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Transition of Miles Band
帝王に仕えたマイルス・バンドのメンバーたち
続いてはマイルスの音楽を支えたミュージシャンの顔触れを紹介していこう。所謂「マイルス・バンド」と呼ばれる彼が率いた自身のバンド・メンバーの変遷を辿る。
(文:原田和典)
サックス奏者にコルトレーンが選ばれ
50年代黄金のマイルス・クインテット誕生

1950年代の半ばからマイルス・デイヴィスはメジャー・レーベルへの移籍を考えていた。アメリカ最大手のレコード会社である“Columbia”でプロデューサーを務めていたジョージ・アヴァキアンにも本人直々の売り込みがあったらしい。もちろんジョージはマイルスの才能を認めてはいたが、「ドラッグは断ち切れているのだろうか」との疑念があり、しかもマイルスがジャズ専門のマイナー・レーベル“Prestige”と契約中であったことも行動を鈍らせた。
が、55年7月に行なわれたニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに登場したマイルスを聴いて、やはり音楽ビジネスに携わっていたアラム・アヴァキアンが大感激、「弟がこんなに熱くなるのなら」ということか、ジョージは、マイルスとColumbia間の契約に動いた。条件は、(プロモーションやツアーのできる)レギュラー・バンドを率いること。
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