Interview_坂田明×纐纈雅代
Wood Stoneのサックスを愛用するプレイヤーの活動や理念を紹介する当コーナーに今回登場するのは日本が誇るフリージャズの重鎮 坂田明氏と、幅広い世代のミュージシャンと共演し大きな存在感を示す纐纈雅代氏の対談。
体験を蓄積した身体を意識から解放した演奏、それがフリージャズ
Wood Stoneのサックスを愛用するプレイヤーの活動や理念を紹介する当コーナーに今回登場するのは日本が誇るフリージャズの重鎮 坂田明氏と、幅広い世代のミュージシャンと共演し大きな存在感を示す纐纈雅代氏。近年ライブなどでステージを共にする二人が、フリージャズについて、また自身の演奏に影響を与える自然との触れ合いについて、大いに語ってくれた。
フリージャズ=気持ちが解放されているかどうか
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- お二人はライブで共演されることも多いそうですが、出会いは?
- 纐纈
- 私が参加している「秘宝感」(現在は秘湯感)というバンドにゲストで出ていただいたのが最初ですね。
- 坂田
- スガダイロー(Pf)なんかとやってる、相当アヤしいバンドだよな(笑)。
- 纐纈
- そうですね(笑)。フリージャズのバンドです。ドラムの斉藤良さんがリーダーで、謎の女性ボーカルがいたり、鼓がいたり、寸劇もやります。結成は2010年で、坂田さんに来ていただいたのは2012年くらいじゃないでしょうか。
- 坂田
- 纐纈とはそれからいろいろやってて、最近は林栄一(As)と3アルトのライブやったり。2アルトもやったなぁ。
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- 纐纈さんは坂田さんに対してどんなイメージを?
- 纐纈
- 最初は父が知ってたんです。父はジャズどころか音楽がとくに好きというわけではありませんでしたがコマーシャルで拝見してたみたいで。私自身は坂田さんの演奏を初めて聴いたのは、秘宝感に入ってからなんですよね。良さんに「秘宝感やるならこれ聴いて。」と、山下洋輔トリオの「モントルー・アフターグロー」を渡されたんです。聴いたら、ウォォォォ!という感じでした。もう、すごいなって。これを目指すんだな、と。
- 坂田
- そうかい。もう40年以上前だもんな。そのとき31歳だった。ギンギンでしたよ。
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- 纐纈さんは今、「渋さ知らズ」などアバンギャルドなジャンルで活動されていますが、フリージャズにもともと興味があったのですか?
- 纐纈
- もともとチャーリー・パーカーから入ったので、スタンダードなジャズが好きなんですよ。他にはアート・ペッパー、リー・コニッツなど、よくコピーしました。でも、スタンダードを吹いてる時からフリージャズっぽいと言われていて、初めはそれがすごくいやでした。フリージャズ自体はさほど興味がなかったんです。あえて言えば、ジョン・コルトレーンってよく、前期と後期に分けて語られますが、私は特にスピリチュアルに傾倒していく晩年の方が好きなので、フリージャズを好きになる要素はあったと思うんですけど。
- 坂田
- 俺がコルトレーンのライブ聴いたのが、1966年、21歳の時だったな。
- 纐纈
- 生でですか? わぁーー!
- 坂田
- それ聴いて俺は、人生に対する考え方を変えてミュージシャンになったんだよ。チャーリー・パーカーとかそういう道を一切通ってないから、必然的にフリージャズしか道はなかった。ちゃんとコピーしたのはジャッキー・マクリーンだけ。当時はアート・ブレーキー、ホレス・シルヴァー、ハービー・ハンコック……そんな時代でした。傾向としては、チャーリー・ミンガスが割と自由な発想でアヴァンギャルドなことやってましたね。でも、そういうことを言うとデューク・エリントンからしてもうフリージャズだし、セロニアス・モンクももうフリーだと言える。スタンダードなことをやっているからフリーじゃないとか、そういうことじゃないんだよね。人間の気持ちが解放されているかどうかだから。フリージャズってものが形式になっちゃったら、ただつまんないものになるね。今はもうちょっとイントロの時代。フリージャズのイデオムみたいなものは残ってるけど、それにはまっている人はもうそこまで。そこから先には行けないね。
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- ある時代のフリージャズにとどまっている。
- 坂田
- そういうことです。だから、纐纈みたいなやつは割と珍しい。俺からすれば若いわけで、二ューバップやスタンダード、ブルースなどを一通り勉強して、そこからフリーの音楽に入ってきたってことは、これしかできなくてやってるんじゃなくて、何でもできるけどこれをやっているということだから。
頭で考えるより体の反応で演奏する
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- 纐纈さんの最初の印象は?
