サックス記事
サックス記事

10時間ライブを終えた松下 洋に直撃!!

INTERVIEW_松下洋

世界的なコロナ禍に見舞われ、対面式の活動が主である音楽家も例外なくその生活は一変した。対面活動自粛となり、音楽家は今できることを日々模索している最中だ。そんな中、ピアニストの黒岩航紀とともに10時間に及ぶ生配信「10 hour Duo Live」を行なったサックス奏者、松下洋。10時間ライブを終えたばかりの彼に、オンラインインタビューを行ない、その舞台裏にある奏者の素顔と本音に迫った。

名称未設定のデザイン


音楽家として、みんなの“娯楽”でありたい。


テーマパークのような特別な時間軸

10時間生配信ライブお疲れ様でした! 終えてみて、今の率直な感想は?
松下
やってみるとあっという間に終わってしまいました。共演ピアニストの黒岩くんとも話していたんですが、ディズニーランドに行った日のような、ただただ楽しい特別な時間が終わってしまう感覚で。もちろん短くはなかったのですが、演奏者は演奏中いつもの時間軸とは違う時間軸にいるので、充実してたけどあっという間というか。楽しかった時間が終わってしまうのが寂しくて、もっとやりたいって思いました(笑)。
相当な曲数だったと思いますが、全部で何曲演奏したのですか?
松下

全部で34曲です。
34曲! ピアニストの黒岩さんも大変だったのでは?(笑)
松下
絶対大変だったと思います。サックスはちょくちょく休みがあったけど、ピアノはずっと弾きっぱなしで、音の数もサックスの10倍はあるので (笑)。
10時間ライブは、どういう構成で演奏されたのですか?
松下
10時間を2時間ごとに5つの大きなテーマブロック(部) に分けて、合間に5分10分と短い休憩を入れながら行ないました。
どのブロックにもそれぞれのテーマで有名な曲を散りばめましたが、第1部は「Light with Bright」というテーマで、明るくて華やかな曲調の有名曲を中心に。
第2部は「Jazzy, Fuzzy, Crazy」というテーマで、特殊奏法や超絶技巧だったり、フィル・ウッズのソナタだったりと、サックス的なキャラクターの濃い曲を集めました。
第3部は「Love for Peace」というテーマで、サン=サーンス、フランク、マスランカという3人の作曲家の音楽的深みのある宗教音楽を。マスランカのコンチェルトは50分くらいある曲で、たった3曲なんですが2時間くらいの大曲構成になっています。
第4部は「Serious&Humorous」というテーマで、聴きづらいシリアスな曲の後に、聴き馴染みのある楽しい曲を交互にバランスよく構成。4部最後の曲はゲストで千野哲太くんが参加してくれています。
そして最後の第5部は「What is Music」=「音楽とは何か」という大層なテーマなんですけど(笑)、イベールやグラズノフというクラシックサックスの王道曲を10時間の最後の最後に持ってくるという構成です。
松下さんは、サックスのために書かれた曲より、弦楽器のために書かれた昔のクラシック曲をサックスで演奏してきた印象が強いですが、今回はサックスの曲が多かったですね?
松下
はい、これまで自分のコンサートでは、サックスのオリジナル曲は演奏してこなかったので、今回はあえて皆が知ってるサックスの曲を中心にやってみたいと思いました。それに長丁場なので、サックス曲の方がやりやすいかなと (笑)。でもフタを開けたら、やっぱりサックス曲は昔の曲より指づかいも難しいし、特殊な奏法も多いので厄介という(苦笑)。なので、音大生の卒業試験メドレーみたいになってますね。だいたい卒業試験の課題曲はこの中のどれかみたいな(笑)。

あらゆる言語で届いた”ありがとう”

10時間ライブは松下さんのYoutubeチャンネルで今も見れますが、これから動画を見る人に見どころを伝えるなら?
松下
見どころは……、僕と黒岩くんの疲れ具合の移行がよくわかるところでしょうか(笑)。緊張状態の第1部から、第2部で少しずつ疲れが見えはじめて……。第3部は、疲れはあるけど逆に音楽的集中力が一番高かった時間帯でしたね。第4部が一番キツくて、僕も黒岩くんも完全に思考停止状態で (笑)。学生が最初の頃に取り組むような『プロヴァンスの風景』という比較的やさしめの曲で、練習でも間違えたことないようなところがボロッボロで。もうダメかと思いました (笑)。でも第5部は、最後に向かって集中力が高まっていくという感じで、サックスの王道中の王道曲を演奏したので、見どころはやはり最後の第5部かもしれないですね。
そもそもなぜ10時間ライブをやろうと思ったのですか?
松下
3月に入ってからコロナが深刻化しだして、音楽家も動画生配信だったりネットで何かをはじめる人が増えてきて、「自分も何かやれることがないかな?」と思っていて……。それで、「きっと今なら黒岩くんも仕事が飛んで、時間があるに違いない!」と思って(笑)。彼に「10時間生配信ライブやろう!」とラインでポンっと送ったら、一つ返事で「やりましょう!」と返ってきた。それで日程だけすぐに決めて、周囲に告知しました。告知したのがたまたま4月1日(エイプリルフール)になったので、最初はみんな冗談だと思ってたみたいなんですが、日が近づくにつれて「これほんとにやるの?」というやり取りが増えてきて(笑)。
たくさんの人から応援メッセージが届いた?
松下
はい、周りの友達や仲間たちからもたくさんもらいましたが、パリ音教授のクロード・ドゥラングルさんや、ジェローム・ラランさんなど、世界各地の様々な奏者の方からSNSを通して応援メッセージをいただきました。
終わった後の反響も大きかったのでは?
松下
フランス、アメリカ、中国、台湾など、国籍関係なく、Facebook、Twitter、Instagram、LINE、あらゆるSNSからあらゆる言葉で「ありがとう!感動した!素晴らしい!」というメッセージがたくさん届いて、嬉しかったです。

