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ヒロイックな女たち

木村奈保子の音のまにまに|第5号

今年は、映画を通じて、音楽を通じて、どのような社会の変化、進歩が見られるのか?
映画雑誌「スクリーン」でも発表した私の「2019,洋画ベスト10」は以下の通り。

1. シェイプ・オブ・ウォーター(クリーチャー愛)
2.デトロイト
(黒人差別)
3. スリー・ビルボード(女性アウトロー)
4.ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス(音楽)
5. ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(ユダヤ歴史)
6. エリック・クラプトン(音楽)
7. ボヘミアン・ラプソディ(音楽、ゲイ)
8. 君の名前で僕を呼んで(ゲイ)
9. LBJ ケネディの意志を継いだ男(政治)
10. オーシャンズ8(女性アウトロー)

(映画情報リンク「SCREEN ONLINE」https://screenonline.jp/ 参照)
※音のまにまに3号「エリック・クラプトン~サウンドとからむ生きざまの物語~」

音楽映画とマイノリティーの人権を問う映画(女性、黒人、ユダヤ、ゲイ、クリーチャー)のジャンルが中心。これは、私の好きなジャンルというだけでなく、社会的な傾向であり、映画は決して娯楽のためだけではないことを表している。

まず、作品的評価は別として、「オーシャンズ8」は、女性映画として、フェミニズム的に気になる。男性映画のヒットシリーズだったものを、オール女性に置き換えたところに意味があるのだ。
娯楽大作としては、キャスティングにまず、米国一の稼げる女優、サンドラ・ブロックを主演に置いた。彼女の若干の軽さをサポートするのが、私の敬愛するクイーン女優、ケイト・ブランシェット。同じく曲者、ヘレナ・ボナム・カーターと続く。ここまではいい。続いて、かわい子ちゃん要員のアン・ハザウェイから、若手は新進女優が揃い、キャラもちょっと弱い。せっかくの女優大会に、迫力不足なのだ。どうして、格闘技女優を入れないのか?

男優シリーズでは、ジョージ・クルーニーを中心にブラピやマット・ディモン、アンディ・ガルシア、ケイシー・アフレックと主演級が揃うのに、女優大会ではなぜ揃わぬ?
ハリウッドなら迫力女優は多くいるのに、キャスティングの薄さにがっくりきたのは、男性ものとの比較で、私の中の期待と競争意識が強すぎるからだろうか? せめて、同等レベルのキャスティングでスタートさせてほしかったのだが、営業的な問題もあるのだろう。女性映画だからとギャラを度外視した勢いのある大女優たちがギャラダウンしてでも集結してほしかった。もしかして、サンドラが主演だから、乗り気になれない女優が多くいたのかも、と憶測する。
いや、決して失敗作ではないのだが、今後は男優たちが支配してきた世界を女優たち中心で十分に成立するところを大胆に見せてほしかったのだ。

「セックス・アンド・ザ・シティ」は女優たちが揃うも、しょせんファッションと恋の女性向けラブコメ。女性たちだけで楽しむ域を超えない。
どうして、女たちが集まると、女だけのちまちました世界に入り込むのだろうか?私にはわからない。

これまで、男たちだけが表現してきた大胆なアクション、ストイックな感情、冷酷なバイオレンス、お茶目なユーモア、熱い友情など……映画の中だからこそ、女優たちも同じレベルで見せられるはずだ。まして、男性ヒットアクション映画の同シリーズとなると、フランシス・マクドーマンドやミシェール・ヨーなど、演技派や格闘技派のベテラン女優を配して、バキバキにスピード感を見せてほしい。そんな意味で、世紀の美魔女、サンドラやぶりっ子、ハザウェイをキャスティングしたところから、またもや女性としての遅れをとった気がして、私は悔しい。

女性ならではの、という言い訳はもっと後でいい。
男たちがやれることは、いまや女も全部やれます的な態度を、全ハリウッド女優をあげて次から次へとこなしていけば、女優の地位はもっと上がるだろう。 アメリカの女優は、そこどけそこどけ、女が通る、という方向で痛快に突き進む傾向にあるのだから、男性主人公にバチバチ言い返しをしたり、支配的になったりするだけでなく、本気で、女たちの独立した力を見せるのが、先決と思う。

男ばかりのグループものを女性にしてみる映画では、あの「ゴーストバスターズ」シリーズ、リブート版(2016)=女性主人公版がある。 コメディエンヌ出身のメリッサ・マッカーシーが中心になった4人の化け物退治映画は大ヒットまでには至らないが、コメディエンヌの迫力は美魔女の存在感より明確だ。日本では声の出演も渡辺直美、友近などがキャスティングされ、なかなかの盛り上がりを見せた。

一方、TVシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」では、ケビン・スペイシーが国民のことをかけらも考えない、悪徳大統領の本音と政界の裏側を描ききる傑作。最低な男を演じるスペイシーの上手さには毎度舌を巻くほどの演技ながら、最終シリーズを前に、実生活のセクハラ問題などで降板が決定し、その分、ファースト・レディ役のロビン・ライトが最終シーズンで、まんまと大統領役に躍り出るという展開。女が男の権力を持って成り代わるのは喜ばしいチャンスなのだが、残念ながら本作のヒロインは、不倫をするわ、夫の権力を利用するわ、正義感もないわ、のでしゃばり悪女。
まあ、大統領とファースト・レディが、悪徳コンビでいかにも現代の政治家らしい。
女優、ロビン・ライトは、この作品で「自分もスペイシーと同じギャラを」と求めた凄腕。

