サックスを聴く〜ロリンズ名盤・コルトレーン名盤
最後にやはりロリンズとコルトレーンの名演が聴ける傑作アルバムをそれぞれ紹介していこう。本誌らしくサックスの演奏に注目すべき点の多いアルバムを選盤のポイントにした各10作品だ!(選盤・文:原田和典)
コルトレーン名盤
Masterpieces of Coltrane

1.

「メイティング・コール/
タッド・ダメロン&ジョン・コルトレーン」
(ユニバーサル ミュージック UCCO-9822)[1956]
ラージ・アンサンブルを主な活動の場としたタッド・ダメロンが主導したカルテット作品。彼は全曲を書くとともに、いちピアニストとしてコルトレーンを引き立てている。当時のコルトレーンはようやく話題にのぼり始めた頃であろうが、智将ダメロンには“見えていた”。『オン・ア・ミスティ・ナイト』が、とりわけ優美だ。
2.

「ソウルトレーン」
(ユニバーサル ミュージック UCCO-5504)[1958]
当時のコルトレーンの代名詞“シーツ・オブ・サウンド”(音の敷布)は、アイラ・ギトラーが書いた当アルバムのライナーノーツから広まったというのが定説だ。このアルバムを聴くと、アップテンポにおいてもバラードにおいても、すっかりコルトレーンのテナーサックスにおける語り口が確立されたことが伝わってくる。
3.

「アット・ニューポート1958/マイルス・デイヴィス」
(ソニーミュージック SICP-814)[1958]
マイルスが自身のグループを率いて野外ジャズ祭に出演した時の記録。司会者によるメンバー紹介も収録されているがコルトレーンに向けられる拍手はまだそれほど多くない。もうひとつの当時のコルトレーンの代名詞“アングリー・ヤング・テナー”は、まさにこの野外公演を聴いたジャーナリストによって生まれた。
4.

「ジャイアント・ステップス」
(ワーナーミュージック・ジャパン WPCR-18311)[1959]
コルトレーン史上初めて、全曲をオリジナルで占めた一作。いとこ、妻、義理の娘、友人(レコーディングにも参加しているポール・チェンバース)などに捧げたナンバーを快調にプレイしている。いわゆる歌モノを徹底的にリハモナイズした「マイ・フェイヴァリット・シングス」(1960年)と好一対をなす作品でもある。
5.

「ライブ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」
(ユニバーサル ミュージック UCCI-9394)[1961]
約16分間、ブルース・コードに乗せて“答えの出ない実験”を繰り返すがごとき『チェイシン・ザ・トレーン』がどうしようもなく魅力的だ。かつてコルトレーンを支持していたアイラ・ギトラーは、これは“列車を追いかける”というより“果てしなく長く続く連結列車の通過を待ちくたびれて”だな、と酷評したらしいが……。
6.

「ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン」
(ユニバーサル ミュージック UCCI-9394)[1963]
ソニー・ロリンズがアール・コールマンと録音した7年後、コルトレーンもやはり低音バラード歌手であるジョニー・ハートマンと組んで本盤を制作した。コルトレーンの演奏には一部オーバー・ダビングされたところもあるらしいが、それでも出番は多くなく、吹かない瞬間を重んじることで存在感を強めているようだ。
7.

「マイ・フェイヴァリット・シングス
~コルトレーン・アット・ニューポート」
(Impulse! 173-5054)[1963]
十八番中の十八番「マイ・フェイヴァリット・シングス」の決定版に挙げたいのが、この1963年ヴァージョン。ソプラノの扱いが初演とは段違いでこなれているし、ほか、『アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー』におけるテナーのカデンツァも、『インプレッションズ』におけるドラムスとのデュオ・パートも驚嘆ものだ。
8.

「ワン・ダウン、ワン・アップ:
ライヴ・アット・ザ・ハーフ・ノート」
(ユニバーサル ミュージック UCCI-1011)[1965]
このタイトル曲に接して私はさらにコルトレーンのファンになった。公式に出たのは2005年が初めてだが、60年代から一部の若手サックス奏者の間でエア・チェック・テープが流通、ある意味バイブル視されていた音源でもあったときく。ラヴィ・コルトレーンも“父の最高の演奏のひとつ”と称賛する超名演!
9.

「ライヴ・イン・ジャパン(完全版)」
(ユニバーサル ミュージック UCCI-9191)[1966]
7月11日と22日の演奏を合計約4時間収録。11日公演の、メンバー全員が何かにとりつかれたような集中力には圧倒されて言葉も出ない。コルトレーンが全身全霊でハーモニクスを絞り出し、いっぽうファラオ・サンダースが軽々と(いう感じで)フリーク・ノートをぶちまけるあたりの展開も痛快。
10.

「インターステラー・スペース」
(ユニバーサル ミュージック UCCI-9407)[1967]
日本を離れてからコルトレーンは一切ツアーに出ていない。もう身体に異変が出ていたのか。が、他界の約4か月前にドラムスとのデュオ作品、それも飛び切り激越なものを残すとは、やはり並外れている。吹奏にネガティブな影響は感じられない。彼は最後の最後まで楽器を鳴らしきったのだ。












