クラリネット記事
楽器編│その2

クラリネット管体材料の現在、過去、未来

準絶滅危惧種に指定されている管体材料のグラナディラ(アフリカン・ブラックウッド)。アフリカでは次世代の資源確保のため植林なども行なわれていますが、楽器として使用できる大きさに育つまで50年以上かかると言われており、絶滅が危惧されています。
実際には現在どんな状況なのか、代替材や木材に替わるものが研究されているのか。そもそもなぜグラナディラが使われるようになったのか……。
そんなグラナディラに関する現状、過去、そして未来について、楽器用木材を研究されている筑波大学の小幡谷英一さんにお聞きしました。

グラナディラは絶滅のおそれがあり
新たな素材の開発も進められている

クラリネット管体材料の過去

 

なぜグラナディラなのか

それは組織が緻密で、気密性が高く、濡れたり乾いたりしたときの寸法変化が小さいからです。
そもそも、グラナディラが広く使われるようになったのは20世紀に入ってからです。20世紀に入り、植民地化されたアフリカから、それまで使われていなかった様々な木材が欧州に入ってくるようになりました。グラナディラもその一つです。グラナディラは、比重が1.3以上と高く、緻密です(図1)。また、道管(水分などを枝や葉に送るための管状組織)にワックス状の樹脂(写真1)が詰まっているため、気密性が極めて高いのです(図2)。
一般に、比重が高い木ほど、硬く、傷が付きにくく、高精度で加工でき、キィのポストも揺らぎにくくなります。そのために、それまでのツゲに代わってグラナディラが一気に普及したと考えられています。
それまでクラリネットに使われていたのがツゲです。モーツァルトはグラナディラの存在を知らないはず。なぜグラナディラなのか、を話す前に、グラナディラ以前に使われていた木材のことを考える必要があります。

図1 木管楽器に使われる様々な木材の横断面
グラナディラの横断面はLiu et al. Journal of Wood Science 66:14(2020)
 
図2 木管楽器用に選別された様々な木材の気密性(値が小さいほど気密性が高い)
写真1 グラナディラの道管に詰まっているワックス状の樹脂
 
 

グラナディラ以前に使われた木材

過去にはツゲやメープル、オリーブ、コクタン、象牙など様々な素材が木管楽器の管体に使われてきましたが、最も標準的な管体材はツゲでした。今でも、多くのリコーダーがツゲ製です。では、なぜツゲなのか、というと、組織が緻密だからです。
組織の緻密さは、管体材にとって非常に重要です。特に、近代の木管楽器はタンポで塞ぐ穴が多いので、素材が緻密でないと、トーンホールから空気が漏れてしまいます。ツゲの道管は径が小さいため(図1)、比重が同程度のメープルに比べて気密性が高くなります(図2)。

 

グラナディラが採用された理由

グラナディラには様々な長所がありますが、特筆すべきは優れた「寸法安定性」です。木管楽器の管体は、演奏中に湿気を吸って膨潤し、演奏後に乾いて収縮します。管体には、この吸放湿に伴う寸法変化が小さい=寸法安定性が高い素材が望ましいのです。
代表的な管体材の最大膨潤率(完全に乾いた状態から完全に湿った状態に至るまでの接線方向の寸法変化率)は図3のとおりです。一般に、比重が大きい=重い木ほど寸法変化が大きくなりますが、グラナディラは比重が高いにも関わらず、例外的に寸法変化が小さいのです。これは、木の繊維が褶曲したり交錯したりしているためと考えられますが、まだ十分に解明されているとは言えません。少なくとも、グラナディラに匹敵する高い比重と優れた寸法安定性を兼ね備えた木はまだ見つかっていません。少なくとも私は知りません。
そして、グラナディラのもう一つの長所は、比重が同程度のローズウッドなどに比べ、水を吸うのが遅い(=膨らむのが遅い)ことです。グラナディラは、他の木に比べてゆっくり膨らみます(図4の黒丸)。これは、グラナディラの導管に大量に含まれているワックス状の樹脂が、水(厳密には水分子)の移動を邪魔するからです。この樹脂は、水には溶けませんが有機溶媒には溶けます。有機溶媒に漬けて樹脂を除去すると、グラナディラも他の木と同じ速さで膨らみます(図4の灰丸)。
グラナディラは、緻密さ、硬さ、気密性、寸法安定性など、管体材に求められる様々な特性を兼ね備えています。グラナディラが管体材のスタンダードになったのは不思議ではありません。

 
図3 木管楽器用に選別された様々な木材の膨潤率
図4 木管楽器用に選別された様々な木材の膨潤過程
 
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