THE FLUTE vol.163 特集

特別企画 バーンスタイン生誕100周年

今年生誕100周年を迎えた、レナード・バーンスタイン。彼の教えを受けた多くの指揮者たちが、日本でも活躍していることはよく知られている。また日本との縁が深く、さまざまな音楽の足跡を残していることなど、THE FLUTE163号誌上で特別企画として取り上げた。 そんなバーンスタインがフルートのための現代曲作品を遺していること、そしてその背景に込められた反戦の思い――フルーティストの間でもあまり知られていないそれらについてのエピソードを、ここで抜粋して紹介する。

天才フルーティストに捧ぐ“ハリル”

「1980年から81年にかけての冬に作曲された《ハリル》─ヘブライ語で“フルート”の意─は、“ヤーディンと、戦死した彼の同胞の魂に”捧げられたものであった。ヤーディン・テネンボームは1973年の戦争の際に亡くなったイスラエルのフルート奏者で、バーンスタインと彼は全く面識がなかったものの、『彼の魂を知っている』と言っていた。バーンスタインは、ここで再び調性と非調性の衝突を用いることで、戦争の苦難と平和な生活の希求の間の葛藤を表現しており、この作品にはぎくしゃくした十二音の法則とすばらしく詩的な瞬間が交互にあらわれる。〜中略〜“金切り声”や“ぎくしゃくした響き”─戦争の恐怖─で描かれる終曲の展開の後で、フルート・ソロが沈黙するのだが、これが主人公の死を表現しているのである。」(「叢書・20世紀の芸術と文学 レナード・バーンスタイン」ポール・マイヤーズ著、石原俊訳/アルファベータ刊)

『ハリル』を初演したランパルを師に持つ工藤重典が、この5月に「バーンスタイン生誕100周年記念演奏会」でこの曲を演奏する(公演に寄せるコメントは下記)。

『ウエスト・サイド・ストーリー』に代表される、ショービジネス的“光”の世界。その反対側にある、戦争や核兵器、それを生み出す人間の心の闇─そういったものと対峙する“影”の世界。戦没した若きフルーティストに捧げる作品を作曲したこと、そしてその内容を知るにつけ、“偉人”としてとらえられつつあるバーンスタインの生身の姿や内面を、垣間見る思いがするのである。

 

レナード・バーンスタイン Leonard Bernstein (1918~1990)
アメリカ・マサチューセッツ州生まれ。作曲家、指揮者、ピアニスト。アメリカが生んだ最初の国際的レベルの指揮者となり、ヘルベルト・フォン・カラヤンやゲオルク・ショルティと並んで、20世紀後半のクラシック音楽界をリード。1956年に「キャンディード」、1957年「ウェスト・サイド・ストーリー」など大ヒットミュージカル作品の作曲でも成功を収めた。音楽家の育成にも力を注ぎ、彼の下で学んだ指揮者たちが世界中で活躍している。

 

横浜みなとみらいホール開館20周年
井上道義 指揮 バーンスタイン生誕100周年記念演奏会

バーンスタインから直接薫陶を受けた指揮者・井上道義が、“信頼する奏者たちと渾身の指揮で描く「バーンスタインの光と影」”。「彼の思いを実現してあげたいと思ってプログラムを考えました」「彼の本心に沿ったプログラムになったと思います」と井上はインタビューで語っている。『ウエスト・サイド・ストーリー』がスポットライトを浴びて輝く“光”なら、“影”の部分にあたるのであろうフルート曲『ハリル』。副題の「ノクターン」は、恐怖を表す「夜の音楽」の意味だといわれる。演奏する工藤重典さんから、公演に向けてのコメントを寄せていただいた。

調性と無調の戦い/工藤重典 レナード・バーンスタイン『ハリル』に寄せて

レナード・バーンスタインが1981年に作曲した『ハリル〜独奏フルートと打楽器、弦楽合奏のためのノクターン』は、同年5月27日にJ.P ランパルによる演奏とバーンスタインの指揮で、イスラエルフィルハーモニー管弦楽団とテルアビブにおいて初演されています。《ハリル》とは、ヘブライ語でフルートという意味。1973年のイスラエル戦争によって命を落とした若き天才フルーティスト、ヤーディン・タネンバウムの魂に捧げられています。戦争を調性的なものと無調なものの戦いにたとえ、希望、夢、悪夢、休息、平和……といったものを表していると言われています。なかなか演奏される機会が少ない名曲であり、多くの皆さんに聴いていただきたいと思っています。

 
■Concert Information
横浜みなとみらいホール開館20周年
井上道義 指揮バーンスタイン生誕100周年記念演奏会
[日時]5月26日(土)13:20開場、14:00開演
[会場]横浜みなとみらいホール 大ホール
[指揮]井上道義 [出演]神奈川フィルハーモニー管弦楽団、福間洸太朗(Pf)、山根一仁(Vn)、工藤重典(Fl)、鷲尾麻衣(ソプラノ)、大山大輔(バリトン)ほか
[曲目]交響曲第2番「不安の時代」(ピアノと管弦楽のための)、「セレナード」(ヴァイオリンと弦楽合奏、打楽器とハープ)プラトン「饗宴」に基づく、「ハリル」(独奏フルート、弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン)、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」より、「ミサ」より
[料金]全席指定 1階・2階正面席:¥8,000/2階バルコニー:¥6,000/3階席:¥4,000
[主催]横浜みなとみらいホール(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団)
[問合せ]横浜みなとみらいホールチケットセンター:045-682-2000
[チケット取扱い]横浜みなとみらいホールチケットセンター、チケットぴあ 0570-02-9999 http://pia.jp/t/、神奈川芸術協会 045-453-5080、e+(イープラス)http://eplus.jp/、ローソンチケット 0570-000-407
バーンスタイン生誕100周年記念演奏会


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