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木村奈保子の音のまにまに|第41号

コロナ禍のカオス

3回目のワクチン接種を受け、“副作用”もなく(“副反応”と呼ばれるのはなぜ?)
かえって、自分の年齢を感じさせた。
しかし、接種前日は、あろうことか悪夢に見舞われ、友人から届いた“抗悪夢”用(?)の塩枕を使用すると、まるで、牧師から十字架を振りかざされたバンパイアが、聖なるものに抗うように、わ~っ、と過敏な反応をしてしまい、その後は、眠ったのか、眠れなかったのか、わけがわからない。

遠足前の夜に、逆作用の興奮をした小学生か?
ホラー映画の見過ぎによる異常体質か?

どちらもありうる話だが、やはり、コロナ禍の恐怖心と年齢を重ねた
不安感は、リアルに響いている気がする今日このごろ……。

さて、2年を過ぎたコロナ禍で、いったい音楽関係の仕事はどのくらい失われたのか? 同じく、映画、演劇はどうか?
飲食店の危機状態は報道で、ある程度知ることはできるが、音楽、演劇など文化、芸術のしごとに携わる人々の窮状について、徹底調査をする番組がないのは、残念だ。
昨今は、「管楽器を吹くな」と言う指令も下された。

報道や情報番組は、政府によるコロナ対策の失態が続く中、メディアは、自分たちの仕事に大きな支障がないかのように、平坦なニュースの扱いばかりで、特に独自のポイントを掘り下げることもなく、はたまた政治家の言い訳を聞く余裕さえ、見せる番組もある。

いったい、どこに正義があるのだろう?
なぜ、こんなに切羽詰まった状況で、政府による“自画自賛”と“できない言い訳”が平然とあるのだろう?
リーダーたちには、ベースとして、“ヒロイズム”があるはずだ。
その資質なしには、何も語れない。
ヒロイズムを持たないリーダーたちに、あろうことか、忖度するような、情けない大人たちを、なんとなく見せられている気もする。

ああ、カオス!
CHAOSだ。

番組では、出演スタッフも、諸事情による番組の方向性が決められているのだろうが、台本通りの、議論というにも無理がある段取り志向にうんざりする。
ちなみに、私のお気に入りは、「報道特集」と「モーニングショー」ぐらい。
創り手のヴィジョンなくして、報道番組はない。
ただのお知らせ番組を目指しているのだろうか。

そういえば、2021年、オリンピック記録映画の監督を努めた河瀬直美監督は、自分が記録映画を撮影するところをさらに取材される側として、テレビのドキュメント番組に協力出演した。
その内容の一部が、ネットで騒がれた。
河瀬監督は、カンヌの受賞作などがあり、看板ありきのブランド監督。
彼女が、どんな記録映画を完成させるのかは、まだわからないが、予告編の役割を果たすテレビのドキュメントで、妙な視点を唐突に入れた映像があり、問題となった。
それは、オリンピック反対のデモをする男性が、「実はヤラセで、お金をもらっていた」と言わしめるシーンだ。

これがテーマなら、そこを徹底的に掘り下げればいいのだが、ワンカットのみで、関する取材映像は何もない。
どうしてもこの一言だけ、入れたかったのか、それは、なぜか?

結局番組は、女性監督のプロモーション映像のような、ヴィジョンのないドキュメントになっていた。その後も、監督の説明は明確には、ない。
この番組では自分が被写体でしかなく、問題部分は、わからないというが女優でもない“監督”なのだから、そこを突けないわけがない。

番組で、自分のドキュメントを撮ってもらうという立場になったら、タレントや俳優は、制作側にほぼおまかせで、よほどの大物でない限り、どんなふうに写っているのか、確認はさせてもらえないだろう。

メディアでは、大新聞、雑誌もほとんどそうで、取材されても、被写体はあとで手を入れるどころか、確認もできないのが常識だ。

私は、映画の話で取材を受ける側になるとき、だいたい、発行前に確認をさせてもらっている。取材者側が映画のタイトルを間違えて書いたり、話した映画を見ていないため、通じておらず、間違いを未然に防ぐ必要がある。だから、どんな形であれ、映画という題材に私は、責任があるため、他人が書いた取材原稿もチェックを入れる。

つまり、女優やタレントとは違うので、自分をクローズアップさせた完全な被写体になることはなく、物書きや裏方の側と同じ立場になる。

つまり、一級扱いのブランド監督が、被写体として撮影されたとしても、出演したドキュメント番組を最終確認させてもらえないということはないだろう。
女優ではなく、監督だから、自分を撮影する他者の映像がどんな視点で描かれたのか、気にならないわけがない。
映画の観客動員にも影響するはずだから。
そもそも、監督に、明瞭なヴィジョンがないとしたら、ドキュメント映画を撮る意味もないだろう。こうした理由ひとつとっても、あやふやなまま、この問題は立ち消えした。

まさに、時代はカオス。CHAOS!

