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vol.44「歌うように楽器を吹く、ということ」

THE SAX vol.66(2014年7月25日発刊)より転載

最近のスガワ

読者の皆さん、こんにちは! もう手にとってくださった方もいらっしゃるもしれませんが、今年デビュー30周年ということもあって、とうとう「サクソフォーンは歌う」(時事通信社 刊)という本を出してしまいました。長い時間をかけ、多くの方に手伝っていただいてできあがったのですが……自分の本が世に出るなんて正直なところびっくり、そして幸せに思っています。僕が楽器を始めたころから今までのエピソードが主な内容ですが、サックスを吹いている人たちにアドバイスするようなレッスンコーナーも少し設けました。少しでも皆様のお役に立てたらという思いを込めて上梓しましたので、ぜひご一読いただけたら嬉しいです。

 

 

歌うように楽器を吹く、ということ

さて、とうとう夏本番。4月の新生活で初めて楽器を手にした人もだいぶ慣れてきたころでしょうし、皆さん夏休みにはたくさん練習をされると思います。

今回は、著書「サクソフォーンは歌う」にちなんで、ここでもう一度“歌うようにサックスを吹く”ためのアドバイスをしたいと思います。 サックスという楽器は、他の管楽器に比べて音は簡単に出せますね。早くメロディが吹けるようになるのが楽しいところでもあるのですが、始めて何ヶ月か経つと、それだけでは物足りなさを感じてくるでしょう。そんなときは、楽器は歌を歌うつもりで吹く、歌う代わりに楽器で表現するということを改めて意識すると、さらに練習が楽しくなり、やるべきことも増えてくるのではないかと思います。

実は僕は、自分の声で歌うことが苦手です。決してきれいな声ではないし、なかなかいい音程で歌うこともできません。歌うと思うとそれだけで尻込みしてしまうようなタイプ……だから、楽器で歌おう!という思いが強いのかもしれません。

音楽の才能というのは、皆さんいろんな形で持っていると思います。音符をすぐ読めるとか、すぐに覚えられるというのも才能でしょうし、きれいな声で歌えるというのも一つの才能。それは一人ひとり全然違うもので、自分は何一つ見つけられないと言って落ち込むことはありません。まず楽器を持った時に、「どんなことを伝えたいか」と考えることから始めてみましょう。

音楽は、人間の喜怒哀楽を表現するということが一番大きなウェイトを占めていると思います。作曲家の書いた譜面を自分の言葉にして伝えることや、自分でフレーズを思い浮かべて即興的に吹いたりすることも、基本的には何か人間の感情を表したいがためにすることですよね。

ではそれをどうやって楽器で表現すれば?と悩んだら、まずはたった一つの音でいいので、「怒ったような音」を出してみましょう。次に「泣いているような音」「幸せな気分の音」「悲しい気持ちの音」……というように、同じ音でそれぞれ四通りの気持ちを込めて出してみるんです。これが、楽器で人間の感情を表現し、歌うことの第一歩であり、最終的に音楽の一番大事なところに繋がるのです。楽譜を読んで「ドの音だ、次はレの音だ……」ということだけ考えながら吹いていると、つい音の表情を忘れてしまいがちです。

一つの音に感情を込めることができたら(友だちと向かい合って聴き合うとわかりやすくていいですね)、自分が今練習している譜面のどこか一部分でいいから、それは曲全体の中でどういう感情のところなのか、ということを自分なりの解釈で考えてみましょう。幸せかな?困っているかな? まだ高度な技術を持っていなくても、そう思いながら吹くだけでずいぶんと表情がつけられるものです。

合奏の場合でも同じです。ただまっすぐ音を伸ばす部分があった場合、「ほとんど聞こえないのでは?」と思ってしまうこともあると思いますが、誰かを助けているんだと思ってみてはいかがでしょうか。誰かがこの音を頼りに歌っているかもしれない。そういうふうに、音に感情を込めることを実践してみれば、音楽の楽しみは広がっていくと思います。

音楽というのは、一人で演奏して喜怒哀楽を任されることもありますが、仲間とアンサンブルすることも多いですよね。そこでは、喜怒哀楽に加えて人間関係という、すべての社会が成り立っているコミュニケーションをはかっていかなければなりません。「今自分はどんな役割?」。例えばメロディを支えているのか、全体の中でリードを取っているのか。そう考えを巡らせれば、すべての音に意味を感じられると思います。そこが、音楽をやっていく上で一番大事なことなんじゃないかと思います。

自分の役割が解ったとき、そのためにどんな感情の音を出したらいいかを考えると、それがだんだん楽しくなってくると思います。そのためには技術も必要になってきますから、ロングトーンをしたり、タンギングの練習をしたり、そういったことが必要になります。

なぜ基礎練習をするのか?の逆転的な発想とも言えますが、やるからには必要性やその先の「楽しみ」を知っておきたいですよね。すべてのサックスを愛する皆さんが、歌うようにサックスを吹いて自分自身の心を表現してくださることを願っています。

 

次回のテーマは「良い音楽はコミュニケーション次第」。
良い演奏のためには、演奏のテクニック以外にも、仲間の意図を感じ取ることが不可欠です。プロはそのためにどんなことをしているのでしょうか?お楽しみに!

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

 

須川展也 Sugawa Nobuya

須川展也
日本が世界に誇るサクソフォン奏者。東京藝術大学卒業。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事。第51回日本音楽コンクール管楽器部門、第1回日本管打楽器コンクールのいずれも最高位に輝く。出光音楽賞、村松賞受賞。
デビュー以来、名だたる作曲家への委嘱も積極的に行っており、須川によって委嘱&初演された多くの作品が楽譜としても出版され、20-21世紀のクラシカル・サクソフォンの新たな主要レパートリーとして国際的に広まっている。特に吉松隆の「ファジイバード・ソナタ」は、須川が海外で「ミスター・ファジイバード」と称される程に彼の名を国際的に高め、その演奏スタイルと共に国際的に世界のサクソフォン奏者たちの注目を集めている。
国内外のレーベルから約30枚に及ぶCDをリリース。最新CDは2016年発売の「マスターピーシーズ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。また、2014年には著書「サクソフォーンは歌う!」(時事通信社)を刊行。
NHK交響楽団をはじめ日本のほとんどのオーケストラと共演を重ねており、海外ではBBCフィル、フィルハーモニア管、ヴュルテンベルク・フィル、スロヴァキア・フィル、イーストマン・ウインド・アンサンブル、パリギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団など多数の楽団と共演している。
1989-2010年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスターを22年余り務めた。96年浜松ゆかりの芸術家顕彰を表彰されるほか、09年より「浜松市やらまいか大使」に就任。2016年度静岡県文化奨励賞受賞。
サクソフォン四重奏団トルヴェール・クヮルテットのメンバー。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館マリナート音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督、東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。
 

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