THE SAX vol.44

Part.1 私が考える“Classic Sax”

[この記事の目次]

Part.1 私が考える“Classic Sax”

サクソフォンは実に幅広いジャンルで演奏される楽器だ。その七変化する音色はどんなシーンにも相応しく、また発展途中であるがゆえ、プレイヤーのアイデアひとつで様々な楽しみ方ができる。
さて今号では、現在日本でも隆盛を迎えている“Classic Sax”に焦点を当て、その流れを作った─源流─を探っていく。現在活躍中のプレイヤーによる“Classic Sax”というフィールドに対するコラムをはじめ、 サックス愛好家なら知っておきたい“Classic Saxの偉人”、その音色を楽しむ音源やイベントなど、あらゆる視点からClassic Saxの世界を紹介する。
初めて“Classic Sax”を知る人も、その深い世界に足を踏み入れてみよう。

Column by 雲井雅人  Masato Kumoi
<美しい生音なまおとを響かせること>

他のクラシックの楽器と同じように、マイクやスピーカーを使わずに「生」でホールに音を響かせる。これがClassic Saxの特徴だと思います。歌で言う、ベルカント唱法のように。
その奏法を知らなければ、ビゼーの『アルルの女』に代表されるようなサックスが入った管弦楽曲をオーケストラの中に入って吹こうとしたときに、周りの“クラシックの奏法”で鳴らされる音との間に、どうしても違和感が生じてしまいます。それは「大きい音を出す」ということとはまったく違います。
オケのみならず、室内楽でも、ピアノとのデュオでも、編成はどうあれ大きなホールの後ろの席まで、生音でppを届ける。その奏法を身に付けることがまず、Classic Sax奏者であることの大前提ではないかと思います。
僕が“そのこと”に気付いたのは、まずマルセル・ミュールのレコードを聴いた時。なんて素敵で不思議な音だろうと思いました。そして次に、阪口新先生の生音を聴いた時。楽器の音は楽器から聞こえてくるものだと思っていたのに、阪口先生の音は僕の頭の上のほうから響いてくるように聞こえました。「これが本当のサックスの音なんだ」と。何も知らずにただサックスを吹いていた僕は、自分もこういう音が出したいと思ったものでした。また、同時期に素晴らしい声楽のコンサートを聴いたこともきっかけです。広いホールで、マイクも使わずに楽々と聞こえてくるのは驚きでした。
ただ、サックスではそれを要求される場が他の楽器ほど多くないので、さほど重要に思われていないのかもしれません。でも少なからず、目指している人はいる。自分もそのひとりでありたいと思っています。
「Classic Sax」にはまだ、伝統らしい伝統はありません。だからこそ、クラシック音楽という芸術そのものに尊敬の念を持っていれば、おのずと奏法やスタイルを考えることにもなるでしょう。
サックスが好きな人だけが聴いて感心するような演奏ではなく、クラシック音楽を好きな人が聴いていいなと感じてもらえるような演奏ができるようになりたいものです。

Column by 小串俊寿  Toshihisa Ogushi
<神の声>

子どものころ聴いた、ビゼー『アルルの女』第2組曲の間奏曲、美しいメロディ、美しい音色で大好きでしたが、奏でている楽器がサックスだと知った時は本当に驚いたものです。当時父がよく聴いていた、「むせび泣くサックス、サム・テイラーの古賀メロディ」がサックスだと思っていたため、とても同じサックスとは思えなかったのです。でも子どもながらに、サックスにいろいろな表現の仕方があることに気づかされました。『アルルの女』での「えっ、サックスってこんなに柔らかく、きれいな音なの!?」という驚きが、いわゆるClassic Saxとの最初の出会い。『アルルの女』のレコードから聞こえてくるサックスの美しい音が、それはそれは、神の声のように感じたものです。
その後音楽高校のピアノ科に進学したのですが、吹奏楽が好きだったのと、子どものころ聴いた神の声が残っていたのか、サックスで大学に進みたいという気持ちが爆発して、高校2年の夏から阪口新先生にレッスンしていただくことになりました。目の前で響く阪口先生のあたたかい音色には本当にいつもシビレていました。いつも先生の音ばかりを追っていたように思います。50歳になった現在もそうですが……(笑)。
高校3年の時にClassic Saxの本場、パリのダニエル・デファイエ先生の生音を聴く機会があり、そこでもまたビックリ! 部屋中の空気がすべて振動しているような響きと美しい音色、パワー、これがパリの音か!衝撃的でした。大学を卒業してから、デファイエ先生にレッスンしていただけることになったのですが、本当に毎週のレッスンが楽しみで、ワクワクでした。パリに行って分かったことは、パリの音というよりは、デファイエ先生の音だということです。目指しても目指しても到達不可能。やはり神の声でした!
僕は、東京シンフォニエッタ(1945年以降〜現代の作品を演奏する団体)に所属しているおかげで、室内オーケストラでサックスが入った世界中の曲を演奏する機会が結構あります。
コンテンポラリーに於いてのサックスの使われ方には???というのが、僕自身の正直な気持ちです。もちろんすべてではありませんが、効果音的な使われ方が多く、特殊奏法のオンパレードのような感じの曲が非常に多いです。他の楽器に比べて自由度が高いというのがあるからかもしれませんが、自分的には、サックスの一番の持ち味の「優れた表現力」というのが、別の方向に行っているような気がしてなりません。
当時、デファイエ先生もコンテンポラリーでのサックスについては危惧されていました。作曲家の皆さんには、心に残る、ドンドン再演したくなるような曲を書いていただきたいと願っています。
自分の中では、クラシック、ジャズ、ロック、フュージョンなどの線引きはまったくないので、美しい音色と魅力的な音楽にはどんなジャンルでも惹きこまれています。
これからも大好きなサックスと共に、音楽と人生を楽しんで行きたいと思います!

