フルート記事 「ブロークン・ヴォイス」由緒ある少女合唱団の実話をもとにした音楽映画の問題作
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木村奈保子の音のまにまに|第95号

「ブロークン・ヴォイス」由緒ある少女合唱団の実話をもとにした音楽映画の問題作

MUSIC

本作「ブロークン・ヴォイス」は、歴史あるチェコの少女合唱団の実話を題材にした、美しい声の少女が主人公のヒロイン映画である。
13歳の少女は、自分の姉が先に所属している優秀な合唱団に憧れている。
ある日、その合唱団を率いるハンサムな指揮者の視線を感じ、自分も一員に選ばれたいと思う。

指揮者は彼女の可能性を試そうと、歌ってごらん、と促す。
彼女がソロパートを歌う瞬間、清らかな少女の持つ世界観がいっきに広がり、それは息をのむほど美しい。
それだけでもまず、素晴らしい音楽映画になっている。

やっと正式に入団できても、ツアーのための楽団員としては人数が限られ、極寒の地で行なう合宿参加などもある。
指揮者の目は常にシビアで、選ぶ側の権力を一手にしている。
12歳から19歳までの女子を集めた若いプロ楽団として、全員を厳しく育て、時には楽しませ、音楽をまとめ上げる。
実力のない団員など、いないはず。
だが、姉は「実力で選ばれたとでも?」と妹に冷たい視線を送る。

やがて、ヒロインは指揮者から、ほかの子たちとは違う“寵愛”を受けるようになる。
それは、音楽に対する才能に対してか、はたまた別の魅力からなのか?
子どもと大人の関係で、微妙な愛が危うい。

後半から合宿やツアーのなかで、偶然か計画かわからないような展開で接近する二人のようすが描かれる。
性加害の作品とは思えない少女たちの心理が、じわじわと伝わる欧州映画の力がある。
見終わった後に、男性なら加害性を理解しないかもしれないほど、おだやかな演出で余韻を残す。

まだあどけない少女が、カリスマ指揮者を通じて音楽愛を感じ、選ばれた喜びを与えられた中で、一方指揮者は男性であるがゆえに、少女に対して欲望を感じてしまう、という意識のズレが起こるのである。
それを知ってか知らずか、どうであれ、抑えられない男の欲望を満たせる立場にあるのが、支配者としての権力だろう。
大人になり切れていない少女や音楽というクリエイティブな仲間がいる場所では、殴る、押さえ込む、といった暴力は必要ない。暴力と分からない形で行なう性加害はなかなか理解されず、明るみにならない。

本作は、チェコの有名な合唱団で、指揮者が25歳から45歳までの間、20年間に49人もの未成年被害者を出し、のちに逮捕された、指揮者と少女たちの事件をもとに描かれた。
被害者の数字を見ると、もはや映画とは別の物語になるとは思うが……チェコのジャニーさん?
プロオーケストラと共演ができるといっても、華やかな芸能界での活躍を夢見る野心的な親や子どもたちではないのだ。
それでも、こんな事件がひっそりと起こっている。

いまや、性加害問題が映画でも世界中で描かれる時代になった。
映画「TAR/ター」(22年、米)では、ハリウッド女優、ケイト・ブランシェットが、ベルリンフィル初の女性指揮者を演じ、弟子の女性に性加害をするという設定。せっかく女性初の指揮者になったのに、弟子の憧れの気持ちを利用したハラスメントを行なってしまう悲劇。ここでは、女性権力者が若い女性への性加害をする話が描かれる。
世界最高峰の音楽家が、どんな性的嗜好を持つのはかまわないが、権力を介在した欲望を果たそうとするのは、もはやハラスメントで、れっきとした暴力だ。
この作品もオブラートに包んだ表現で、幻想的な描かれ方も気になったが、ブランシェットが製作総指揮としても参加し、アメリカアカデミー主演女優賞受賞など世界の映画祭で賞賛された。
人は、権威を持ち、権力を与えられると、別の欲望への誘惑が生まれるのか。
壊される被害者の心を振り返ることもなく、才能ある音楽家は捕食者としての一面を隠している。

話を戻すと、「ブロークン・ヴォイス」は、先に純粋な音楽映画でありたい製作者の思いが伝わり、誰にもある少年少女時代の“選ばれて成長していく”過程がリアルに描かれる。
そんななかで、美しい声を持った無垢な少女が、その声を壊されてしまう物語でもある。

ちなみに、才能があり魅力的な指揮者はプロの俳優が演じているが、少女たちはみな俳優ではなくアマチュアというキャスティング。そのみずみずしさが、映画の力になっている。
性加害問題を下世話な考えでとらえることのない作品としても、本作は高い評価が得られるだろう。

 

MOVIE Information

「ブロークン・ヴォイス」
9月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

© endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025
監督・脚本:オンドジェイ・プロヴァズニーク
撮影:ルカーシュ・ミロタ デザイン:イレナ・フラデツカー
編集:アンナ・ジョンソン・リンドヴァー
音響:ユライ・ムラヴェツ、ペトル・チェハーク
音楽:ピョニ、エイド・キッド
出演:カテジナ・ファルブロヴァー、ユライ・ロイ、マヤ・キンテラ、ズザナ・シュラヨヴァー、マレク・チソフスキー、イヴァナ・ヴォイティロヴァー、アンナ・ミハルツォヴァー、アネシュカ・ノヴォトナー
原題:Sbormistr 英語題:Broken Voices
日本語字幕:上條葉月 字幕監修:ペトル・ホリー
提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション
配給:クレプスキュール フィルム
【2025年/チェコ/チェコ語/カラー/106分/DCP/2:1/5.1ch】

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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