フルート記事 ラテン音楽 代表的ジャンルと進化の歴史[その2]
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THE FLUTE vol.212 Special Contents

ラテン音楽 代表的ジャンルと進化の歴史[その2]

MUSIC
 
ラテン音楽と日本

日本で初めて受容されたラテン音楽

日本に初めてラテン音楽が本格的に紹介されたのは、1920年代後半のタンゴだったと言われている。
ただし、それはアルゼンチンから直接入ってきたものではなく、パリ経由で伝わった“ヨーロッパ風タンゴ”だった。1932年にはパリのタンゴバンドが来日し、当時の知識人や上流階級の間で、“洗練された洋楽”として人気を集めていく。
戦後になると、日本各地にダンスホールやキャバレーが誕生し、ラテン音楽は一気に大衆へ浸透していく。
この頃、日本で大流行したのが、キューバ音楽の“マンボ”や“チャチャチャ”だった。
その中心的存在となったのが、見砂直照率いる東京キューバン・ボーイズである。1949年に結成された東京キューバン・ボーイズは、本格的なラテンビッグバンドとして高い人気を獲得し、日本中にラテンブームを巻き起こした。
1950年代に入ると、世界的なマンボブームが日本にも到来する。
美空ひばりの『お祭りマンボ』はその代表例だろう。ラテンリズムを大胆に取り入れたこの作品は、戦後日本の大衆音楽に大きな衝撃を与えた。
さらに、有馬徹率いる「ノーチェ・クバーナ」、チャーリー石黒と東京パンチョス、濱口庫之助とアフロ・クバーノなど、多くのラテン楽団が誕生していく。
また1955年には、後にクレイジーキャッツとして人気を博すハナ肇が、“キューバン・キャッツ”(クレイジーキャッツの前身)を結成している。
1960年代には、マンボを日本流にアレンジした“ドドンパ”が爆発的なブームとなり、ラテンリズムは完全に日本の大衆文化の中へ定着していった。

 
 

次ページに続く
・サルサブームと日本人ミュージシャン
・ボサノヴァと日本人の感性
・J-POPに息づくラテンのリズム
・ラテン音楽が世界を魅了する理由
<ラテン音楽とジャズの世界地図>
・世界中に広がるラテン・ジャズ
・アフロ・キューバン・ジャズの誕生からデイヴ・バレンティンまで
・ボサノヴァの洗練されたハーモニーとジャズの結びつき
・ラテン・ジャズの中のフルート

 
 
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