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オーケストラ奏者に必要な資質─それは、他者への理解と自己顕示の二つ

THE FLUTE vol.187 Cover Story

大学3年在学中の1989年に東京交響楽団(以下 東響)のオーディションに合格し入団、95年に首席奏者に就任して以来、東響の顔として活躍している相澤政宏氏。極めて順調な音楽人生かと想像していたが、実はその裏には苦悩が隠されていた。穏やかな人柄そのままの、訥々と話し進める相澤氏のこれまでの音楽人生をご紹介しよう。
Photo:アーニーズスタジオ(井村重人)

フルートにのめり込んだ小学生時代

相澤さんは9歳からフルートを始められましたね。
相澤
(以下 A)
はい。音楽が好きになったのは、小学校の担任の先生の影響ですね。私と同じ宮城県出身の先生でしたが、大学卒業後神奈川県の教員を数年されて、その後宮城に戻られて私の担任となりました。小学校の教師ですから全教科を教えるわけですが、その先生の専門が音楽でした。
小学校3年生のときにリコーダーの授業が始まると、取り憑かれたように練習したんです。それまで音楽はまったく得意ではなかったのですが、練習すると上手くなってさらにおもしろくなりました。3年生のときに、6年生が習う曲が吹けるようになったんです。
それでもっと違う楽器を吹いてみたいと思いました。幼稚園時代に毎月渡されていた音楽のワークブックに楽器の写真が掲載されていたのですが、フルートの印象がとても残っていたので選びました。
ただまったく音楽に関係のない環境だったかというと、そうではなくて父親はハーモニカがとても上手でしたし、遠い親戚にはNHK交響楽団(日本交響楽団の時代)のトロンボーン奏者として活躍していた人もいました。その方が家にいらっしゃったときに、「山田耕筰とは喧嘩をした」「フルートを始めたなら吉田雅夫(日本フルート協会名誉会長)を連れてこよう」などと言っていたのを覚えています。
だから家系的に音楽というルーツがあったのかもしれませんね。
フルートを選ばれてからはすぐにのめり込みましたか?
A
そうです。楽しくて仕方なかったですね。野球や習字もやっていたので中学校入学時には運動部も魅力的だったのですが、やはりフルートを吹きたいと吹奏楽部に入部しました。
すでに吹けるわけですから、吹奏楽部としても嬉しい新入部員ですね。
A
だと思います。でも吹奏楽の中のフルートには難しい部分もあります。合奏では後ろから金管楽器や他の楽器の音が聞こえて、自分の音はほとんど聞こえません。その中で自分の耳に聞こえるようにするためには、オーバーブロウになりやすいのです。そうなると、音程が高くなってかなり頭部管を抜くことになります。バランスを考えると、1cm以上は抜かないほうがいいですよね。そういう意味では吹奏楽部のフルートの学生は、自分の音を聴く時間を取れるといいなと思っています。
私は幸い、吹奏楽部に入った段階で響かせ方をつかんでいたので、そういう面ではよかったと思います。

次のページの項目
・吹奏楽部と受験準備の両立
・大学在学中に東響に合格。大学は?
・経験値の足りなさからの苦労
・頭で考え、独り立ちに備える

Profile
相澤政宏
相澤政宏
Masahiro Aizawa
9歳よりフルートを始める。宮城県古川高等学校を卒業後、東京音楽大学に入学。1989年、大学3年在学中に東京交響楽団のオーディションに合格、入団する。1991年日本フルートコンヴェンションコンクール3位入賞。1995年同団首席フルート奏者に就任。以来同団とはソリストとしても度々共演を重ねている。 1997年在京オーケストラの若手プレイヤー3人と共にフルートアンサンブル“よっつのふえ”(現“ザ フルート カルテット”に改称)を結成。現在まで7枚のCDをリリースしている。2004年リサイタルを開催、好評を博す。現在、東京交響楽団首席フルート奏者。東京音楽大学フルート科非常勤講師。紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー、“ザ フルートカルテット”メンバー。日本フルート協会代議員。アジアフルート連盟理事。

 

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