ヒトラー、ヘイトスピーチ問題にも、驚いた。
元首相の管(直人)氏は、弁舌巧みに国民を支配するだけの元政治家、橋本氏を形容するのにヒトラーを例えて使用した件。
これは、ヘイトスピーチではないし、少なくとも“差別”とはなんの関係もない。
差別表現とは、これまで差別されてきた側の人種、性を持つ人々を揶揄するような発言をしたときに指摘される言葉だ。

ヒトラーは、差別精神をもって、それを広げ実行した側の人間だ。
世界の人々が、ヒトラーのような人間性を生み出した過去を恐れているのは共通する認識。
恐怖政治を恐れるがゆえの危惧により、例えられることはあるだろう。

また、政治家が別の政治家に対してヒトラーを形容して使用したら、“ヒトラーに例える論証”として、相手を貶めるための方法になるかもしれないが、ヘイトスピーチとは言えない。
ヘイトされる人間は、世間から虐げられた歴史を持つマイノリティーだ。
差別に敏感なアメリカ映画では、最もデリケートな基本であり、現代も、ユダヤ、黒人、女性などのマイノリティにつづく多くのマイノリティをピックアップして、主演の座につかせる物語を作っている。
これが、差別意識のバージョンアップといえるだろう。

日本のメディアの話に戻そう。
MC側の出演ギャラは人にもよるが、看板キャスターの場合は、常に破格であり、その日のメインテーマを話す専門家、熱血医者は謝礼程度。
これは、昔から疑問に思っていた問題だ。
その上に、最近MCは、ゲストに対し、「〇〇さんは、ここまで」とか「手短に」とか上から目線で言葉を投げかける。

専門家のゲストが、日々命をかけた重要なネタを持ち出して謝礼程度で大事なデータを提供しているのに、その姿勢はどこからくるのだろう?
時間配分や段取りを考えるのはスタッフ側(演出スタッフなど)で、それをテーブルにうまくのせるかどうかだけが、MCの腕になっている。
せめて、キャスターとゲスト文化人の間のギャラ差は、埋めたほうがいいと思うのは私だけだろうか。

何より、テーマを掘り下げる内容はどこにあるのか?
番組制作のあり方は、実に本末転倒だが、まだこうしたスタイルは変わっていない。
放送局という私も長く過ごしたワンダーランドで、時代とともに、ソフトの価値が上がるはずと期待したが、薄まる方向に逆行しているようだ。

一方、エンタメ人は、歌や演奏や芝居やダンス、漫才や落語ではなく、ドッキリやバンジージャンプをして、騒いでいる。
いや、これは出演者の希望ではないことは、誰の目からみてもわかる。
ここを乗り越えないと、仕事が入らないという枠らしい。

この種のキョウフと恥のリスクを芸人に背負わせて、実際嬉しいのは、制作スタッフだけではないのか?
芸の理解が浅い、裏方スタッフの悪い資質のひとつだ。

私は、お笑い芸人の芸が大好きで尊敬するが、こうしたイジメ体質のようなおふざけはまったく楽しめない。芸人本人の持つ芸を見たい。
それをサポートするためのスタッフであれ。
スタッフは、芸人の芸を高めるためのサポーターたれ!

かつて、映画の宣伝マンが競って体当たりの馬鹿なゲームをし、それに買ったら自分の担当する映画の紹介をすることができる、という企画も同じ方向にあった。
芸人やタレントに馬鹿騒ぎをさせるしか能がないスタッフがいまもいる。
優れた芸術を劇場公開する予定の映画ソフトに対して、それについてふれることを“宣伝”とみなすテレビスタッフのセンスに、あきれる。

視聴者は、歌舞伎や音楽家の演奏や映画俳優たちの芸をダイジェストでも見たい。
舞台や劇場に足を運ぶためのアプローチが欲しい。
これ以上、文化レベルを低め、芸を薄める必要はないだろう。

しゃべりのうまい芸人も、MCという自分の冠番組のギャラや本数を競い合って、権力とサクセスの証を見せつけていくという傾向があるので、そこは控えめに言うべきだ。
サクセスして、稼ぐのは誰でも望むところではあるだろうが、MCをすると、多くは、芸が薄まっていく。

それでも稼いで、家族や弟子たちをカバーする生活は価値があるが、こうした世の中で、文化や貧困に対する社会貢献に意識が向いたら、より、価値が上がるだろう。
ハリウッドスターたちが、するように……。

いずれにせよ、SNSでもバラエティでも、キャッチイな“言葉の力”が求められる昨今、音の力で、芸の力で、世の中を牽引する時代を見たい。

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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