トランペット 記事

小さな巨人は裸足で吹いて、踊った──ルシエンヌ「天衣無縫」の裏側に

裸足のままで、楽屋からステージに。
そして、涼しい顔でハイドンも、ショスタコーヴィチもさらりとこなし、また楽屋で、にっこりポーズ。
いま、世界中の一流トランペット奏者たちの注目の的、ルシエンヌ。
その姿は、まさにトランペットを手にした「小さな巨人」だ。
その素顔に迫ってみた。
文:埜田九三朗/写真:橋本タカキ/協力:ワーナークラシックス、エイベックス・クラシックス・インターナショナル

溢れるばかりの歌心の裏に秘められた、高い技術

これまで世界各国からさまざまな美人トランペット奏者が登場してきたけれど、当年(2019年)とって弱冠20歳(はたち)のルシエンヌは、これまでの美人たちとは格が違う……いや、そんな言葉では、とても表現しきれない。この凄さは「怪物級」だ……と言ったら、怒られるだろうか? いや、怒らないまでも、戸惑う方が多いかもしれない。トランペットのマニアにとっては、確かにデビューアルバム「The Voice of The Trumpet」、そして続く第二弾「Madomoiselle in New York」、そのいずれにも、大向こうをうならせる超絶技巧は前面には押し出されていない。収録タイトルだけを見ると、いわゆる「歌もの」が多いが、たいていの場合トランペット奏者がこの手の楽曲を収録すると、そこには超絶技巧による変奏などのお化粧がたっぷり施され、原曲本来の姿などはどこかに「吹き」飛ばされてしまうことが多いような気がする。
しかし、彼女の作品は、随所に驚くべき細やかな技巧の数々がちりばめられていて、トランペットの演奏に詳しい人なら、聴きこめば聴きこむほどに発見するものが増えていく。弱冠20歳のうら若き女性としては小柄なその姿は、彼女がYouTubeで注目を浴び始めた(注:彼女が14歳頃の驚異的な演奏がYouTubeにアップされ、SNSで瞬く間に世界中に拡散された)頃とおそらくはほとんど変わらないくらい。そして、二枚のアルバムから聞こえる彼女の演奏には、そのローティーン時代からまったく変わらない、豊かな歌心が溢れている。クラシックの名曲とジャズの定番では見事に音色や奏法をそれぞれの楽曲にあわせて変更し、フレーズの細部までをきめ細やかに表現し尽くす。おそらく収録時には楽器やマウスピースを変更して対応しているのだろう、くらいに考えていたが、本年7月の来日公演を拝見して、びっくり。なんと彼女はまったく普通のセッティング(注:ストンビ「フォルテ」にヤマハ16B4という組み合わせ)ですべてを吹ききっていた。しかも、ずっと裸足で、踊るように吹いている。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲はトランペットが第二の独奏楽器的に扱われる独特の構成が有名だが、天才ピアニストである辻井伸行の奏でる超絶フレーズをきらびやかに、かつ軽やかに彼女のトランペットが彩っていく。
辻井の音に、踊りながら飾りつけをするような……超絶技巧の難曲として知られるこの曲は、オーケストラのオーディションの定番でもある。手練れのプロも緊張しまくる難曲を、裸足でいとも簡単に吹きのけて、軽やかに揺れ、時にステップを踏む。ハイドンの有名な協奏曲も同様。これもまた先述の、オーディション定番の難曲だが、まるでポップスを聴いているような、軽やかな気分になってしまう。

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・天衣無縫?天意無法?!
・最初こそ「これはナイな…」と思ったけれど、「もしかしたらこれこそが本物なんじゃないか」と思うようになってきた
・フランス(旧大陸)とアメリカ(新大陸)ふたつの文化を表現したかった

Lucienne Renaudin-Vary ルシエンヌ
1999年、フランスのサン=セバスティアン=シュル=ロワール生まれ。ル・マン音楽院でトランペットを学び、2014年にパリ国立高等音楽・舞踊学校へ進学。同校でクラシックとジャズを同時に学ぶ最初の生徒となった。10代の頃からフランス国内のコンクールを中心に何度も入賞、優勝を果たしている。フランス国内でサル・ガヴォー、アヌシーをはじめとした各地の音楽祭に参加、2015~16年のシーズンにはナントの「ラ・フォル・ジュルネ」最終コンサートに、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団との共演で出演した。フランス国外ではモスクワのスピヴァコフ音楽祭、トルコのアンカラでのコンサート、ドイツのラインガウ音楽祭への出演や、フィンランドで演奏したソレンセンのトランペット協奏曲が特に注目された。2016年、フランス・クラシック音楽賞の「レヴェラシオン」部門賞を獲得。2017年にデビューアルバム「The Voice of The Trumpet」、2019年にセカンドアルバム「Madomoiselle in New York」をリリース。

CD Information

vermilion
「マドモワゼル・イン・ニューヨーク (Madomoiselle in New York)」ルシエンヌ

【9029.540710】 ワーナークラシックス
[収録曲] ガーシュウイン:パリのアメリカ人(メドレー)、ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、ガーシュウイン:愛するポーギー(『ポーギーとベス』より)、シャルル・アズナヴール:フォー・ミー、フォーミダブル、ミヨー:屋根の上の牛、ムーンドッグ(ルイス・トーマス・ハーディン):バーズ・ラメント、シドニー・ベシェ:僕の母だったら、ロバート・ローリー:まもなくかなたの、バーンスタイン:ウエスト・サイド・ストーリー(セレクション)、クルト・ワイル:あんたを愛していないわ、ガーシュゥイン:みんな笑った、ドヴォルザーク:我が母の教えたまいし歌、バーンスタイン:きらびやかに華やかに(『キャンディード』より)、ボビー・ヘブ:サニー
[演奏]ルシエンヌ・ルノダン=ヴァリ(Tp)、ビル・エリオット(Cond)、 BBCコンサート・オーケストラ
 
 

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