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10|ウィーンの音楽を肌で感じる日々

オペラ座に通い目で見た音楽について

What's えびちゃん留学記 ...

自分が感じる「違い」はなんなのだろう───
演奏の違いから様々なことを探求して行った留学時代と海外生活時代を振り返りながら、現地の情報もお届けします。ファゴット奏者で、指揮、講演、コンサートの企画、オーガナイズ、コンサルティング、アドバイザーなど様々な活動をする基盤となった海外留学とはどんなものだったのか。思い出すままに書いていきます。

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蛯澤亮

蛯澤 亮
Ryo Ebisawa


茨城県笠間市出身。笠間小学校にてコルネットを始め、笠間中学校でトランペット、下妻第一高等学校でファゴットを始める。国立音楽大学卒業。ウィーン音楽院私立大学修士課程を最優秀の成績で修了。バーゼル音楽大学研究科修了。 ザルツブルク音楽祭、アッターガウ音楽祭、草津音楽祭などに出演。元・ニューヨーク・シェンユン交響楽団首席奏者。茨城芸術文化振興財団登録アーティスト。ファゴットを馬込勇、ミヒャエル・ヴェルバ、セルジオ・アッツォリーニの各氏に師事。 「おしゃふぁご 〜蛯澤亮のおしゃべりファゴット」を各地で開催、クラシック音楽バー銀座アンクにて毎月第四金曜に定期演奏、池袋オペラハウスにて主宰公演「ハルモニームジーク 」を毎月第二水曜日に開催するなど演奏だけに留まらず、様々なコンサートを企画、構成している。

 
 

オペラ座に通う日々

私が留学先をウィーンに選んだことの一番の利点はオペラ座に通えたことだと思う。 日本ではなかなかオペラに親しむ機会はなく、いつでもそこにいけば何かしら聴けるという劇場もない。 新宿・初台にある新国立劇場はレパートリー制度にして毎日のように様々なオペラを上演することを目標にしていたようだが、結局はプロジェクト毎の上演だ。 オペラシティと名付けられているがオペラに溢れる場所とはなっていないのが残念だ。
ヨーロッパの劇場はほぼ毎日上演があって、毎日同じ演目ではなく様々な演目を代わる代わる上演する。その中でも最も上演日数が多く、上演作品が多いのはやはりウィーン国立歌劇場だろう。とにかく休みなく上演されている。そこにいけば何かやっているため、時間が空いたから聴きに寄ろうと思えばいつでも行けるのだ。また、上演作品の回転が早いためレパートリーが多いのも魅力的だ。

通うことで一番のネックになるのは、チケット代だろう。日本でオペラを聴こうと思っても、やはりチケット代は高い。ウィーン国立歌劇場は私の留学当時、最上階の立ち見席は2ユーロ(当時のレートで300円程度)だった。日本ではワンコイン=500円のコンサートはよく聞くが、それより安い。若い学生にとっては立ち見で疲れても、その値段で毎日のようにオペラを聴けるのはこの上ない幸せな環境だった。 最初の頃はそれこそほぼ毎日通っていた。初めて聴いたのはヴェルバ先生からチケットをもらって聴いたヴェルディ「ファルスタッフ」。一階の良い席で聴かせてもらえて、ウィーンに来たことを改めて実感した。自分でチケットを買って最初に観たのはプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」のバレエ。組曲でしかやったことのない作品だったが、バレエでみることでストーリーもよくわかり、より音楽の素晴らしさを感じた。この時の感動は忘れられない。

ウィーン国立歌劇場管弦楽団はニューイヤーコンサートで有名なウィーンフィルだ。ウィーンフィルの演奏の土台はオペラから成る。私はよく最上階の横の席を取った。横だと舞台が半分程度しか見られないが、オケピットがよく見える。また、正面の席は人気があるので席取りのために早い時間から並ばないといけないのだが、横はよっぽど人気の演目でなければ上演直前に入っても空いている。私は初めて観る演目は正面で一度見て、それ以外は横でオケをじっと見ていた。オケがどのようにコンタクトを取ってどう演奏しているのかを、マジマジと見られるのは楽しかった。

前回書いた、入試で私の演奏を気に入ってくれた首席オーボエのヘアトは、当時ウィーン交響楽団から移籍したばかりだった。ある日、オケを見ていると上演中にも関わらず、二番オーボエのレーマイヤーがヘアトにすごい剣幕で説教しているように見えた。もちろん、小声で話していたのだろうが、大声で説教しているように見えた。ヘアトはこれといって反応するでもなくそれを聴いている。その隣に座る首席フルートのシュルツはそれを横目で見ていた。レーマイヤーはずっとヘアトに話していたが、急にやめて楽器を構えてオーボエ二人で伸ばしを吹き始めた。まずそこにさすがだと思った(笑)。いくら話していても自分の入るところはわかっているのだ。すると、そのオーボエ二人の伸ばしが始まってすぐに、フルートのシュルツがヘアトに掌を上に上げる仕草をした。その瞬間ヘアトの音量が上がってバランスが変わり、響きが断然良くなった。レーマイヤーは、かつては首席オーボエを務めたベテランだ。経験豊富で近々定年を迎えるレーマイヤーは入ったばかりのヘアトに何を語っていたのだろう?それを横目で見ていたシュルツの仕草でバランスが変わって響きが良くなる。おそらく舞台に注目している観客はまったく気付かないことなのだが、そんなことがピットを直視していると見えてくる。

首席フルートのアウアーも当時入団して間もなかった。彼にはことあるごとに、私の師であるヴェルバが後ろから話しかけていた。ヴェルバは「現在の自分はオケの伝統を伝える役割」ということを語っていた通り、若い奏者には特に話しかけていた。そうやってウィーンフィルの伝統は脈々と受け継がれてきたのだなと思った。

ヴェルバはとにかくいろいろな人と話す。ウィーンフィルの伝統を守るためと前述したが、一緒にオケに乗って実際にわかったのだが、実際はどうでも良いことまでよく話す(笑)。しかし、真面目なことももちろん多いわけで、ある日は休憩になるとすぐに「ヴェルナー!!」と、遠くからでも唇が読めるほどはっきりコンサートマスターであるヴェルナー・ヒンクの名を呼んで話しに行っていた。

ウィーンフィルはオーボエがチューニングの音を出さない。コンマスが出すのだ。これも慣れてくるとチューニングの音だけで「あ、今日はキュッヒルがコンマスかな」とわかるようになった。 キュッヒルの時は決まって音程が高いのだ。キュッヒルは自分が弾くタイプで力強いサウンドになるが、彼が先に弾いて飛び出してしまうこともあった。その点、ヒンクはコンマスの中でもあまり表に出ない地味なイメージだが、周りへの指示などは一番出しているイメージだ。休憩中にも バイオリンパートはもちろん、他のパートにも指示を出し、全体にまとまりが生まれていた。ヴェルバも「ヒンクがコンマスの時が一番和声的な響きになる」と言っていた。ウィーンフィルの練習では管楽器のバランスなども指示し、途端に響きが変わったりしていた。同じオケでもそれぞれの奏者によって演奏が変わるわけだが、その人が音や仕草だけでなく、様々なコンタクトの違いがあり、それによって周りに与える影響が違うことも色々と見ることができた。練習ではなく、本番の中でどのように演奏しているかを毎日のように見られたことは、私の大きな財産になった。 長くなってしまったのでこのテーマはまた次回へ。

 

 


 

次回予告 :comming soon








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