吹奏楽wind-iオンライン記事:インタビュー|トーマス・ドス
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インタビュー|トーマス・ドス

ロングインタビュー

昨今、日本の吹奏楽界で注目を集めているトーマス・ドス氏。故郷オーストリアで音楽一家の中に育ち、トロンボーンから始まったキャリアは、ハリウッドへの渡米を経て、いま、作曲家・指揮者・教育者として目覚ましい活躍に昇華している。6月に行なわれたTADウインドシンフォニーの公演に併せて来日したドス氏にインタビューを行った。

インタビュア・翻訳:黒沢ひろみ(ユーフォニアム奏者)

トーマス・ドス
 

Thomas Doss
トーマス・ドス

Profile

トーマス・ドス(1966〜)は、オーストリアの作曲家、指揮者、教育者。両親は共にオーケストラで活動する音楽家で、7歳のときに最初の音楽教育を受ける。10歳の頃、作曲に興味をもつ。リンツのブルックナー音楽院で、トロンボーン、作曲、指揮、ピアノを学び、その後、ウィーン音楽大学、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院、オランダ・マーストリヒト音楽院などで、さらに研鑽を積む。1989年にアメリカ・ロサンゼルスへ遊学した際、ジョン・ウィリアムズと出会い、1年間、MGMスタジオのスタッフとして映画音楽制作現場で活動。Dick Grove 音楽学校で編曲法などを学ぶ。翌1990年、ドイツ史上最年少首席指揮者として クヴェードリンブルク (Quedlinburg)管弦楽団に招かれる。現在までに、母国およびドイツ国内だけではなく、オランダやベルギーなどヨーロッパ各地の音楽学校でも教鞭を執り、指揮法、作曲法、音楽教育の研究にも重きを置いている。多岐にわたるジャンルに作品があり、吹奏楽では『アトランティス』『アルピナ・サガ』『オーロラ』『セント・フローリアン・コラール』『シダス』など、日本でも多くの作品が人気を集めている。

音楽をやることが当たり前の環境だった
――
まず、どのようにして音楽と出会ったかを教えていただけますか?
ドス 
それはとてもシンプルなことでした。私の両親はともに音楽家で、父はリンツ・ブルックナー管弦楽団のトロンボーン奏者を務めていました。オペラ座でも演奏していましたし、大学でトロンボーンを教えてもいました。母はオーストリア初の女性プロフェッショナル・トロンボーン・プレイヤーであり、同じく指導者でもありました。
とにかく私の家族は音楽でいっぱいで……祖父も指揮と作曲をしていましたし……そんな具合で、私が音楽と出会ったのは、ごく普通のことだったのです。
7歳の時にユーフォニアムで楽器演奏の手ほどきを受け、その後、勉強のためにトロンボーンを演奏するようになりました。
普段の生活においても、私の頭の中には常に音楽があるのが当たり前でした。
自宅が大きなオペラハウスの近くだったので、その辺一帯に住んでいるオペラ歌手や楽器奏者や音楽監督たちの歌声などが、しょっちゅう聞こえてきました。彼らは四六時中歌っているので(笑)、美しい歌声や楽器の音色は町のあちこちに溢れていました。音楽家になろうと思ったのは運命のようなもので、私はそれに従っただけなのです。
14歳の時、私は通う高校を変えました。それは音楽のための特別な高等学校で、ここで私は初めて管弦楽団でシンフォニーを演奏する経験をしました。「プロの音楽家になりたい、指揮者になりたい」と心に決めたのは、このときでした。
ただ、私の両親は少しだけがっかりしたようです。なぜなら、彼らは私に、トロンボーンの道へ進んで欲しかったからです。しかし私は「作曲家か指揮者になる!」と宣言してしまったので(笑)。19歳で学校を卒業したとき、ここからは自分のやりたいことを自由に学べると思い、作曲と指揮法の勉強を本格的に始めました。
――
作曲家か指揮者になりたいと強く思ったきっかけは、なんですか?
ドス 
その学生オケで交響曲デビューしたときの指揮者が、現在クリーブランド管弦楽団の音楽監督を務めている、かの有名な フランツ・ウェルザー=メストだったのです! 彼の指揮で3~5年ほど演奏したでしょうか……彼は私よりわずかに年上でしたが、意気投合し、友人として付き合うようになりました。
そして私は、彼と同じ先生のもとで学ぶことになったのですが、その師匠がとにかく素晴らしい先生で……教育者としてもたいへんにご立派で、生徒の才能だけではなく、あらゆることを見て理解し、学生を導いてくれる方でした。その先生から受けた影響は多く、自分も指揮者になりたいと強く思うにようになりました。
それと、このような環境の中で、ベートーヴェンやドヴォルザークやさまざまな交響曲を演奏したことは、驚くほど音楽的に私を魅了しました。こういった経験が、私を突き動かしたといえるでしょう。
――
話は変わりますが、あなたの母国オーストリアでは吹奏楽は盛んですか?
ドス 
そうですね、他の国とは少し環境が違うかもしれません。
まず、オーストリアは非常に小さな国です。 9つの地域(Bundesländer)からなり、人口は約900万人ですが、国内には、実は1,000を超えるコミュニティバンドがあります。かなり多いですよね。オーストリアには約2,000の市町村(Gemeinde)があり、そのほとんどが独自のコミュニティバンドを持っています。各市町村の平均人口が1,000人くらいですので、住民約1,000人につき1つのバンドが存在すると言ってもよいでしょう。
(訳者註;オーストリアでは、市町村“Gemeinde”が基礎自治体=コミュニティであるとのこと)
ただ、そのコミュニティバンドというのは、日本の市民バンドやスクールバンドとは、だいぶ様子の違うものです。そしてオーストリアでは、いわゆる交響楽団の方が、歴史的に、吹奏楽よりも市民権を得ているという事情もあります。

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