- 坂田
- ヴィブラートが変だなと思った(笑)。だけどいい演奏してると思ったよ。それからどんどんよくなってきて、最近はすごくいいと思います。思い切りのいい演奏がいいんだよ。ごちゃごちゃ言わないでパーンと弾けてる。それでいいと思いますよ。もともとフレーズはいっぱい持ってるから、はじけちゃえばもうこっちのもんだから。
- 纐纈
- ありがとうございます。私は坂田さんにすごく勉強させてもらってて。とりあえず体力とか、そういう次元からもう違うな、と思うんです。自分も水泳やって体力づくりから始めなきゃいけないとか、そういう音楽以前の問題も意識するようになりました。あとはステージングというか、お客さんに訴えかける感じ、ただ吹いてるだけじゃない。ミュージシャンとして当たり前なのかもしれないけれど、やっぱり違うなって思うんです。存在感、プロ意識……。
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- 「思い切りのいい演奏」とありましたが、お二人とも頭を使った演奏よりも体の反応を大事にするというのが共通の考えですね。
- 坂田
- うん。演奏はね、考えた時にはもう遅いんですよ。指を動かすほうが絶対に早いから。考えるのは、演奏してないときにやっといて、始まったらもう何も考えずただ行くのみ。考えてる人の演奏は「ああ、考えてる演奏だな」としか聞こえないんです。できる限り考えないで、指が動いちゃった、自分が出ちゃった、という演奏にしたいと僕は思ってる。非常にテンポラリーっていうか、いい加減というか無責任というか(笑)。準備しておいて、本番は集中力と体力で勝負するっていうかね。これで長年やってきたんで。
- 纐纈
- 私も、例えば「こういうフレーズを吹こう」とか、そういうことを考えてるなと分かる演奏はあまり好きじゃなくて。集中した無意識の状態が実は一番「潜れてる」っていうか、いろいろ表せるんじゃないかっていう、完全に私の持論なんですけどね。考えるよりも無意識の状態のほうがいい演奏ができてると思っていて。
- 坂田
- そうだよ。身体の中にあるものが出るんだから。「次どのフレーズ出そうかな」って考えてたら手遅れ。乗り遅れちゃう。
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- 無意識でかつ集中した状態を作るのは、なかなか難しそうです。
- 坂田
- 場を踏むということかな。始まった途端に気絶しているような演奏というか。何を吹いたんだかまったく覚えてないような状況ね。緊張のあまり。
- 纐纈
- え? 坂田さん緊張されるんですか?