10時間演奏しつづけて、はじめて見えたもの

準備・当日と気をつけたところは?
松下
もちろんコロナの状況下なので、三密回避や消毒、移動手段はクルマなど、コロナの配慮は言うまでもないですが、音楽の動画生配信だったので、やはり配信環境ですね。最初はスマホでやろうくらいに考えていたんですが、それだと音質が全然ダメだなと。これで10時間は聴くほうがしんどいなと気づいて。それでコンサートでいつもお世話になっている映像・音響専門の真野さんという方に協力してもらって、当日の配信環境を万全にしました。
確かに、音楽系の動画や生配信は手軽にできるようになりましたが、音質が気になる配信も多いですね。松下さんの10時間ライブは音質がとても良く、聴いている方もストレスなく楽しめました。
松下
ありがとうございます。あとは体のコンデイション管理にも気をつけました。当日は10時間の中で休憩も短く、ご飯を食べると思考が鈍るので、バナナ、たまご、ウイダーinゼリー、モンスターエナジーと最低限の栄養補給で持久できるよう考えたり、でもカフェイン摂取はあまりよくないのでモンスターエナジーも水で薄めて飲んでみたり(笑)。
完全にアスリートの発想ですね(笑)。
松下
はい(笑)。4時間くらいの演奏なら体力的にもいけると思うのですが、10時間となると本番で良いパフォーマンスをするためにアスリートの意識を持つことも大事だなと感じました。それで本番に向けた体調管理も考えて、本番3日前からは、夜型から朝型の生活に直したり、前日の夜も少しでも脳を休めるために、めぐりズムを目にあてて寝てみたり……。結局、前日は緊張して全然眠れなくて、1時間くらいしか睡眠取れずに本番を迎える形になったんですが (笑)。
10時間も演奏をつづけること自体相当タフじゃないとできないと思うのですが、途中でアンブシュアが崩れたりしないのですか?
松下
自分はあまりキュッと締めて吹くタイプではないからか、そこは大丈夫でしたね。逆にむしろ時間が経つにつれて、いらない力が抜けてきて、アタックとか発音がキレイになってきて。でも唇が痛いときはありましたね。第5部の前半で、ナイマンの『Shaping of the Curve』とピアソラの『Le Grande Tango』という休みなく吹き続ける曲が2曲つづいた時は、唇がちぎれそうになりました。8時間経ってからのこれは完全に選曲ミスったなと(笑)。9時間超えたあたりで楽器もくるい出して、10時間ライブが終わって最終的に楽器が一本壊れました(笑)。
楽器が!? 相当ハードだった状況が伺えますね。そんな10時間ライブを通して、何か見えたものはありましたか?
松下
そうですね、もともと自分は学生時代にサックス曲の研究に没頭して取り組んで、その後ベートーヴェンなどのクラシカルな音楽に出会って、サックス曲は“クラシカル”の王道ではないなと思うようになった。だからこれまでの自分の演奏会では弦楽器の曲を中心に演奏してきたわけですが、今回サックスのオリジナルレバートリーを中心に取り組んで、改めて双方を比べてみると、やっぱりサックスの曲は名曲揃いだなぁ…と感じました。その良さを、一周まわって感じれたことが良かったです。
また、この10時間ライブをやるにあたって、個人的に「10時間の最後にグラズノフの『コンチェルト』を演奏したらどうなるか」を楽しみにしていたんです。この曲は、グラズノフの晩年、彼が最後に書いた曲で、曲自体に”武勇伝”的要素が含まれているのですが、今回の演奏を通して、武勇伝だけじゃなくて”勝利”まで含まれているんじゃないかという発見がありました。
……あとはシンプルに、演奏会は2時間がちょうどいいと思いました(笑)。演奏が2時間になった理由がよくわかりましたね。