Column by 須川展也  Nobuya Sugawa
<すばらしい音楽を後世に伝える使命がある>

Classic Saxの特徴とは、後世に残すべきすばらしい音楽を伝えること。これはClassic Saxに限らず、クラシック音楽をやる人の使命であり、もちろんサックス奏者であれ同じということです。クラシック音楽にはいろいろなスタイルの音楽があります。例えば、有名なところでバロック、ロマン派、近現代。国によっても多少違いますね。それを表現するには、それ相応の吹き方があり、それを獲得した上で作曲家が曲に書き残したものを忠実に伝えていくんです。
僕がClassic Saxに興味を持ったきっかけは中学生の時。吹奏楽部に入ってサックスを吹いていたんですが、サックス音楽で知っているのはジャズとかムードサックス的なものばかり。そんなある日、音楽の授業で、ビゼーの『アルルの女』を耳にします。クラシックのオーケストラで使われているサキソフォンを聴いた時の、透明な、しみこむような音色にノックアウトされ、それからこの音を世に広めていきたいと思ったのでした。
クラシックは再現音楽です。作曲家の言いたいこと、伝えたいこと、その音楽の持つスタイル、それを踏まえた上で、自分の感じたこと、個性を加えていくというのが、クラシックの演奏スタイルだと思います。ですから、そこに奏法という問題が生じてきます。例えば『アルルの女』をはじめ、オーケストラの中で吹くとき、また、もっと昔から他の楽器が演奏して伝えられてきた名曲と言われるものをサックスで吹く場合、さらに、サックスという楽器独特の、特殊奏法といわれている、スラップタンギングや重音などを使う音楽も、その音楽に必要なら、それはしっかり身につけなければいけません。むしろこれらの特殊奏法は、あと100年もしたらクラシックのスタイルになっているかもしれない。やはりその時代の特徴的なものとして伝達していかなければいけないと思います。

登場するアーティスト
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雲井雅人
Masato Kumoi

国立音楽大学を経てノースウェスタン大学大学院修了。第51回日本音楽コンクールおよび第39回ジュネーヴ国際音楽コンクールで入賞した。1984年東京文化会館小ホールでリサイタル・デビュー。2012年ハンガリー・ソルノク市立交響楽団、2013年「香港国際サクソフォン・シンポジウム」、2014年「シンガポール木管フェスティバル」などで協奏曲を演奏。2016年インディアナ大学にてオーティス・マーフィー教授のサバティカルリーブにともなう客員教授を務める。2017年アメリカ海軍ネイビー・バンドのサクソフォン・シンポジウムに招待されて演奏とマスタークラスを行う。同年、準・メルクル指揮、国立音楽大学オーケストラとドビュッシー「ラプソディー」を共演。2018年NASA(北アメリカサクソフォーン評議会)に雲カルとして招待され演奏とマスタークラスを行なう。2005年と2014年「サイトウキネン・フェスティバル in 松本」に参加。
ソロCDに「サクソフォーン・リサイタル」、「ドリーム・ネット」(バンドジャーナル誌特選盤)、「シンプル・ソングズ」(レコード芸術誌特選盤)、「アルト・サクソフォーンとピアノのためのクラシック名曲集」、「トーン・スタディーズ」(レコード芸術誌特選盤)、「ラクール:50のやさしく段階的な練習曲」、「リベレーション 我を解き放ち給え」などがある。雲カルCDに「ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ」、「マウンテン・ロード」、「むかしの歌」、「レシテーション・ブック」、「チェンバー・シンフォニー」などがある。大室勇一、フレデリック・ヘムケの各氏に師事。
「雲井雅人サックス四重奏団」主宰。国立音楽大学教授、相愛大学客員教授、尚美学園大学講師。

登場するアーティスト
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小串俊寿
Toshihisa Ogushi

1982年東京芸術大学卒業。1984年パリ国立高等音楽院を1等賞で卒業。サクソフォーンを阪口新、大室勇一、ダニエル・デファイエ、ジャック・テリーの各氏に師事。現在、国内外でソロ・コンサート(小串俊寿 HAPPY SAX CONCERT)を展開し、東京音楽大学、昭和音楽大学&同短期大学部、尚美学園大学、東京ミュージック&メディアアーツ尚美講師。現代音楽ソリスト集団の東京シンフォニエッタメンバー。2009年エジプト・ALEXANDRINA CONTEMPORARY MUSIC BIENNALE、オランダ・アムステルダム「ガウデアムス音楽祭」に出演。

登場するアーティスト
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須川展也
Nobuya Sugawa

日本が世界に誇るサクソフォン奏者。そのハイレベルな演奏と、自身が開拓してきた唯一無二のレパートリーが国際的に熱狂的な支持を集めている。デビュー以来、長年にわたり同時代の名だたる作曲家への作品委嘱を続けており、その多くが国際的に広まっている。近年では坂本龍一『Fantasia』、チック・コリア『Florida to Tokyo』、ファジル・サイ『組曲』『サクソフォン協奏曲』等。東京藝術大学卒業。第51回日本音楽コンクール、第1回日本管打楽器コンクール最高位受賞。出光音楽賞、村松賞を受賞。98年JTのTVCM、02年NHK連続テレビ小説「さくら」のテーマ演奏をはじめ、TV、ラジオへの出演も多い。89年から2010年まで東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターを務めた。最新CDは16年発売の「マスターピーシーズ」(チック・コリア/ファジル・サイ/吉松隆)。トルヴェール・クヮルテットのメンバー、ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督。東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。

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