木村奈保子の音のまにまに|第40号

社会を反映するエンタテイメント

新年、あけましておめでとうございます。
今年こそ、コロナによる不安がなくなりますよう、お祈りします。
そして、演奏家が自由に活躍できる日が増えるよう、期待します。

さて、映画というと、大作エンタテイメントの時代から、ミニシアター系やネットフリックス映画なども加わり、昨今はジャンルが細分化。
特に私は、心の問題に直面するセラピー映画、ジェンダー論をテーマにした作品、そして音楽家のドキュメントジャンルなどに目を向けている。
だから、「面白い映画はありますか」と昔風に聞かれたら、“人による”と言いたい。
今は、誰もが興奮するような面白さだけが、映画の魅力ではないのだ。
映画は、自己分析に役立つセラピー要素が強くなっていると思う。

今回は、昨年書きそびれた音楽映画を振り返りたい。
ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」(2021年,米)は、現代社会を現した社会派ダンス映画だ。

中南米系の移民が多いマンハッタン北部、ワシントン・ハイツを舞台に、そこに住む若者たちが、移民問題でもがきながら、夢を求める。
居場所探しのセラピーミュージカルといえる。

出演者らがアフリカ系アメリカ人とヒスパニック系中心で、音楽もダンスも、わざとらしさがない。
「ラ・ラ・ランド」(2016,米)のヒスパニック版ともいえようが、サルサ好きの私としては、本作に軍配。

ヒップホップ系アフリカンとサルサ系ヒスパニックたちリズム・コンビネーションは、かつてのミュージカル映画と一線を画し、新しい時代を感じさせる。
彼らは、そもそも肉体にバネを持っている。
そして、彼らには生まれながらのダンシング・ブラッド(踊れる血)と祖国から夢と居場所を求めてアメリカ移民になった背景が、エネルギーになっているのだろう。

そういえば、ニューヨークのダンスクラブ(ディスコ)は、扉を開けると、ブラック系かヒスパニック系か、選べる楽しみがある。彼らの躍動感は、アマチュアでさえ凄い。
人種のるつぼ、ニューヨークならではのエネルギーにあふれ、リアルダンスを見ることができる。

本作では、彼らが「違法に国境を超えたら起訴される」という政権下で、びくびくしながら生きる。マイノリティの人権問題をトランプ大統領時代に重ねたのだ。

アメリカ映画では、エンタテインメントでも、時代背景と政治を無視して楽しむだけの内容では、いまや受け入れられないのだろう。

また、昨年公開した音楽映画では、「ステージ・マザー」(2021年,米)も時代を配慮した作品だ。
もう若くないヒロインが、息子の死の知らせを聞くところから始まる。
そこで、両親と絶縁していた息子が、ドラアグ・クイーンのショーパブ歌手だったと知る。
どこまでもマイノリティの世界を受け入れない父親に対して、ヒロインはいかに息子の存在を受け入れていくのか?

ポイントは、息子亡きあと、バーの権利を得たヒロインが、ドラアグ・クイーンたちの“見世物的な口パク・ショー”を本当の生の歌にして、彼らに音楽的な指導をしていくところ。その過程で、上達していくクオリティが高いので、楽しめる。

自分の子どもが、世間の価値観と異なるところにいたら、親はそれを受け入れられない、という話は、音楽映画に多い。まさに、これもセラピー音楽映画の1本。
もし自分の身に起こったら、こうした映画を親に観てもらうなどして、活用してもらいたいと思う。それこそが、現代映画の活用術だ。
映像の力は大きい。

もうひとつの傑作は、「アメリカン・ユートピア」(2020,米)。
元トーキングヘッズ、デビッド・バーンのアルバムを原案にしたブロードウェイミュージカルをさらに、スパイク・リー監督により、映画化したもの。

メッセージ性の強いデビッド・バーンの歌をダイナミックに支える若手中心のミュージシャンたちが実にかっこいい。
物語を見せるミュージカルではなく、公演寄りのスタイルだが、シンプルな舞台、振りつけやダンス、衣装も演奏も、何もかもミニマムで、洗練されている。
ステージで必要なものだけを考えたらこれ、という発想は日本の歴史的な年末の歌謡ショーとは真逆かもしれない。

登場人物は、デビッド・バーン(70歳)と人種も性別も世代も異なるミュージシャン11人。
彼らは、一体になり、実にダンサブルに演奏する。
政治的メッセージ性があっても、こんなキャスティングができるアメリカのエンタテイメントレベルに、リスペクトしかない。

エレキベースの攻めから、スチールドラムのダイナミズムで、迫力のマーチングバンドへと展開する楽しさ。舞台変換などセットはなく、ミュージシャンたちの存在とカメラワークのみで構成するスタイルが、ニューヨークテイストか。

その上で、“ブラック・ライブズ・マター”を背景に人種差別に抗議する歌、『HELL YOU TALMBOUT』を挿入しており、スパイク・リーが監督する意味も濃くなる。

ちなみに、私の最も好きな俳優は、ハリウッドではなく、ニューヨークに住み続け、NY映画祭を主催し、レストランも経営するニューヨーカー、ロバート・デ・ニーロだが彼の印象深い一言がある。

好きなワードは、「洗練=sophistication」だね。
彼の演技や存在に、いつも感じるのは、この“洗練”だ。

ニューヨーカーのアーチスト、デビッド・バーンの本作を、「洗練=sophistication」という言葉に重ねて、バンドのあり方を、再考してはどうか。

MOVIE Information

「イン・ザ・ハイツ」ブルーレイ&DVDセット(2枚組)
【1000807125】ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
監督:ジョン・M・チュウ
出演:アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンズ、レスリー・グレイス)、メリッサ・バレラ、オルガ・メレディス、ジミー・スミッツ

「ステージ・マザー」(DVD)
【ADM-5201S】AMGエンタテインメント
監督:トム・フィッツジェラルド
出演:ジャッキー・ウィーヴァー、ルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー 他

「アメリカン・ユートピア」(Blu-ray、DVD)
【GNXF-2659】NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
監督/製作:スパイク・リー
出演:ヴォーカル/ギター/パーカッション/製作:デイヴィッド・バーン
パーカッション:ジャクリーン・アセヴェド
パーカッション:グスターヴォ・ディ・ダルヴァ
パーカッション:ダニエル・フリードマン
ダンス/ヴォーカル/ヴォーカル・キャプテン:クリス・ギアーモ
パーカッション:ティム・カイパー 他

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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