THE FLUTE本誌の連載「バロック音楽の謎を解く—フラウト・トラベルソとともに」では、番外編として、フライブルク音楽大学とフランクフルト音楽・舞台芸術大学で古楽科の教授を務め、フライブルク・バロックオーケストラの首席フルート奏者として約30年活躍されたカール・カイザー氏にお話を伺いました。この記事ではオンライン限定の特別編として、本誌に載せきれなかった内容をお届けします。
本誌の内容と併せてぜひお楽しみください!
書籍「バロック音楽の基礎知識」を執筆したきっかけは何ですか?
カール・カイザー(以下 K) 学生やアマチュアのために、18世紀の器楽音楽に関する重要なテーマを簡潔に書き残したいと思いました。多くの人々は難解な当時の文献を直接研究する機会がないからです。同時にこの本が、例えばクヴァンツの著者を部分的にでも読むように、促すためのきっかけとなればと考えました。
バロック音楽を演奏する際、理論や歴史的背景はどれほど重要だとお考えですか?
K 18世紀の音楽には独自の演奏習慣があります。ベートーヴェン以降、作曲家は適切な演奏のために必要なことをすべて楽譜に書き込むようになり、その結果、こうした演奏習慣は19世紀には失われてしまいました。18世紀の楽譜にはダイナミクスやアーティキュレーション、メトロノームの指示は含まれていませんでしたが、これらの要素はバロック時代においては師匠から学んだものです。現在では、大学で歴史的演奏実践を学ぶことができますが、現代の楽器を学んできた場合、まったく新しい音楽の世界を学ぶことになります。テンポ、楽章の種類、アーティキュレーション、ダイナミクス、キャラクターなどは、演奏者自身が決定しなければなりませんし、バリエーションや装飾も自分で考案しなければなりません。即興演奏は大きな役割を果たし、加えて通奏低音の基礎知識も必要です。
フランクフルトの学科では「ベーム式フルートを大学で勉強した学生のみがフラウト・トラヴェルソを学ぶことができる」という規定がありました。その背景について教えてください。
K 私たち教授陣は若い学生にとって、現代の楽器で生活を支える道を見つけることが重要だと考えました。古楽器の演奏技術は、現代の楽器での専門的な知識を深め、発展させるためのものであり、必ずしも生計を立てるためのものではありません。ちなみに音楽大学でリコーダー課程を卒業した後でも、フラウト・トラヴェルソを学ぶことが可能でした。
ベーム式フルートとフラウト・トラヴェルソには違いがありますか?それらの共通点は何ですか?
K 両方のフルートは横笛であり、もちろん姿勢や音作りは共通しています。テオバルト・ベームは元々フラウト・トラヴェルソ奏者で、複数のキィを備えた優れたフラウト・トラヴェルソを製作していました。主な違いは内径の形状です。フラウト・トラヴェルソは頭部が円筒形で胴部が円錐形、ベーム式フルートは逆に頭部が円錐形で胴部が円筒形です。この形状の違いが音色に大きな影響を与えています。
ベームは偶然にも金属をフルートの材料として使用することを発見しました。彼は金細工を学んでおり、金属を扱う技術を持っていました。長い実験の過程で、貴重な熱帯木材はそのたびに無駄になってしまったものの、銀であれば試作品を再溶解して再利用することができました。その過程で金属と木材の音色の違いがそれほど大きくないことを発見しました。
フラウト・トラヴェルソはほとんどが木製で作られ、特に高価な楽器は象牙で作られていました。19世紀初頭には短期間ではありますが、フラウト・トラヴェルソが透明ガラスで製作されたこともありました。
ベームの新しいメカニズムは、キィを連結することによって、1つの音につき1つのフィンガリングを持つことを可能にし、いくつかのトリルキィや替え指を採用しています。
一方でフラウト・トラヴェルソは穴と独立した個々のキィによって、多くのフィンガリングを持ち、それぞれがたいへん異なる音色を生み出します。フュルステナウは『フルート演奏技術』の中で、124種類のフィンガリングを記しており、例えば第3オクターヴ目のドには音色が異なる9種類のフィンガリングを挙げています。このようにフィンガリングが多様であるため、多鍵式フルートの指使いは非常に複雑です。ベームのメカニズムは、フィンガリングの技術を簡素化し、音域を広げることを目指しており、それを達成しました。