- 坂田
- モントルー・ジャズの時も緊張したし、初めてメールスで演奏したときも緊張したよ。そのあとベルリン・ジャズ・フェスティバルも、ニューポート・ジャズも、そういう大きい舞台は緊張しちゃうよ。緊張すると、ステージ終わっても3分くらい意識が戻るまで記憶がないの(笑)。僕は緊張する時間とそれ以外があって、ボーッとしている時間ってすごく大事だと思うんです。そのときにいろんなものを自分の中で整理していると思うんだよね。本を読んでいるときは集中してああでもないこうでもないと考えて、読み終わった後に緊張を解いて反芻する時間が必要だし、レコードも、聴いている最中もいろいろ考えるし、そのあともいろいろ考える。これがボーッとしているように見えて整理している時間なんですね。緊張している時とボーッとしているときを交互に繰り返すことでバランスがとれていると思う。
体験から得た思いがその人の演奏に反映される
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- 坂田さんはミジンコ研究家としての顔もお持ちですね。
- 坂田
- まあ、いろいろやってますよね。ミジンコや魚、海の曲を書いたり、生き物に触れることが音楽にも影響してると思いますね。思いを曲に入れているので。俺は大学の水産学科を出てるから、山下洋輔さんのバンドに入って世の中に出ていったとき、フリージャズと水産学科とどう繋がってるんですか?って聞かれたけど、その二つは私の中でだけ繋がっているんだよね。私というのは命、生きてる命が楽器を吹いている。命あるものの演奏。命ってなんだろうって考えてきて、ある日ミジンコを顕微鏡で見た時に「あ!これ命だ!」と感じたんです。命が透けて見えると思ったんです。それは俺の勝手な錯覚かもしれない、人間は見たものを自分が見たように解釈するからね。命が透けて見えたとき、こんなちっこくても俺たちと同じことをやってる。命の仕組みとはこういうものだと。そういうものを見ていると、世界が全然違って見えるんですよ。命がなんだか、自分の中で整理がついて、ミジンコの命と自分の命は同じだ、と。俺は生きていることの証を自分の音で表現しているし、世間へ向けてやっているし、自分に向けてもやっているということです。だから、俺がミジンコや魚を飼っていることと音楽をやっていることはまったく繋がっている。曲にもなっている。それをとてもよかったと思ってますよ。
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- 纐纈さんも本誌のリレーエッセイで自然や生命の尊さにも触れていらっしゃいましたね。自然と触れ合うことが演奏に与える影響はありますか?
- 纐纈
- はい。私にとっては大自然に触れることは自分をリセットしてくれる大切なポイントです。秘境を一人で旅するのが割と好きで。自然の恐ろしさや孤独を感じると同時に生きている歓喜も感じる。この間行った阿寺渓谷は、ちょうど断層の上にあって自然が強い場所なんですが、もし今雨が降って増水したら流されてしまうとかいろいろ考えましたね。霧島に登山に一人で行ったときも、行きはまだちらほら人影が見えていたけど、帰りは気づいたら前にも後ろにも誰もいなくて本当に自分一人で。恐ろしくなって、足が前に進まないんですよ。動けなくなってうずくまってたら、しばらくして通りかかったカップルが声をかけてくださって。そういう、右も左もよくわからないところに一人って本当に恐ろしいですね。でもいい経験しました。
- 坂田
- そりゃ素晴らしいことだ。自然は恐ろしいもんだ。俺もケニア、タンザニア、西アフリカ、マリ、セネガル、ガンビア、サハラ砂漠のド真ん中に行きましたね。砂漠は本当に砂だらけで地平線が見えて、動物が見えて、ケニアの場合は一応公園になっていて動物が放し飼い、つまり自然保護区の中に俺たちが車で入って、朝、熱気球に乗って上っていくとキリマンジャロが見えて、その上に雪が見えるんだよ。向こうにはライオンが寝てたりね。ネパールのヒマラヤにも行きました。氷河に住んでるミジンコを見たいためにNHKに頼んで番組にしてもらって。そういう厳しい自然を見てきて、その怖さというものはわかりますよ。まあ別にそんなところまでいかなくても、俺の地元の瀬戸内海にはよく台風が来てるからね。昔は木の船だったから、台風の後にブリッジのところだけ浜に流れ着いたりしていたもんですよ。泳いでいたらサメに足をかじられたりね(笑)。逆に幼少期に過ごした海の近くの、美しい風景なんかも頭に浮かびます。そういう記憶や思いがその人の演奏になるんだよなぁ。
吹き手の気分を良くする楽器
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- お二人とも現在、Wood Stoneの楽器を使用されているそうですね。
- 坂田
- 18年くらい使ってるセルマーのGPと並行して、Wood Stoneは去年から使ってます。仕上げはヴィンテージラッカー。3種類の仕上げの中で一番良く鳴ったんでこれにしました。これはセルマーのマークIVに近いと思いますね。日本人の指に合ってる。俺は指が短いから、これまでの楽器は指にキィの位置を調整してもらってたんだけど、これはそうする必要がなかった。
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- 音色についてはどうですか?
