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vol.32「ジャズ=伝えるべきひとつの音楽のスタイル」

THE SAX vol.54(2012年7月25日発刊)より転載

最近のスガワ

読者の皆さん、こんにちは。今年も暑い夏がやってきましたね。この号が出るころには、吹奏楽コンクールも始まっていることと思いますが、参加される皆さんは日頃の練習の成果を存分に発揮し、ステージを大いに楽しんでくださいね。
僕もまたこの5〜6月で、いろんなステージを経験させてもらいました。ロシア、ラトビア、エストニア、ドイツ、ポーランドに演奏旅行に出かけましたが、このおみやげ話(?)はまた今度にして、今回は、僕が常日頃から考えていた「サックスにおけるジャズとクラシックの関係性」についてお話ししてみたいと思います。

 

 

ジャズ=伝えるべきひとつの音楽のスタイル

「THE SAX」誌は、クラシックジャズという、サックスが活躍する2つの大きなジャンルの記事が載っており、両方の読者がいるのは良いことだなといつも思っています。
まず、ジャズとクラシックの違いとは何でしょうか。ジャズは、即興しながらその場でどんどん新しいものを作っていく音楽ですね。かなり作曲に近い、クリエイティブな世界であると思います。一方クラシックは、すでに創造されて楽譜にされているものを、どう解釈して聴く人に伝えていくかというもの……というのが今の僕の認識です。

クラシックのプレイヤーがジャズをやってみたり、その逆もあったりして、そういう活動を「ジャンルを超えて」と言われることもありますが、そもそもジャズの音楽に対するアプローチの根底にあるものとクラシックのそれとでは、ある意味違うところを見ていると思うんですね。ジャズは、過去のプレイヤーから学んだものや伝統から新しいフレーズを生むというもの。それをクラシックの奏者がやる、クラシックと“混ぜる”となれば、クラシックの曲の中に即興の部分を取り入れるということになってくるのかと思います。でもそれは、「ジャズをやっている」ということとは違う気がします。

20世紀にアメリカで起こったジャズは、アメリカのショービジネスをはじめ、いろんな世界の中で切磋琢磨しながら今に至っているわけですが、その中で数々の名プレイヤーがすごいフレーズを生み、それに影響を受けてまた次の人がすごい演奏をし、というように進化してきました。そのフレーズやジャズのイメージにクラシックの大作曲家も影響を受けて曲を作ったということもたくさんあります。

クラシックのサックス奏者ができることのひとつに、アメリカを代表する音楽芸術としてこれからずっと伝わっていくであろうジャズを楽譜などに残し、それを「スタイル」として取り上げて、吹いて伝えるということがあると思います。例えば、バッハを演奏するときに「バロック」のスタイルを取るように、ドビュッシーを演奏するときに「印象派」のスタイルを取り入れるように、チャーリー・パーカーが作った偉大なフレーズたちをそのスタイルとして演奏し、後世に伝えるというわけです。

クラシック奏者が「チャーリー・パーカーを演奏する」といって、その道に一生をかけたプレイヤーたちのグループに入ってビバップをやってみようというのは無理があります。だけど、そのフレーズを、音の並びだけでなく演奏された時のスタイル(強弱や音のニュアンス、グルーヴ感)までも楽譜に残して吹いていくということは、クラシック奏者としておもしろい取り組みなのではないかと感じています。これこそ、再現音楽であるクラシックの醍醐味であり、その分野で活動するサックス奏者ならではの取り組みではないかと。

やはりサックスは、ジャズなくしては語れません。サックスはもともとクラシック音楽のために作られ、ジャズで世界に認められた楽器です。その、世界の心を動かしたフレーズを、もう少しクラシック奏者寄りの書き方をして、再現芸術としてやっていく必要はあると思っています。例えば、1980年代に確立されたスタイルがある。ジャズの人たちはそれを踏まえて新しい世界へ飛び込んでいきます。クラシック奏者は、その80年代のスタイルを「こんなすばらしいスタイルがありました。これは20世紀のアメリカの作品です」として、演奏会で取り上げたりするのは、ごく当たり前のことのように思えるのです。

僕はこう考えて、以前から親しくさせていただいているサックス奏者の本多俊之さんにお願いして『ジャズエチュード』という曲を書いていただきました。ジャズでよく使われるフレーズにアーティキュレーションの指示も加えられています。「ジャズはこうやって演奏するんだよ」ということを教えてくれるこの作品は譜面も出版され、CDにもなり、今でも多くの学生が吹いてくれていますし、逆にアメリカのサックス奏者が吹いてみたいと言ってくれたりして、すごく興味を持たれている曲です。これが僕の“ジャズが生んだすばらしい芸術作品を伝えていく”という活動の第一歩だったかもしれません。この作品に出会ってから、演奏の中にジャズ的なフレーズが出てきたときにこのエチュードで学んだものを取り入れていくと、ジャズとして聴いてもらうのではなくて、心地よい音楽、カッコイイ音楽として伝えていけるだろうと実感できるようになりました。

本多さんにはさらに『風のコンチェルト』という作品も書いていただきました。これはオーケストラとソロサックスの協奏曲で、多くのクラシックサックス奏者から注目される作品になりました。ジャズを演奏する方がこの曲を聴いても、「すごいフレーズだな」と思われるんじゃないかと思います。
こうした活動はとても意味のあることだと思っています。これからも僕の活動内容のひとつの柱として取り組んでいくつもりです。

さてさて、この話題にはもう少しおつきあいいただいて……次回はクラシックとジャズの“融合”について考えてみたいと思います。お楽しみに!。

 

次回のテーマは「クラシックとジャズはすでに融合している!?」。
ジャズはクラシックの要素を取り入れ、クラシックの世界にジャズのスタイルが影響を与えているケースも珍しくありません。ボーダーレスな活動をする須川さんが語ります。お楽しみに!

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

 

須川展也 Sugawa Nobuya

須川展也
日本が世界に誇るサクソフォン奏者。東京藝術大学卒業。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事。第51回日本音楽コンクール管楽器部門、第1回日本管打楽器コンクールのいずれも最高位に輝く。出光音楽賞、村松賞受賞。
デビュー以来、名だたる作曲家への委嘱も積極的に行っており、須川によって委嘱&初演された多くの作品が楽譜としても出版され、20-21世紀のクラシカル・サクソフォンの新たな主要レパートリーとして国際的に広まっている。特に吉松隆の「ファジイバード・ソナタ」は、須川が海外で「ミスター・ファジイバード」と称される程に彼の名を国際的に高め、その演奏スタイルと共に国際的に世界のサクソフォン奏者たちの注目を集めている。
国内外のレーベルから約30枚に及ぶCDをリリース。最新CDは2016年発売の「マスターピーシーズ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。また、2014年には著書「サクソフォーンは歌う!」(時事通信社)を刊行。
NHK交響楽団をはじめ日本のほとんどのオーケストラと共演を重ねており、海外ではBBCフィル、フィルハーモニア管、ヴュルテンベルク・フィル、スロヴァキア・フィル、イーストマン・ウインド・アンサンブル、パリギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団など多数の楽団と共演している。
1989-2010年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスターを22年余り務めた。96年浜松ゆかりの芸術家顕彰を表彰されるほか、09年より「浜松市やらまいか大使」に就任。2016年度静岡県文化奨励賞受賞。
サクソフォン四重奏団トルヴェール・クヮルテットのメンバー。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館マリナート音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督、東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。
 

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