サックス記事 Pianists Insight 第3回 野原みどり
ピアニストの目線で、クラシックサックスを鋭く斬る!

Pianists Insight 第3回 野原みどり

クラシック奏者にとってピアニストは必要不可欠なパートナー。一番近い存在だからこそ気づくこと、言えることがきっとある。このコーナーでは、サックスの伴奏を長年勤める名ピアニストたちに、クラシックサックス習得の秘訣をご教授いただく。今回も前回に引き続きサックス奏者の夫を持つピアニストが登場。野原みどり氏に話を聞いた。
text:佐藤淳一 企画:Turn Around Artists Org.

テクニックだけではなく、それに“感動”があってこそ音楽

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ご主人はデュオでも活動なさっているサックス奏者の野原武伸さんですが、クラシックのサックスを側でご覧になってきてどのような印象をお持ちですか?
野原
未だにはっきりとつかみきれていない部分があって、なかなか難しい楽器だと思います。表情の豊かな楽器ですが、意外に音域など楽器の構造上の不自由さ、つまり制約がけっこうある楽器だなと思います。あとは楽器のセッティングが多種多様ですし、リードがないともよく嘆いていますしね(笑)。
我々ピアノの場合は、ピアノそのものの個体の問題と弾く人、あと調律をする人が一番大事ですね。音程だけじゃなくピアノの中のメンテナンスをしてくれるような人がいないと本当に成り立ちません。
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ヴァイオリン曲などアレンジ作品をサックスで演奏することに関して、音楽的な内容としてはどのような印象をお持ちですか。
野原
例えばバッハの『シャコンヌ』だったら、ヴァイオリンという強烈な認識があると思うので、それをもしサックスで演奏するとなると既成概念を打ち壊すだけのものがないといけないと思いますね。
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サックスの伴奏をすることになったきっかけは?
野原
大学に入って主人の伴奏をするようになってからですね。いったん伴奏をすると繋がりでサックスばっかりになったと言うか……(笑)。
サックスのレパートリーの伴奏は難しいですね。同じ作曲家の作品でも、サックスのほうが群を抜いて難しいような気がするのはなぜだろうと常に思います。特にフランス系の作品も多いですからね。
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他の楽器とサックスとの伴奏の違いというのは何かありますか。
野原
サックスは音量を控えなくていいということですね(笑)。フルートも、チェロも一緒に演奏する時は、なるべくピアノの音量を控えないといけませんから。
――
伴奏をする上で最も重要なことは何でしょうか。
野原
サックス以外でも同じだと思いますが、やっぱりアンサンブルです。相手と相手の音楽性とをよくすり合わせて演奏することですね。
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学生や若手のプレイヤーに何かアドバイスはありますか。
野原
今の時代は音楽をしていくのにすごく難しい時代だと思います。他にいろいろな選択肢がありますし、聴くほうにも選択肢があり、演奏家もすごく増えています。経済的に苦しくなってくるとまず削られるのが芸術や娯楽などですから、そういう中で生き残っていかなければいけません。音大に進む人たちというのは、ほとんどの人ができれば演奏家になりたいと思っているはずです。最初から将来は先生になりたいと、指導者を目指している方ももちろんいらっしゃると思いますが。演奏家というのは一握りしかなれませんし、なれたとしても生き残っていくのはものすごく大変な世界です。その辺のところをよく見極めながら、いろいろな経験をして感性の幅を広げていってほしいと思います。
今の時代は指が回ってすごいなとか、音が大きくてすごいなという風潮に少しなってしまっているのですが、そういうことではなくて音楽というのは、人の心を感動させる、人の心を打ってこそ価値があると思います。
名前を忘れてしまいましたが、誰かの言葉で「自分が感動しないもので他人は感動させられない。まず自分が感動しないといけない」というのを聞いたことがあるんです。音楽もまさにその通りで、自分が感動する心を持つということが大切です。そのためには様々なことを柔軟に受け入れて感性を磨いていかなければなりません。そうやって自分がまず感動し、それを発信できるようになると、それを聴いた人の中に感動してくれる人が出てくれるかもしれない。100人中100人が感動するとは限りませんが、100人の中で2人でも3人でも感動してくれる人がいたら、また1回でもそういう演奏ができたら、その人はすでに演奏家だと思うのです。
もちろん日々の練習では、取りこぼしのないようにしっかり練習しておくのですが、さらにその上に何かプラスで乗せるもの─目にはちょっと見えないし、感動する要素というのは言葉でも言い表せない難しい部分、何か上にのせる霞のようなものだったりするかもしれないですけど─そういったものを自分を高めていく中で作り出していけたらいいんじゃないかなと思います。
日本人っていうのは真面目なので、きっちり練習して間違えずに演奏するというのはお家芸だと思います。でもそれだけではなくて、それにプラス感動できるものっていうのを重ねていってほしいですね。
 
野原みどり Midori Nohara
東京芸術大学在学中に第56回日本音楽コンクール・ピアノ部門第1位、増沢賞・井口賞受賞。首席で卒業後、パリ、エコール・ノルマルに留学。第23回ロン=ティボー国際ピアノコンクール第1位受賞などコンクールで多数上位入賞を果たしている。J.フルネ、L.マゼール、M.プラッソン、小澤征爾/フィルハーモニア管、ドレスデン・フィル他、国内外の指揮者、オーケストラと多数共演。また日本全国でのリサイタルをはじめ、ベルリン・フィル・ヴィルトゥオーゾ、アンサンブル・ウィーン=ベルリンやヴィオラのG.コセ、W・クリスト、サクソフォンのC.ドゥラングルとの共演と、ソロに加え室内楽やデュオでも活躍している。CDはこれまでに、「ラヴェル;ピアノ作品全集I,Ⅱ」「月光」など、フォンテック、アウローラ・クラシカル等より6枚リリース。現在、京都市立芸術大学准教授。
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