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【第13回】新国産フルート物語 独自のルーツで切り拓いたものづくり —イワオフルート

THE FLUTE vol.179

本誌THE FLUTE vol.166より新たに連載がはじまりました「新・国産フルート物語」。THE FLUTE CLUB会員限定でオンラインでもご紹介します。

書籍「国産フルート物語」
アルソ出版社内にたった1冊だけ残る、貴重な1冊

1998年に、アルソ出版より刊行された書籍『国産フルート物語』。 日本のフルートメーカーを丹念に取材し、トップメーカーから個人経営の工房まで、その黎明期から現代に至るまでの歴史と道のりをつぶさに書き連ねた貴重な記録だ。

当時から約20年が経ち、令和の時代を迎えた今、それらのメーカーや工房も代替わりなどが進み、様変わりしてきている現状がある。そんな現在の姿をあらためて伝えるべく、新たに取材を加えながらここに綴ってきた。

今回は、「イワオフルート」で知られるイワオ楽器製作所についてその歴史と、現在の姿をお伝えしたい。当時、取材に応じてくれた創業者の横山岩雄氏は故人となり、現在は2代目の結紀雄氏が後継者となっている。また、今年2020年よりイワオフルートは新ブランド「アザレアフルート」に生まれ変わるなど、62年の歴史の中でも大きな節目を迎えた。

第13回:独自のルーツで切り拓いたものづくり ─イワオフルート

今回は、イワオ楽器製作所社長・横山結紀雄氏へのインタビューをお送りする。東京の下町で先代が一人創業した小さな町工場。そこで生産される独自のルーツを持った楽器が、世界に輸出されるようになるまでをたどった前回に続き、代替わりを果たし新たな道を歩む現在の姿を、あらためて取材した。
(註:年数表記は、1998年当時のもの)

月に100本、不眠不休の家内制工業 

イワオ楽器製作所は、それまで楽器修理や部品製作を請け負っていたニッカンがヤマハに吸収された1970年頃に、フルート製作を始めたそうですね。横山社長の記憶に残っている創業当時の様子はどんな感じでしたか?
横山
その頃は中学生でしたが、それより前、僕が小学校高学年のときには既にもうフルートを作り始めていました。
現在の場所(東京都荒川区東尾久)に移転する前の東日暮里にもともとあった工房で、2階に自宅があったそうですね。
横山
はい。家族以外に職人も働いていましたが、完全に家内制工業でしたから、子どもの頃からよくいろいろな作業を手伝わされましたね。
どんなことを?
横山
楽器修理をしていた時代は、へこみ修理をするのに、 スーザフォンとか一人では抱えきれない楽器を持たされたりした記憶があります。中学生の頃からは、ここにある機械を使う作業は一通りやらされてましたよね。簡単なハンダ付けなんかも、ずいぶんとやりましたし。夏休みはもちろん、普段も学校から帰ってくると仕事を手伝うのが当たり前でした。
イワオ楽器製作所社長・横山結紀雄氏
 

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