サックス記事 世界的スタンダードヤマハ62シリーズの魅力を歴代の開発者たちの視点から探る
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Yamaha Saxophone 62 Series Chronicle

世界的スタンダードヤマハ62シリーズの魅力を歴代の開発者たちの視点から探る

HISTORY

試作・試奏・評価を繰り返して開発を進める

ルソー氏は、メカニズムの点においても提案をしている。

佐藤
キィメカニズムは、62特有のものがあります。「スパチュラ」と呼んでいるフロントFキィの形状です。これはルソーさんからの提案で、演奏する際に簡単にできるようにしたいという意図があり、何度も試作した結果ヘラ状の形になりました。メカニズムに関しては、楽器を演奏する時の構えや操作具合、指の配列など、あらゆる場面を想定して、最適な値を設定しました。特に、西洋人とは違う日本人の体型を考慮することを、念頭に置いていました。手の小さい人でも上手く扱えるサクソフォンでなければならないという意識は、強く持っていました。
 
ヤマハスタッフにアドバイスを送るルソー氏
ヤマハスタッフとともに製品チェックをするルソー氏
 

ふと、ルソー氏とのコミュニケーションはどのように取っていたのか、訊いてみたくなった。

佐藤
もちろん、英語力が必要でしたよ。最初は、何をおっしゃっているのか分からなかったけれど、2~3年が経過するとだいぶ慣れてきました。ルソーさんも、私たちが言っていることを多少なりともご理解してくださっていたように思います。日本語もお話しされていました。年に2回は浜松へ足をお運びいただき、2週間かけて試奏と評価を繰り返していただくのですが、この2週間がとにかく大変でした。滞在期間中にどれだけ進められるかが大事なので、「やれることは出来るだけやるぞ」と挑みました。そして、次の半年間でまた改良を重ねる。楽器の製作は、最低でも3ヶ月かかります。設計にも3ヶ月。合計で半年ですから、もう休む暇はありませんでした(笑)。

ルソー氏は試奏と評価を繰り返し、開発者はそれに応えるべく技術を磨いていった。また、日本国内にも、アドバイスを仰いでいたアーティストがいた。当時、ネム音楽院(現:ヤマハ音楽院)で特別講師を務めていた塚本紘一郎氏である。

佐藤
塚本さんには特に音色についてご意見をいただき、それを参考にしながら、機械を使っての音色分析も行なっていました。当時は、現在でいうFFT(高速フーリエ変換《Fast Fourier Transformation》の略。音響・振動測定分野において重要な解析手法)が、まだありませんでした。B&K(Bruel&Kjar Sound&Vibration Measurement A/S)というメーカーが、発信器や音を分析する機械を作っており、その機械を持っていた部署から借りて音色の分析をしていました。キィポストの面積なども少しずつ変えて、どう音色が変化するのかをチェックするので、時間のかかる作業でした。試作もたくさん作り、塚本さんには音色の面で大変お世話になりました。

高品質な楽器誕生の陰で

アーティストの協力を得ながら、開発を進めること6年。ついに、62シリーズが誕生した。1978年に発売された当初から、「完成度の高い楽器」として認知されたという。

佐藤
本当にいい楽器が出来上がって、あらゆる面で完成に達したと思いました。いわゆる音抜けバランス、メカニズム、吹奏感、そして音程と、すべてが高品質な楽器になりました。これこそが、ルソーさんの望みでもありました。学生からプロ奏者の方まで、幅広く使っていただくことができる楽器となり、実際に62を手にしたみなさんからも、吹奏バランスや音程がよく、操作性が良好だという反応があり、嬉しく思いました。
 ただ、その一方で、音色に関しては難しいところがありました、ルソーさんは、「音色は演奏者自身が作りあげるもの」と考えていらっしゃったと思いますし、確かにそうした概念はあります。音色の好みには個人差があるので、開発においても厳密には突き詰めることはできなかったという実情もありました。サクソフォンの構造として、音色を構築する割合は、プレイヤーで90%。これにマウスピースやリードが加わると、94~95%になる。残りの僅か5%の部分で、音色の違いを見極めていくわけですから、我々楽器メーカーとしては非常にシビアで辛いところでもありました。
 
YAS-62が発売された1978年当時の佐藤さん
Jガードが目印のYAS-62第1世代
 

高い品質を誇るサクソフォンを生み出した達成感を感じながらも、開発者たちは自ら課題に向き合った。どんな音色を求めるか?多くの国内外アーティストと対話を重ねながら模索を続けた結果、誕生したのが「ヤマハカスタムシリーズ」である。「62シリーズ」の発売から10年後、1988年のことだった。(カスタムシリーズに関しては、ぜひ、本誌110号、111号を読み返していただき、『YAS-875EX』『82Z』の魅力を再確認してほしい)

佐藤
62が世の中に出てから10年の月日が経つと、使ってくださる方々からの要望もあちこちから集まり、改善点が見えてきました。さらに、カスタムの開発で培った経験も踏まえて、マイナーチェンジを施すことを決めました。ただし、目指す方向性は、カスタムと明確に分けていました。62らしさはそのままに、少しの改良を加える。それが、1994年に発売された第2世代になります。この時、改良された点で大きなところは、キィメカニズムです。左手小指のいわゆるシーソーキィを採用することで、運指上の連絡がスムーズになりました。また、「Jガード」と呼ばれる一体型になっていた部分を、分割化しました。これによって、低音域のレスポンス改善に有効性があると判断してのことでした。この2点に関しては、実は開発当初から取り入れることも視野に入っていたのです。ただ、操作性の基準は演奏する人によってそれぞれ異なりますから、判断が難しかった。悩んだ末に踏み込まなかった部分を、16年後に改善することになったのです。
 
YAS-62現行モデル
YAS-62第2世代
 
YSS-62第1世代
YTS-62第1世代
YBS-62Ⅱ(YBS-62第2世代)
 

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