フルート記事 シネマカウンセリング
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木村奈保子の音のまにまに|第86号

シネマカウンセリング

MUSIC

私の長い映画人生の研究課題として、時代とともに変わるヒロイン像を追うジェンダー論のほか、映画で描かれる登場人物のトラウマと心理学がある。
特に親子関係の問題は、現実社会でも、様々な形で影響を与えているから興味深い。

この種のセラピー作品は、たまたま映画の中にあらわれた、作り話の主人公として筋を追うのではなく、心理治療家、精神分析医などプロのカウンセリングを綿密に練りこんだ心理描写になっているため、自分や家族の関係に重ねて、自己分析の題材として見ることができれば価値が高いものになるだろう。
扱うのは心の問題だが、それをロジックで考える習慣があれば、現実に正面から向き合い、はたまたカルト集団に人生を奪われないための手助けにさえなるのではないか、と私は考える。

精神分析治療が進むアメリカでは、特にセラピー映画とうたわない作品でも、しっかりと脚本には心理分析の方程式といえるものがあり、洋画の強みとなっている。
登場人物の心理を、その都度、監督や俳優らの解釈で考え、結果として大声で叫ぶしかないセリフまわしになる、多くの日本映画とは大きく異なるポイントだろう。

日本にも、昔から故小此木啓吾氏はじめ、優れた精神科医がいるのに、心を扱う映画で彼らに、脚本段階で映画作りの協力依頼をしてこなかったのは問題だ。

友人たちから、何か面白い映画、ビデオはないかと聞かれたとき、私は彼らの個人的な悩みを聞いてから、適切な映画をおすすめするシネマセラピーを試みていた。
昔は劇場やレンタルビデオに制限があったので作品選びは難しかったが、今なら、配信もあるので、もっとやりやすいだろう。

そのなかで、わかりやすく身近で、役に立ったと喜ばれた作品を紹介する。

〈セラピー映画 母親と娘編〉
映画「リトルヴォイス」(1998,英国)の主人公は、父親の死後、誰とも口を利かなくなった娘。
母親は、寝間着姿の引きこもり少女を“リトルヴォイス=エルヴィ(LV)”と呼んでいて、自分の娘が、何をして何を考えているのか全く興味がなく、理解もない。
娘は、こっそり父親の形見のレコードを聴き続け、いつのまにかスタンダードナンバーを本物の歌手とそっくりに歌えてしまう。
音楽に関心のない母親に、そんな才能を認めてもらうことがないことを知っているため、娘はいつまでも心を開かず、話もしない。

そんなある日、ひょんなことから娘の歌をベランダで聴いた他人の男が、彼女を舞台に立たせようと思いつく。
娘は一大決心し、一生に一度だけの約束で、ドレスを着てステージに立つことを決意する。

母親は、そのステージで観客から拍手喝采を浴びる娘を見て、理解しなかった自分を反省するとか、抱きしめるのではなく、彼女がお金になることを察し、次の出演を無理強いしようとするという毒親ぶりを発揮するのだ。
娘はそれを拒み、再び自室に閉じこもるのだが……。
さあ娘が、やがて家族の悲劇から飛び立つ日はくるのか?

子ども心は限りなく敏感で、親の打算的な支配欲をキャッチする。
娘は、音楽好きの情緒ある父親に愛されていたのだろう。
母親が、娘のこころを理解するまで、彼女は心を閉ざしたままである。
心の鍵を開けるために、親は何をすべきか?
少女の澄み切った歌声が、静寂を破って音を放つ、その瞬間が美しい。
音が開くときと心が開くときと……

ちなみに、この種の親は、才能ある子どもをどこまでも無慈悲に働かせるパターンで、ジェームス・ブラウンやマイケル・ジャクソンの物語でも、彼らの心のトラウマとして丁寧に描かれてきた。
たとえ才能が開ききっても、億万長者になっても、まっとうに愛されなかった子供たちは、心に闇を抱えたまま救われない現実を背負っている。

一方、映画「エイミー」(1997年、オーストラリア)の母親は、“リトルヴォイス”の母親よりも、もう少し良い人柄だ。しかし、8歳の娘エイミーは元ロックバンドの父親が亡くなったときから口を聞かず、耳も聞こえない状態になっている。

生活に苦しむ母親は、それでも娘のために優秀な精神科医を探すことをやめないが、いっこうに成果はあらわれない。そんなある日、近所に住む、ギター弾き語りのお兄さんが「娘の声を聞いた」と報告するも、母親はとりあわない。

一生懸命母親を努めるマジメな女性であっても、その思考が間違っていることから物事がすすまないことがある。
それは、立派な肩書の先生こそが子どもの心を治せる、信頼できる、と思い込むエリート思想だ。

ここでは、仕事にあぶれたギターのおにいさんが、彼女の心をとらえる。
若者の弾くギターのサウンドとゆったりした声につられて、少女エイミーが、ある日ふと歌う瞬間、音が開き、心が開く。

目の前で起こった出来事を母親はなかなか、受け入れられず、信じられない。
自分の悲しみと生活の苦しさに耐えることで精一杯の母親は、100%頑張るプライドから、視野が狭くなるのだろうか。

子どもの立場から考えると、近所の面白そうなおにいさんは、セラピストになり代わる最高の人物。
社会的におちこぼれていたり、ユニークなキャラだとなお可能性がある。
親が子どもの問題を解決できないとき、素直に助けを求める環境、あるいは人探しに出るべきだろう。

母娘家庭は、ときに母親がさみしさを埋めてもらいたくて、大人びた子供から精神的ケアを受けていることがある。
毒親になると、延々と愚痴を聞かされることもある。
母親に同情して心の重さを見せられない子どもは、外に助けを求めるしかないのだ。
本作では、子ども以上に、自分の未熟さを受け入れていく母親の成長も同時に描かれていく。

エイミー役の子どもの素晴らしい歌をはじめ、町の警察官まで歌わせてしまう、軽やかなミュージカルタッチのシーンもあり、魅力のセラピー音楽映画の傑作。

いずれにしても、けなげな子どもたちの心が危ない。
子どもの側から投げかける大人への愛のアプローチが、涙ぐましい。 何より、音楽の力はステージだけではないことも思い起こしたい。

 

アメリカの精神科医、ジュディ・クリアンスキー氏による恋愛をロジックで分析するカウンセリング読本。日本語版翻訳、プロデュース(表紙のイラスト含む挿絵なども)木村奈保子

 
 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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