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THE FLUTE vol.186 Cover Story

痛みを伴う生活に耐えてこられたのはフルートがあったから

ノエミさんから、幼少期の日本の思い出を綴った、全編日本語による動画メッセージが届きました!


ハンガリー出身で、イギリスやドイツなどヨーロッパで活躍しているノエミ・ジェーリさん。本誌初登場となる彼女とは、ONLINEインタビューにて取材が実現した。子どものころ日本に住んだこともあるという彼女の第一声は「コンバンハ! ハジメマシテ! ノエミ・ジェーリです」と日本語。インタビューは終始彼女の前向きで明るい性格が感じられた時間だった。これからさらに飛躍を遂げそうなノエミさんを紹介しよう。

取材協力:宮澤フルート製造株式会社 通訳・翻訳:榊原敬幸
Photos: Laszlo Emmer Jewelry: Anna Zeibig Jewelry

子どもの夢を実現

THE FLUTEには初めての登場となります。音楽との関わり、フルートを始めたきっかけなどを教えてください。
ノエミ・ジェーリ
(以下 N)
私の両親は音楽家ではありませんでしたし、特に趣味で音楽を演奏することもありませんでした。しかし幼少期から私が一度聴いた歌や旋律を完璧に覚えてそのまま歌ってみせることに驚き、「ひょっとしたら音楽の才能があるのでは」と幼児向けの音楽教室に入れてくれることになりました。
そこではコダーイの直接の弟子であった先生がコダーイ・メソッドに基づいた教育を行なっていて、私は歌やリコーダーを習っていましたね。
その後、当時住んでいたマンションの上階に住む少し年上の女の子がフルートを吹いていたのを聴き、その音色の虜になりました。当時まだ8歳でしたが、「ああ、これこそが私の求めているものだわ!」と気づいた、その感覚をなんとなく覚えています。幸運なことにその子が地元ではかなり有名な先生についていたので、紹介を受けて私もフルートのレッスンを受け始めるようになりました。
実際のところ両親はこの頃はまだ、私にそんな専門的なレッスンを受けさせる必要があるかどうか悩んでいたようですが、先生が折に触れ「この子には才能がある、続けさせたほうが良い」と言ってくれたおかげで今の私がありますね(笑)。
そうそう、先日実家で自分の古い荷物を片付けていた際に、小学校の宿題で書いた作文を見つけたんですが、自分の将来の夢がテーマの作文に、私はすでに「プロのフルーティストになって世界中を演奏旅行で飛び回る」と書いてた(笑)。実際のところ、当時のハンガリーはまだ政府の体制がようやく変わり始めた矢先で、個人が自由に海外を飛び回る生活をすることはできませんでしたが、幼い私はそんなことお構いなしに夢を描いていたようです。また当時のハンガリーで音楽家、特に音楽教師の地位が高くなかったことも感じ取っていたようで、「ソリストになってコンサートを開くようになったら、毎回音楽の先生にチケットを無料であげて招待するわ!」とも書いていました(笑)。
今の自分がその作文の通りになっていることと共に、自分の記憶には残っていない幼少期にそこまでの決意を固めていたことに少なからず驚きました。
 

情熱を惜しまない先生たちとの出会い

リスト音楽院やウィーン国立音楽大学、ミュンヘン音楽大学などで多くのフルーティストに学ばれましたが、特に印象に残っていることはなんですか?
N
今まで受けたレッスンや師事した先生すべてが私にとってはかけがえのないものです。
実際にプロとしてのキャリアを意識し始めたのは、リスト音楽院の前にバルトーク音楽院でレッスンを受け始めた時ですが、その前の2年間も忘れ難い経験でした。
実は1年間、日本に住んでいたんですよ! 当時東京の武蔵野音楽大学で客員教授に就いていたハンガリー人フルーティストであるロラント・コヴァーチ氏のレッスンを受けるために、3〜4週間に一度の割合で仙台から母の運転する車で通っていました。自分も母親になった今思うことは、毎週3人の子どもを車に乗せて仙台~東京を往復してくれた母には感謝しかありません。
その翌年はアメリカに住み、女性として初めてジュリアード音楽院フルート科に入ったフランシス・ブライスデール教授にレッスンを受けました。彼女はニューヨーク・フィルハーモニックに入団した初の女性奏者としても有名でしたが、何よりもまだ子どもだった私の壮大な夢を真摯に受けとめてくれて、そのためにはどれくらい必死に練習をしなければならないかをきちんと説いてくれました。
その後ハンガリーへ戻ってバルトーク音楽院に4年間通い、晴れてリスト音楽院の学生となり、ヘンリック・プリューレ氏のクラスに入りました。リスト音楽院在学中は1学期間だけフィンランドのシベリウス音楽院に留学し、ペトリ・アランコ氏のレッスンを受けられたのも大切な思い出です。
その後ウィーン、ミュンヘンと渡り歩き、アンドラーシュ・アドリアン氏、バーバラ・ギスラー=ハーゼ氏にも師事しました。

次のページの項目
・どんな立場でも選択できるチャンスはある
・誰もやっていない活動を
・深く良い呼吸は身体的・精神的に人を整える

ノエミ・ジェーリ
Noémi Györi

ジューイッシュ・チェンバー・オーケストラ・ミュンヘン首席フルーティスト。王立ノーザン音楽大学 フルート准教授。
ハンガリーブダペストのリスト音楽院を2007年に優秀な成績で卒業後、ウィーン国立音楽大学やミュンヘン音楽大学でさらに学んだ。
アレクサンダー・ブオーノ国際フルートコンテストで優勝者として、2011年10月にカーネギーホールでデビューを飾る。同じ年にヤング・アーティストのためのヨーロッパ文化賞を獲得。ソリスト・室内楽奏者として、世界28か国の国際音楽フェスに出演、また、BBCフィルハーモニーやウィーンフィルハーモニーオーケストラと共演を果たした。
2012年王立ノーザン音楽大学のフルート准教授に就任。またアイルランド王立音楽院など多くの音楽院・大学でのマスタークラスを行なった。デビューCDはHungarotonレーベルで2011年にリリースされており、ギタリストのカタリン・コルタイとの共作による。

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