かなりいい女優だが、スペイシーに成り代わるだけの魅力と実力を持っているのだろうか。 男性と同じレベルの権力を得るに至る女性大統領が、ヒロイックな女性像を持った理想の清い女性なら両手をあげて喜んだが、逆に、男(夫)を踏み台に、社会的野心を果たす女性のタイプだとしたら、これほど恐ろしいものはない。

現実の世界でも、男性社会を踏み台にするサクセス悪女も少なくないので、女性を、女性をとやみくもに騒ぐフェミニズム思想も気をつけなければならないと、焦ることがある。
しかし残念ながら、その種の女性のタイプに限って男性は警戒せず、持ちあげてしまう傾向にあるから、未来が怖い。

その点、トランプ大統領のメラニア夫人やオバマ元大統領のミシェル夫人は、よけいな野心はないように見えるが、クリントン元大統領のヒラリー夫人は、実際に大統領候補にまでなったから、原作のモデルだと噂されるのも無理はない。

そういえば、悪事をしてニュースになる男のそばにいる妻に対して、女性は同じ女性として、同情心を持ちやすいが、この作品のように、似たもの夫婦のカップルはいるはずで、共犯関係も決して少なくないはずだ。女性の権利を拡張するなかで、男の悪い部分を引き継ぐ女は、筋道なくやり放題になる可能性がある。自力でのし上がったわけではないから、悪い男より、容赦ないかもしれないのだ。ある国の首相夫婦も、遠からず、そんなイメージがある。そういえばこの夫人は、本作のロビン・ライトのヘアスタイルと同じである。

ともかく、男は力があっても性的スキャンダルにさらされやすい。そこで妻に、チャンスが巡ってくる。本作では最終シリーズで、ついに悪徳政治家の権力の座を妻が手にするパターン。したたかな悪人気質を引き継いだ妻役、ロビン・ライトの気迫と演技力は、並々ならないものがある。何より、主役の男優に成り代わる女優のギャラは、どんどん同等に向かっていくのは間違いない。

さて、稼ぐ女優がサンドラ・ブロックなら、賞に恵まれた演技派が、フランシス・マクドーマンド。ケイト・ブランシェットと並ぶ、私のリスペクト女優の最高峰で、「ファーゴ」に続くアカデミー主演女優賞を獲得した「スリー・ビルボード」も見事である。

娘がレイプされた母親が、ちゃんと捜査をやらない警察に歯向かうというだけの設定で、物語は始まる。
彼女の願いは、レイプ犯を探し出して、自分で始末すること。
つまり、これまでなら、娘のレイプ犯を自ら探してぶっ殺したいのは、父親の仕事だった。
警察がやらないなら俺がやる、と夜の街を繰り出すチャールズ・ブロンソンか?
人種差別主義者や、敵対する男たちとからみあいながら、いかなる方向に向かうのか?

マクドーマンドが、美魔女でもおばちゃんでもなく、女性にありがちなものをすべて排除したストイックなキリリ感にあふれていて、そのヒロイックさにしびれる。演技が深いので、B級にならず、アカデミックでさえある。そう、こんなヒロイン像が、あるいは女優が、実力を持ってどんどん登場すれば、男優に成り代わる主演映画として成立する。
女ならではの、女しか出せない古い女性感、フェミニズム感を超えて、男女共有感のあるヒロイン像に向かうことができれば、ひとすじの道となる。

社会に出る女性は、いつでも男性の役回りに成り代わる準備ができていなければならない、と私はずっと思ってきた。
今後も、セクハラやレイプのMe Too 運動で、才能ある男性たちが社会から落ちこぼれていくかもしれない。そんなときに、ロビン・ライトやマクドーマンドのように、待ってました、の準備が必要だ。私は、アシスタントでいい、そこまで責任を持ちたくない、という女性も多く見てきたが、私が知る限り、そういう謙虚な女性ほど才能があった。皮肉にも、謙虚さのない人のほうがやる気満々で、チャンスを掴んでいくことも例外ではない。

一方、「アリー/スター誕生」(2018年版)は、スター歌手から見出され、なかなか自分の才能を認めることができない女性歌手の成長物語。いわゆる、狙いを定めて掴み取るタイプではない。美人ではなく、謙虚で実力のある新人歌手という役どころをガガが演じる。やがて、新人歌手が周囲にも認められ、ステップアップしていく一方で、スター歌手はアル中が悪化し……。新人女性がベテラン男性歌手の手ほどきを受けて、やがて立場が逆転する話。

何度もリバイバル化されている映画だが、師匠と弟子、男と女の関係をベースに、女性が男性を乗り越えて、支える側になる展開とも言える。

ただ、私の感覚では、「ハウス・オブ・カード」は、夫婦間から権力を得ているし、「アリー/スター誕生」も、恋愛~夫婦関係からチャンスを得た女性だ。
いづれも、師匠と弟子関係を男女の関係で消し去っているのが気になる。
男同士なら、そういうわけにはいかないだろう。

男性社会では、一流の立場の男性と関わることで、自分が磨かれるのは圧倒的な事実。
そうすると、セクハラを受け入れず、自ら女の武器を使わず、は当然としても、妻や愛人の立場もない女性は、やはりチャンスを掴みにくいのではなかろうか?

男女関係抜きに、天下を取る女性が私は好きだ。
愛と野心は別の方がすっきりする。
そのために女は、ストイックなまでの腕磨きが必要だろう。

いつでも、男性の仕事に成り代わる準備ができているのか、
そんな問いかけをしながら、仕事や趣味に打ち込めれば楽しい。

 


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第3回:エリック・クラプトン~サウンドとからむ生きざまの物語~
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第5回:ヒロイックな女たち
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