今だから、音楽家は”娯楽”を発信したい

コロナ禍で、今音楽家は活動することができない状況ですが、これについてはどう思いますか?
松下
色々な考え方や生き方があると思うので、一概には言えない難しい問題だと思います。でも、こうした状況だからこそ私は音楽家が音楽を止めないことが重要なのではと思います。三密回避や安全面を考慮した上で、できる範囲で”音楽”という娯楽を提供しつづける。
絵本の『スイミー』を書いたレオ・レオ二という作家さんの作品に、『ねずみのフレデリック』という絵本があるのですが、そのお話が今の音楽家には大切なのではないかと思います。ねずみのフレデリックは、他の野ねずみたちが働いてる時に「自分は光や色や言葉を集めてる」と言って働かず非難を受けるのですが、いざ寒い冬が始まって野ねずみたちが暗い気持ちになった時に、フレデリックはそれまで集めていたモノや言葉を野ネズミたちに分け与え、みんなの娯楽になってつらい冬を乗り切った……というお話です。
みんなと一緒になって考えることも大切だけど、違った角度から自分の役割を考えることも同じくらい大切で、コロナで先が見えなくて皆が暗い気持ちになってる今だから、音楽家は何かの不満や不安を発信するより、みんなのための娯楽を発信したいなと。
自分は今まで周りに迷惑をかけて生きてきたので、余計にそう思います (笑)。
星野源さんの『うちで踊ろう』も音楽でみんなに娯楽を与えましたね。そういう意味でも、今回の10時間ライブは『STAY HOME』できる理由を提供できたのでは?
松下
 今年は自粛でお花見ができなかった人も多いと思ったので、アンコール曲で須川展也先生の演奏で有名な小六禮次郎氏作曲の『SAKURA』を演奏したのですが、聴いていた人がコメント欄に桜の絵文字をバーっと一斉に打ち込んでくれて、世界中のいろんな人の桜の絵文字がコメント欄に舞ったんです。僕はそれを演奏後に聞いて知ったのですが、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。10時間生配信ライブ、本当にお疲れ様でした!

(Live Photo: 松尾淳一郎)

10時間生配信ライブの模様は、松下洋YouTubeチャンネルから↓

https://www.youtube.com/watch?v=BXP2x8aSzFU
【10 hour Duo Live 】
Yo Matsushita & Koki Kuroiwa

 

松下 洋

Yo Matsushita

『彼は私の名を冠する国際コンクールにおいて見事に勝利し、その人格の豊かさを世界に証明した。生れながらのアーティストであり、私はその輝かしい未来が来ることを確信している。私は自信を持って彼を薦挙します。』- ジャン=マリー・ロンデックス
 
世界中でネクストエイジを象徴すると称されるサクソフォン奏者。主としてソロで活動、超絶技巧のコントロールを駆使し多種多様かつ膨大な量のレパートリーを擁す。新曲発表および初演に多く携わり、独自奏法の開発や失われつつあるCメロサックスの復旧など、21世紀の聴衆の興味を惹く新企画の実施に余念がない。現在ジャズを勉強中。洗足学園音楽大学非常勤講師。TokyoRock'nSAX主催。元YSA実行委員長。2020年株式会社Mouton&Company設立、取締役。MoutonStore代表。
 
【略歴】
1987年生まれ横浜市出身。洗足学園音楽大学首席卒業ならびに優秀賞受賞(池上政人門下)。東京芸術大学別科ならびに東京芸術大学院を、大学院アカンサス音楽賞を得て首席卒業(須川展也門下)。卒業後は数多くの客演ソリストを務め、ダリウス・ミクルスキ、堺武弥、伊藤康英、茂木大輔、グドゥ二・エメルソン各氏を始めとする指揮者の下、世界中の著名オーケストラおよび吹奏楽団と共演。タイ、中国、台湾、マカオ、フランス、韓国など世界各国でも講師や招聘奏者、国際コンクール審査員として活躍している。世界各国で催されるワールドサクソフォンコングレスへの参加や海外でのマスタークラス、コンサート、レコーディングも多く行う。
 
主な受賞歴:
第1回いちのみや音楽コンクール優勝
第4回ジャン=マリー・ロンデックス国際サクソフォンコンクール優勝
第31回日本管打楽器コンクールサクソフォン部門第2位
第6回アドルフサックス国際コンクールセミファイナリスト
2015年度文化庁海外短期派遣制度研修員(フランス=ボルドー)
 
【ディスコグラフィー】
・2016/03 TokyoRock'nSAX 『Permanent』
・2017/11 『Super Saxophone Duo』(キングレコード)、ニキータ・ズィミン氏と共演
・2017/4 TokyoRock'nSAX『Moment』
・2018/03 Mouton「Étoile du matin」
 
1987年生まれ、日韓ハーフの横浜出身。激辛党、将来の夢は小説家。