サックス記事 世界的スタンダードヤマハ62シリーズの魅力を歴代の開発者たちの視点から探る
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Yamaha Saxophone 62 Series Chronicle

世界的スタンダードヤマハ62シリーズの魅力を歴代の開発者たちの視点から探る

HISTORY

時代のニーズに合わせ、行きつ戻りつすることも

ヤマハの原点とも言える「62シリーズ」と、より高みを目指した「カスタムシリーズ」を誕生させた躍動の時代を経て、2002年には世界最高水準のフラッグシップモデル「875EX」と、プレイヤー待望のJazzモデル「82Z」が発売された。この年、62の第3世代も登場している。内海さんが入社する1年前のことだ。

佐藤総男さん
内海靖久さん
藤井 駿さん
 
内海
当時のサクソフォン担当設計者が、カスタムシリーズ875を「EX」という形でモデルチェンジしました。その際、須川展也さんやジャン=イヴ・フルモーさんにアドバイスをいただきながらネックを開発し、そのエッセンスを62にも採用したのです。当時、カスタムシリーズのネックは、他社メーカーの楽器にも差し替えができるものでした。一方で62の第2世代以前はキィの長さが異なったため、カスタムモデルや他社のネックをそのまま差し替えて使うことができませんでした。これをカスタムモデルにも差し替えができるように対応させたのが、62ネック第3世代の大きな改良点の1つです。音に関して言えば、この頃は、「ホールの隅々まで音を飛ばしたい」という要望がある時代でした。こうしたニーズに応えるために、ネック自体の設計を見直すことで、吹奏感、音の鳴り、音量感などを向上させました。

さらに、2013年には現行品となる第4世代の62が発売された。11年後、何を改良したのだろうか。

内海
もう一度、ネックを含め何点か機能面での向上を狙い、マイナーチェンジしました。第3世代で搭載した62専用G1ネックは、吹奏感や音量感で評価される反面、音程のコントロールが難しいという指摘が多くありました。また、豊かな音量感の反面で、息をしっかり入れて鳴らす必要がありました。少しプロ向けのサクソフォンに近づいてしまい、汎用性の観点から離れてしまったのかもしれません。ヤマハには、カスタムシリーズがある。だからこそ、62の立ち位置はどこなのかをこの時期に再度見直し、第3世代ではカスタムサックスに近づけたネック設計を、どちらかと言えば初代62の方向性へと戻しました。完璧に初代と同じ設計に戻したというわけではなく、当時最適と思われるネックを模索し、今の62ネックにしています。

改良を重ねていく過程には、こうした戻り道もあったことを知って少し驚いた。

内海
やり過ぎてしまったから、少し戻したという感じです。でも、やってみなければ分からなかったことも、たくさんあります。第3世代で挑戦したことには大きな意味があったし、それがとても気に入っているという演奏家の方が多いのも事実です。それぞれの時代に合わせたマイナーチェンジがあり、それらはすべて62の形のひとつなのだと思います。
藤井
こうした経緯は、芸術の歴史と似ているところがあると思います。ルネサンスからバロックへ移行して、古典派の殻を破ってロマン派が生まれ、さらにはそのロマン派を嫌って別の派閥が誕生したりもする。こうした進化の過程は、人間のあるべき姿なのではないかと、内海さんのお話を聞いていて感じました。
内海
そうかもしれません。改良に改良を重ねて誕生してきたさまざまな世代を経たからこそ、現行品としての第4世代があるのだと思います。この第4世代は、ルソーさんにも改良の最終形態の段階で試奏をお願いしました。「さらに良くなりましたね」とお墨付きをいただき、背中を押されての発売となりました。

堅実に守ってきた「誰もが気持ちよく吹けるサクソフォン」

マイナーチェンジを繰り返してきた62シリーズだが、基本設計や製造工程は、初代から現行品までほとんど変わっていない。

内海
変える必要がなかったと言えると思います。管体の形状、根幹の部分、テーパー形状、トーンホールの位置関係、音程や吹奏感に関わる部分も、ほとんど手を付けていません。楽器が販売されて10年ほど経過すると、いろいろなご意見が集まってきます。それに合わせて、味付けを変えたくらい。基本レシピは、ずっと変わりません。佐藤さんを始め、歴代の開発者の方々が、ルソーさんと共に吹奏感や音程などに重きを置いて、基本的な楽器の性能にこだわったことが活きているのだと思います。第1世代が高品質だったことが、変わらない所以です。
佐藤
そう言ってもらえると、非常に嬉しいですね。

2021年には、全国の楽器店員が『今年、お薦めする楽器』を選ぶ「楽器店大賞」の商品部門で、62シリーズの「YAS-62」が見事大賞を受賞した。世界的なスタンダードとなり、ヤマハ伝統のモデルとして愛され続けているその理由は、どこにあるのか。開発者たちに訊いてみた。

