木村奈保子の音のまにまに|第66号

2024年アメリカアカデミー賞受賞式とOHTANIエンタテイメント

今年もアカデミー賞の発表があり、結果は「オッペンハイマー」の圧勝だった。この作品は、日本人として見るには、あまりに重く複雑な題材であり、それをエンタメに見せようとしたSFアクション系監督、クリストファー・ノーランの演出は評価しがたい。別の監督で、もっと社会派としての描き方があったはず。
同じ題材でも、日本人監督との合作映画にすれば意味のあるものが完成したかもしれない。
そのほかノミニー作品となったレナード・バーンスタインを描く「マエストロ:その音楽と愛と」の主演、監督ブラッドリー・クーパーがどの賞にも入らなくて、まずはほっとした次第。
つまり、バーンスタインの音楽人生を見せるには、ナルシスティックに自分を押し出すクーパーではちょっと、ミスキャストだった気がする。本人が監督も兼ねているので指摘は難しいかもしれないが。音楽家のみなさんは、どう感じたのかぜひ教えていただきたい。

 

それにしても、今年もまた賞レースは、授賞式でのエピソードが少々話題になったくらいで、作品そのものについては関心度が実に低い。
昨年の受賞俳優たちがアジア系だったため、今年の受賞者が白人でトロフィーのもらい方が雑だったから差別的だとか、トリで出演したアル・パチーノの作品発表の仕方が雑だとか、そうした問題が、シビアにではなく、こぼれ話的に報道されている。

私も映画を観るうえで重要な要素である人権問題にはシビアなつもりだが、映像で確認した限りでは、さほどのことではない気がした。
トロフィーのもらい方について言及されたロバート・ダウニー・ジュニアなど白人俳優たちは、そもそもがラフなタイプだし、受賞により舞い上がっている空気も十分伝わっているからだ。

なによりも日本で盛り上がらないのは、ノミネート作品のほとんどがまだ公開されていない、あるいは観てもいない観客が多いことだ。
これから観ようと思っていて、タイトルぐらいは知っているという人もいまや映画マニアくらいだろう。
メイン作品が公開された半年後くらいに、日本でもこの授賞式を映画マニア向けではなく、一般視聴者用に構成して、世界の映画が描く時代性、社会性などを語ってもらいたい。
そうすれば、テレビメディアとの相互メリットで、社会性がアップするのでは?

今回日本映画は、アニメ界のクロサワ、宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか」(長編アニメーション賞)や、コスパ最高のVFXが評価された山崎貴監督「ゴジラ-1.0」(視覚効果賞)も評価された。これももっと大きく賞賛されるべきポイントだろう。

だいたい、映画の授賞式をなぜ、地上波の番組でいまだに流せないのか、残念過ぎる。
ハリウッドのセレモニーは、芸達者なアーティストのエンタテインメント。
トークの在り方や俳優たちの歌、ダンスのショータイムも一級だ。
日本のアーティストは、どのくらいの位置にいるつもりだろうか、冷静に考えてほしい。

話を戻すと、欧州の映画祭の授賞式はハリウッドに比べて、地味でお金もかけていないし、地味な普段着のままの映画人たちが、審査員になり、受賞作品名をあっというまに口にして終わりという授賞式も少なくない。
たぶん本年度の受賞式で最後に登場したアル・パチーノは、そういうつもりで、ノミニー(ノミネートされた作品や人)を振り返らずに、紹介せず、さらっと封筒を開けて、作品賞名を簡単に口走ってしまったのだろう。
(もっとも後日談ではプロデューサーが、発表を簡単にする指示をパチーノにしたという弁解?もあった。まあ、パチーノが、ちまちまと段取り通りやるとは思えないし、存在感がより重要なので、段取りどおりしようと勝手なことをしようとかまわないと思う)

いま日本では情報番組がエンタメの中心で、MCの冠番組を何個持つかどうかでタレントの価値が決められているようなところがある。
要は、司会業。アナウンサーと同じ段取り屋だ。制作側の言う通り、段取り良く運んでくれるMC系タレントが、達者な芸人より価値があり、高額ギャラを稼ぐ。

そこに、レギュラーコメンテーターとして、しゃべりがプロでない、ジャーナリストでもない、内容に専門性がない方々をずらずら並べて、ともかく何かをしゃべらせることで構成するものがあり、なんとも浅すぎる番組が生まれてしまう。
メディアは、正しい情報と優れた芸術を発信することを目的に、視聴者との距離を埋めるため、なるべく平易な言葉をはさむ必要があるのではないか。
そのための言語である。
シビアなニューステーマや語るべきショー映像がないのに、なんのための言葉なのかとむなしくなる。
自分を表現するにも、そこに熱い思いや思考が宿っていなければ伝わらないし、一生懸命しゃべっても時間つぶしにしか見えない。
これは、音楽にもいえることだろう。

完成された映画の映像とか一流の演奏シーンだけを、ほんの数分、静かに見せるなどし、奥ゆかしいコメンテーターをつなぎに使うという製作者サイドのセンスがあれば、少しは意識の高い文化的なメディアになるのでは、と思う。

余談だが、アスリート、大谷翔平選手の存在は、本来の野球そのものの実力に加えて、側近の大スキャンダルを加えて、世界のメディアを席巻した。
一級の技を見せながら、新妻披露をしたところで、右腕となる通訳者の想像を絶する裏切りと賭博スキャンダルが発覚した。
すべてのメディアが、“ひとりエンタメ”の世界のOHTANIにともかく釘付けだ。

この問題の弁護士として、ジョニー・デップやディカプリオがお世話になった事務所が華々しく紹介されているが、デップは元妻アンバーハードとの戦いで裁判の光景が公開され、元妻に13億円の賠償命令が出て勝訴した。
ディカプリオは、知らないカナダ人の女性から元カレと間違われたせいで、顔を傷つけられ17針を縫う傷害を受けたことから、結果として2年の刑務所送りとなり、勝訴した。
しかし、英国のアンドリュー王子による性的虐待容疑で、和解金として王室から18億円以上も支払わされたこともある。この巨額の賠償金は、敗訴といえよう。
また、Mee Too運動が始まるきっかけとなったハリウッドの映画人、ワインスタインの弁護も務め、禁固16年の刑を負わされるなど、これも敗訴もしている。
弁護士は、仕事を請け負うだけだ。

大谷選手も、ついにハリウッドスターや王室クラスの裁判に挑む世界的なセレブになったということか。
裁判すると、アンバーハードのように、お金が稼げない側でも、敗訴すると賠償金に13億円も要求される。それでも、元通訳者への容赦ない賠償金を追求するのだろうか?
手加減してやったらどうや?(→私の小さな声)

いずれにしても、OHTANIという人物の器の大きさには、ハリウッド映画人もとっくに目をつけていることだろう。
アジア人スター選手として描く大谷翔平氏の人生には、幼いころに家族とアメリカに渡り、のちにスターの道をサポートする途中、賭博に溺れた相棒の存在は、欠かせないドラマのかなめとなるだろう。

MOVIE Information

『オッペンハイマー』
2024年3月29日日本公開
監督:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr
原題:Oppenheimer/2023年製作/180分/R15+/アメリカ
配給:ビターズ・エンド
公式HP:https://www.oppenheimermovie.jp

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

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