両親は、黒人とヒスパニック系の女性二人。
つまり、LGBTの女性パートナーたちのファミリー。
そこへ白人のヒロインがナニーとして雇われるのだから、人種的な設定は、かなり新しい。

女性同士の両親だからといって、子育てが得意な女性がふたりいるわけでは決してない。
ここでは、役割分担で、子供を見る側のヒスパニックの女性は、子育てに自信がなく、実は子供に嫌われているのではないかという恐怖感さえ持っている。
さあ、ここからがセラピー(心理治療)映画である。

そうした雇い主の家庭に入り、子供になぜか、なつかれてしまうヒロインは、どんな役目を果たし、変化をもたらすのか?

ただ生理にいらいらし、中絶経験も気に病まない、浮気もするし、安定をも望まない女子ヒロインが、子育てのヘルパーとして“血のつながりのない家庭”を経験するうちに、自身が変化していく姿が描かれ、ほほえましい。
その変化は、ひたすら、他人とのかかわりでもたらす愛情によるものだ。

昨今は若い女性たちが、悪い男たちから性の搾取をされるという殺伐とした社会ニュースが増える中、血のつながりのない家族環境で愛を与え合うこともできるという展開が温かい。

公開中の「ベイビー・ブローカー」(韓・2022)は、韓国の俳優、ソン・ガンホが2022年のカンヌ映画祭で主演男優賞を受賞し、日本の是枝監督が演出したことで話題になったが、是枝裕和監督のオリジナル脚本で、出演は韓国俳優のみ。
「万引き家族」と同じく、社会の底辺に生きる人々が、“血のつながりのない家庭”から育まれる家庭愛をテーマにするのは得意とするところ。

人は、さまざまな立場で責任を背負って成長していくが、立派な父親とか、よく出来た母親とか、完璧な家族構成のもとに愛情や幸福が生れるわけではないことを映画は丁寧に見せてくれる。

 

また、公開中の「母へ捧げる僕たちのアリア」(仏、2022)は、意識もなく話すこともできない、寝たきりの母親に、オペラ、パバロッティを聞かせることがライフワークになっている少年が主人公。
フランスのリゾート地を舞台に、イタリア系男子たちが登場する。
ほかに3人の兄弟がいて、父親は他界しているから、生活費も家事も彼ら子供たちだけでまかなう状態。
いわゆるヤングケアラーたちの話だが、他者とかかわることで、心の救いを得ていく物語。

とりわけ、主人公の少年が、音楽教師であるオペラ歌手の目に留まり、レッスンを受けることで至福の時間を得るところから、ドラマがはじけるように展開していく。
まさに、音楽の力が描かれる。

エリート階級とは程遠い主人公たちのしみじみとした家族愛を描く物語は、映画の王道だ。

一方、同時期に見た歴史に残る大ヒット作「トップガン マーヴェリック」は、アラカン、トム・クルーズのお若さ、お美しさに見ほれながら楽しむ、ダイナミックなスカイアクション。劇場では体感型4Dシアターが採用されるなど、アトラクション系の大作。カップルシートも、すぐに埋まった。

私は、ここで映画に描かれる女性の役割が気になった。
確かにトムのイメージは30年以上前の若さをほうふつとさせるが1作目の女優、ケリー・マクギリスとメグ・ライアンがいない。

別に男の映画の中に、女性の存在なんかどうでもいい、つながりなんか必要ないとばかりに、続編だというのに、唐突に別の恋人役が登場する。
(50代にして美貌のジェニファー・コネリー!)

1作目の女優は二人とも、元がきれい、かわい過ぎて、そのイメージを保てていないのが、出演なしの理由だとしても、かつての女性教官の思い出さえもないのか……?

ストーリー中に過去の1カットだけ、メグ・ライアンの顔が映し出されるが、それは、亡き相棒の妻である息子がパイロットとして登場するから。
そこは、話がつながっているのだ。
とすると、トムの恋人として人気を博したケリー・マクギリスの話は、どうなったのか?彼女も教官だったのだから、例えば、病死したと設定して、亡き教官をリスペクトして思い出すというわずかなシーンがあってもいいではないか?

1作目がラブ・スストーリーとしても人気となったのは、新進パイロットと年上の女性教官―女性が強い立場の設定が新しい、ということもあった。それが、今回のジェニファーは美しいだけのキャラ設定。
しかも、黒髪をわざわざ金髪に染め、男性の帰りを待つ、ありがちなブロンドビューティーに仕上げている。

新たな話にするなら、多様化時代として、新人パイロットを男子ではなく、アフリカ系のアメリカ人の女子にしてみるとか、そういう新しさはできなかったのか?その母親役、ハル・ベリーとトムのラブストーリーなら、あってもいい。
男性と同等の海軍特殊部隊に入隊した女性を描く「G.I.ジェーン」(米・1997)時代をとっくに経ているのに、女性像の逆戻り感が凄い。

「トップガン」続編は、大ヒットの理由の一つに、軍事オタク真っ青の戦闘機に対するリアリティーがあったようだ。メジャー大作なら、もうちょっと人間ドラマにも気遣いが欲しいと思うのは、私だけだろうか。

何より今も、徹底した男性アクション大作が、“稼ぐ作品”なのかとおもうと、複雑な心境だ。

 

MOVIE Information

「セイント・フランシス」
(米、2022)
※8/19より公開
[監督]アレックス・トンプソン
[出演]ケリー・オサリヴァン、ラモナ・エディス・ウィリアムズ、チャーリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェク、ウィリアム・ドレイン、Braden Crothers、Laura T. Fisher

「ベイビー・ブローカー」
(韓、2022)
[監督]是枝裕和
[出演]ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、IU(イ・ジウン)、イ・ジュヨン

「母へ捧げる僕たちのアリア」
(仏、2022)
※6/24より公開
[監督]ヨアン・マンカ
[出演]マエル・ルーアン=ベランドゥ、ジュディット・シュムラ、ダリ・ベンサーラ、ソフィアン・カーメ、モンセフ・ファルファー

「トップガン マーヴェリック」
(米、2022)
[監督]ジョセフ・コジンスキー
[出演]トム・クルーズ、マイルズ・テラー、ジェニファー・コネリー、ジョン・ハム

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

 

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