藤井
私が考える回答は、佐藤さんが残してくださった開発資料に掲載されていた、ルソーさんが62開発にあたってリクエストしていた4つのポイントです。まず、第一に「正しい音程」そして「効率の良い鳴り」「全音域でムラがない」、さらに「ソプラノからバリトンまで使いやすさが一貫している」。これを拝見したとき、大変感銘を受けました。62シリーズの魅力は、この4つに集約されていると実感します。ジャンルも問わず、演奏技術のレベルも問わず、誰もが気持ちよく吹くことができるサクソフォン。そこにフォーカスして開発し、長年それを堅実に守って作ってきたことが、最大の理由だと思います。
内海
私もその通りだと思います。ルソーさんという世界のトップアーティストが、自分だけでなく、アマチュアや初心者のことも考えて、アドバイスをしてくださいました。誰もが使いやすく、自己流にならず、変なクセがつくことがないように留意したからこそ、幅広い奏者の方々に愛されるスタンダードなサクソフォンになったのだと思います。もしも楽器選びに悩んだら、「まずは62を持てば間違いない」と紹介していただけるモデルになっています。本当にオールマイティなサクソフォンです。開発当初はそこまで考えていたかどうか分かりませんが、長年に亘って基本仕様にこだわったからこそ、実現したのだと思います。
佐藤
61の段階では、そこまで考えていなかったかもしれません。でも、62を開発することになって、低音から高音までバランス良く鳴って、初心者からプロまで、誰もが使っていただける楽器を目指していました。
藤井
先程、佐藤さんから「音色の追求は難しかった」というお話を初めて伺って、その時にされた選択が良かったのではないかと思いました。音色にこだわって囚われ過ぎると、深い沼に陥ってしまうように感じます。もちろん、突き詰めていかなければならない部分ではありますが、まずはスタンダードとなる良い楽器を作るために、音色は一旦置いておく。それ以外の、もっと基本的で重要なところにフォーカスした着眼点が、本当に素晴らしいと思います。
 

受け継がれる歴史と技術

最後に、藤井さんが語ってくれた「佐藤さんが残してくれた開発資料」について触れておきたい。実は、1998年から2004年にかけて、佐藤さんが自らの開発の軌跡を2冊の資料にまとめたものがある。これが、ヤマハ代々の開発者たちのバイブルとなり、現在も必要不可欠なものとなっているのだ。

藤井
とてもありがたい資料です。現在では、絶対に手に入らない情報が詰まっています。作成時は、まだデジタル化も進んでいませんから、「きちんと残そう」という意思がない限り、仕上げることはできなかったと思います。そして、明確な資料を残そうと思ってくださる方も、なかなかいません。本当に素晴らしいです!
佐藤
資料を作ったのは、自分に残せるものがないかを考えたから。基本的には、楽器そのものがどういうものか、それにプラスして、ヤマハとしての製作方法などを記しています。
内海
資料の中には、佐藤さん自身のお考えも入っています。何を考えて、どうしてこの楽器に行き着いたのかが記されている。我々はそれを読み取り、「なるほど、これは大事にするべきヤマハらしい部分だ」と理解しています。技術を引き継いでいくためには、抽象的な表現では伝わりません。明確に伝達できるように数字化したり、定性的なものに置き換えたりという工夫を、今は私もしています。佐藤さんがそのようにしてくださったおかげで、きちんとバトンが渡ってきたのだと思います。
藤井
私は、この資料でヤマハサクソフォン開発の歴史を学ぶことができました。これは、本当に素晴らしいことだと思っています。「なぜ、このように設計したのか」「どうやってプロ奏者と開発を進めたのか」など、事細かな経緯や理由を記録していただき、それをしっかりと受け継いできたことが、ヤマハの一番の強みだと思います。そして、私もそれを後輩たちに向けて伝えていかなくてはなりません。
 
佐藤さん作成の開発資料をまとめた2つのファイル

丁寧に製本された2冊の開発資料が、代々の開発者たちを結びつけ、ヤマハ伝統のサクソフォン作りを支え続けている。これこそが、長年愛される楽器作りの根幹に違いない。そして、これから先も引き継がれていくことを確信した。

 
YAS-62
ヤマハ
YAS-62
[調子]E♭
[仕上げ]ゴールドラッカー
[付属キイ]High F♯、フロントF
[付属品]ネック:62用ネック、マウスピース:AS-4C、ケース:ASC-600EⅡ
[希望小売価格]¥374,000(税込)
◆ヤマハ YAS-62S(銀メッキ仕上げモデル)¥429,000(税込)

ヤマハ
YTS-62
[調子]B♭
[仕上げ]ゴールドラッカー
[付属キイ]High F♯、フロントF
[付属品]ネック:62用ネック、マウスピース:TS-4C、ケース:TSC-600EⅡ
[希望小売価格]¥429,000(税込)
◆ヤマハ YAS-62S(銀メッキ仕上げモデル)¥506,000(税込)

ヤマハ
YBS-62
[調子]E♭
[仕上げ]ゴールドラッカー
[付属キイ]High F♯、Low A、フロントF
[付属品]ネック:62用ネック、マウスピース:BS-5C、ケース:BSC-62Ⅲキャスター付き ハードケース
[希望小売価格]¥935,000(税込)
◆ヤマハ YBS-62S(銀メッキ仕上げモデル)¥1,045,000(税込)
 

ENGINEER PROFILE

佐藤総男 Fusao Sato

1966年(昭和41年)入社以来管楽器研究課において、サクソフォンの設計を担当。1967年発売のヤマハのサックスとしての第1号モデル(AS-1)の製品化に関わる。その後、61シリーズの開発を経て、62シリーズの研究開発(ソプラノ〜バリトンサックス)に従事。1984年からカスタムモデルの開発に着手し、以後1994年までサクソフォンの研究開発を手がける。2008年定年退職。
 
内海靖久 Yasuhisa Uchiumi

2003年(平成15年)入社。入社以来サクソフォンの研究開発に従事。EX、Zシリーズの開発設計および、近年ではヤマハ初となるカスタムバリトンサクソフォン YBS-82の開発設計など、現ヤマハサクソフォンのソプラノからバリトンまで全ラインナップの開発を担当。
 
藤井 駿 Shun Fujii

2019年(平成31年)入社。入社以来B&O開発部において、サクソフォンの設計・開発に従事し、新商品開発や製造工程改善、品質保持に注力し研鑽を積む。その傍ら、クラシックサックスを学び、コンクールなど積極的に取り組んでいる(第22回大阪国際音楽コンクール一般の部第2位、第31回日本音楽クラシックコンクール一般の部第5位)。
 
 
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