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「レッドドラゴン」VS「ジョーカー」

木村奈保子の音のまにまに | 第14号

ホアキン・サイコ・フェニックスとシリアルキラー

昨今の日本は台風、水害などによる自然災害が多く、その状況を日々、見聞きするだけでも力が抜けてくる。災害モンスターから人間を救う方法は、あるのだろうか。

一方、まさかの人々が、いじめ、虐待、殺人などの事件を犯し続けている。平和なはずのこの国は、どうなっていくのか? 人間をモンスターに変えるのは、何か?

事件報道では、被害者の家族や周囲の人々の悲しみが映し出されるが、それよりも、加害者側の周辺を見せてほしいといつも思う。
最後に加害者の事情が解明されないと、事件を連日放送する意味がない。
加害者の異常心理がそこにあるとしたら、分析・解明するところまでつなげないと、騒いだだけということになり、なんの教訓も残さない。

日本でも、シリアルキラー(連続殺人犯)はじめ、事件の加害者による異常心理を知ることが、身近になってきているのではないか。

そういえば、シリアルキラーを描く映画順位が数年前にアメリカの雑誌で発表されたことがあったが、そのベスト10に、日本映画「復讐するは、我にあり」(日・1979)が後半7位に入っていた。詐欺と女性関係で殺人を犯してきた実在の男をルポした佐木隆三の原作を今村昌平が監督、緒形拳が主演した。
最近の日本映画は、この種の人間心理をえぐり出し真正面から描こうとする作品はなく、漫画チックな俳優たちの演出と演技で、テレビ的な傾向にある。重いものを嫌うという現代志向に準じているのだろうか。

さて、アメリカ映画では、「セブン」(米・1995)が1位を記録。また「セブン」と同じ監督の「ゾディアック」(米・2007)、おなじみの「羊たちの沈黙」(米・1991)もベスト10入りしていた。中でも、バイオレンス描写がない「サイコ」(米・1960)は、犯罪者心理のバイブルと言えるため、ベスト10入りは当然だろう。
要するに、サイコの基本は、母親との心理関係にある。
愛情という名の支配にとらわれた息子は、歪んだ愛の呪縛から逃れられない、というのがトラウマにある。母親の責任たるや、重大である。

「おとなになったらすべて自己責任」という説もあるが、シリアルキラーにとって、親との関係、あるいはそれに準ずる出生の背景が無関係とは言いにくい。

その流れで、ハンニバル・レクター博士シリーズ4作のうちの3作目、「レッド・ドラゴン」(米・2002)は、私にとっては、心に残るシリアルキラー映画の1本だ。本作で、レイフ・ファインズの狂気ぶりは、筆舌に尽くしがたいほどのパワーで、モンスターぶりを発揮する。狂気の行動でトラウマから逃れられない男は、自分を受け入れる盲目の女性が現れたとき、かつて虐待された亡き祖母の幻影に邪魔される。殺人者の純情と狂気のジレンマにあえぐレイフ・ファインズが、恐ろしく生々しい。

役どころを見事に演じる、といった凡庸なものではなく、役どころをはるかに超える、超越した存在だ。実際は、小柄で華奢で繊細な人であっただけに、狂気にはまるときの内面から出るえぐさが、新鮮だ。

昨今、この「レッド・ドラゴン」に重なる、あるいはそれを超えるのがバットマン・シリーズの最新作「ジョーカー」だ。

これまでも、バットマンの敵役で登場したジョーカーは、ジャック・ニコルソンやヒース・レジャーなど、いずれも評価の高い演技を見せているが、ホアキン・フェニックスによるジョーカーは、バットマンと関係なく、単品で見るべき価値がある。
いや、「バットマン」シリーズに入れたのがもったいないほど、これは“狂気”のなかの“純情”を合わせ持つ、まさにホアキン・サイコ・フェニックス映画なのである。

ホアキン贔屓の私としては、メジャー大作「グラディエーター」よりも、「ウォーク・ザ・ライン・君につづく道」の薬中ぶり、「ザ・マスター」のカルト信者ぶりから、芸という一線を超える存在として、リスペクトの対象である。伝説のスター、亡きリバー・フェニックスを兄に持つが、同じくプエリトリコ出身で、カルト宗教入信者の両親たちから生まれたホアキンは、私生活の言動も異色で、心に複雑さを抱えているのではないかと思われる。

監督のトッド・フィリップスは、そもそも本作のシナリオをホアキン用に書いたという。彼の狂気の味を知り尽くし、“存在すること”以上に何一つ注文はつけなかった、という姿勢がいい。
抑圧を抱えたホアキン・サイコは、冷蔵庫に入ったり、フラフラ踊ったり、もうやり放題の暴れ方で、それがアートに昇華されている。

ホアキンの魅力は、ジョーカー用の紫のスーツではなく、本作では赤いスーツ。
がりがりに痩せて、歩く姿が踊っているように見えること。魂が抜けている状態なのに、ラッパーだからか、微妙にリズムがいい。ダンスはステップを覚えることじゃなく、体で音を感じることだとホアキンの肉体は語っている。

殺人者キャラクターの設定としては、環境に恵まれないだけの普通の男が、シリアルキラーになる前から登場し、心の崩壊により悪に転じる話。つまり、生まれながらのサイコパス=凶悪犯ではない。人との関わりによって、変わっていくものだ。

おかしくないのに笑ってしまう、チック症のような病を抱えながら、ピエロ姿でバイトをするコメディアン志望の善良な若者を狂気に導いていくものは、何なのか?
ジョーカーが心のよりどころとする、病弱な母親との歪んだ関係とは?
怒りを表していくホアキンのサイコティックなワンマンショーは、あの映画界最高峰の俳優、デ・ニーロをテレビの司会役にまわし、スターの座を奪うほどの強烈さ。

社会からつまみ出されたサイコモンスターが、目立ちたい願望を果たすかのように有名人とテレビ出演し、果ては、同じような社会に不満を持つ人々から、存在を認められてしまうような展開は、いかにも犯罪者の願望そのものだろう。

架空のゴッサム・シティを舞台に、親の虐待、職場のいじめ、格差社会の差別のなかで、モンスター化した主人公は、いかに悪夢の人生を回避できたのだろうか?

現代社会に合わせ見て、サイコモンスターも普通の生活圏内にいて、決して他人事ではなく、もはやアメリカだけではないと思われる、今日このごろ。

 

『ジョーカー』
製作:トッド・フィリップス
監督・脚本:トッド・フィリップス
脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、フランセス・コンロイ、ザジー・ビーツ
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & © DC Comics”
http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/


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