- 坂田
- GPに比べるとちょっと低い音が弱いけど、気にするほどではないと思っています。吹いてる本人が少し感じるだけで、聴いてる人には関係ないんだからね。纐纈が吹けば纐纈の音、俺が吹けば俺の音だから。吹奏感、吹いてるときに気分が良ければいい。GPと比べるとちょっと軽いけど、もうちょっと吹いていくとまた変わるかもしれない。
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- 纐纈さんは以前はキングのスーパー20シルバーソニックを使っているとおっしゃってましたが。
- 纐纈
- はい、10年くらい使ったけど手放してしまいました。Wood Stoneは去年の12月から使っています。キングは……あくまで私にとってですけど、ピッチが取りづらいところがあって。修理の方に相談して手を加えてもらったりもしたんですけどもう限界で。楽器が一番心地よく鳴ってる状態でピッチが悪いというのはガックリくるので。
- 坂田
- 昔の楽器だからな。手作りだとどうしてもそんなことがある。音は良かったけどな。
- 纐纈
- そうなんです、魅力はあったんです。音色も独特でしたし。でも音程の悩みをずっと持ち続けるのは嫌だなと思っていた時に、Wood Stoneに出会って。ピッチもばっちりだし、もうヴィンテージがどうこうじゃないな、と思いました。もしキングでものすごく状態のいいものがあれば興味はありますけど、その可能性は低いですよね。今はこの楽器がとても気に入ってます。
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- 仕上げはシルバープレートですね?
- 纐纈
- シルバー、音が落ち着くから好きなんですよね。もともと色という点でもシルバーが好きなんです。音色も、シルバーソニックからの流れだったので違和感もなく。ちょっと抵抗感があるというか、乾いた音色。キラキラしてないのかな、私はそう感じました。ハスキーというかダークというか。
- 坂田
- 聴いてる感じとしてはこっちのほうがトンガってるよ。しゃきっとして、飛んでる。俺の印象では、この楽器にしてから音楽が変わってると思う。
- 纐纈
- そうですか!? ああ、レスポンスが速いですからね。これが一番キングと違うところもしれない。決め手と言ってもいいです。今までは速いフレーズを吹いても楽器がついて来てくれなくて、全部鳴ってくれないというか。これはどんなに速く吹いても全部鳴ってくれる。当たり前なのかもしれないけど私にとってはすごいことです。
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- 思い通りの演奏ができるということですか?
- 纐纈
- はい、お得感があります(笑)。指を動かした労力が全部報われます。
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- 今後お二人がWood Stoneを吹いて共演する機会は?
- 纐纈
- 3アルトのライブを来年2月あたりに考えてましたけど、そろそろ本格的にブッキングしましょうかね。
- 坂田
- そろそろやるかね。
- ―
- 楽しみにしています。
纐纈雅代
1歳より音楽好きな母と2人の姉の影響でピアノを弾く。15歳でアルトサックスに転向。チャーリー・パーカーの存在に多大なる影響を受ける。2008年9月SONY MUSICより『鈴木勲 SOLITUDE FEAT. 纐纈雅代』でデビュー。当時より個性的な音色、オリジナリティー溢れるプレイは唯一無二と称される。2015年8月、自身のオリジナル曲を集めた1st ALBUM『Band of Eden』をrelease。秋葉原 HOT MUSIC SCHOOLにてサックス科講師。
【近刊】『音の深みへ 纐纈雅代自伝(仮)』纐纈雅代著 彩流社
http://masayokoketsu.com
●使用楽器=Wood Stone Alto Saxophone New Vintage SP(シルバープレート)
●マウスピース=ニューヨークメイヤー(ヴィンテージ) ●リガチャー=Wood Stone GP
●リード=VANDOREN JAVA RED(赤箱)3(削って使用)
坂田 明
1945年、広島県呉市出身、広島大学水産学科卒業。72年~79年山下洋輔トリオに参加、80年より「Wha ha ha」「SAKATA TRIO」結成してヨ-ロッパツア-を皮切りに独立。以後様々なグループの形成解体を繰り返しながら世界中をあちこちぐるぐるしながらあれこれして今日に至る。近著は「私説ミジンコ大全」 CD「海」付(晶文社)。
http://www.akira-sakata.com
●使用楽器=Wood Stone Alto Saxophone New Vintage VL(ヴィンテージラッカー)
●マウスピース=クラウドレイキー 4/*4
●リガチャー=Wood Stone GP
●リード=シュトイヤー(Steuer)JAZZ 2番(削って使用)