オトナの基礎練
人生100年時代。一つの仕事が終わっても、まだまだやりたいことばかり……という元気な定年組は多い。NHK交響楽団で一時代を築いた関山幸弘&佛坂咲千生のお二人は、まさにその典型だ。そんなお二人は異口同音に、定年を迎えてから練習方法に関して気づいたことがある、という……。
(文:埜田九三朗)
「できない」という壁をつくっているのは自分なんだ、と気づいた

現役を退いても、各地のオーケストラで一番を吹きまくっている関山幸弘さん。定年前後に始めたSNSでも、そのはじけっぷりと猛語録は有名だ。「うまくなりたいなら、どんなアマチュアでも毎日最低2時間は練習しなきゃ!」というのその持論ではその2時間で、どんなことをやったらいいのだろう?
関山幸弘
せきやま・ゆきひろ●青森県生まれ。武蔵野音楽大学卒業。1979年、モーリス・アンドレ国際音楽コンクール、アンサンブル部門で第3位入賞。1980年、第49回日本音楽コンクール管楽器部門第1位入賞。トランペットを中山冨士雄、トーマス・スティーブンス、ヴィンセント・チコヴィッツの各氏に師事。2003年度、NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』オープニングテーマのトランペット・ソロを担当。元NHK交響楽団首席トランペット奏者。武蔵野音楽大学、尚美学園大学非常勤講師(2019年3月発売時点)
社会人になってからのほうがうまくなった元音大生の例
NHK交響楽団を定年後、自らの演奏活動以外でも積極的にアマチュア指導を展開している関山さん。毎年夏に開催している合宿も大好評だ。そんな関山さんが、アマチュアと深く接してきて気づいたのが、練習してないのに、うまくならないと悩む人が意外に多いこと。
「練習しないでうまくなるなら、苦労はありません(笑)。なんで練習しないのか聞くと、仕事が忙しいから、とか、家では吹けない、とか。もちろん人生の価値観は人それぞれですが、うまくなるためには楽器を練習しなければならない、という当たり前の事実をみんななぜか忘れてしまってるみたいで(苦笑)」
特にトランペットに代表される管楽器は、口の周りの筋肉や肺や横隔膜を動かすための筋肉など、フィジカルな部分が衰えると、上達はおろか現状を維持することさえ難しくなるのが悲しい現実だ。
「私の弟子のひとりに、音大を卒業してプロにならず、日本を代表する自動車会社で活躍するバリバリのサラリーマンになった男がいるんです。現在は40代ですが、アマチュアとしてトランペットを楽しんでいる彼の演奏を久しぶりに聴いたら、現役時代よりうまくなっているんで、驚いて『どうしたの?』って思わず訊いちゃったんですよ(笑)」
ご本人はさらりと「毎日2時間は練習している」と答えた。
「我々プロは、もちろん毎日それくらいは練習しています。音大生も、もちろん。だから彼は、プロにはなれなかったけれど、音大時代の習慣を卒業以来ずっと続けていたんですね……」
その方の場合は、帰りが真夜中になっても必ず2時間の練習を続けていたのだそうだ。
「いまはカラオケボックスも楽器練習歓迎ですからね(笑)。私もよく利用しています」
自宅にいるときはもちろん、コンテストなど演奏のない地方遠征の時でも関山さんは愛器を携え、合間を見つけてはカラオケボックスで楽器を吹く。本番が終わり、打ち上げまでの間に吹き足らなくて吹いたりすることもある、という(そんな様子が、関山さんのSNSを眺めているとよくわかる)。
しかし関山さん、そんな時にはどんな練習をしているのだろう?
スタッカートには危険がともなう
「たとえば2時間の練習時間が取れた、としましょう。ともかく何でも吹いていれば練習になる……とは思うのですが、それではやはり効率が悪すぎますから(笑)自分で課題を決めて、毎回まず最低限これを吹く、というメニューを決めておくのがいいでしょうね」
アーバンやクラークなど、いわゆる「定番」とされている教則本は、そういう場合に便利だ。
「そういう定番の教則本には、トランペット演奏に関する重要な要素が盛りこまれていますからね。現役時代は、ともかく丁寧に、ゆっくりさらうことを心がけていました。例えばアーバンの場合、原典版にはスタッカートが記されています。練習の際には、スタッカートをテヌートに変えて、ゆっくりしたテンポで確実に練習することを心がけていました。実は、スタッカートはとても重要な表現で、ホールによってもさまざまなスタッカートの表現を試みなければなりません。国によっても微妙に違うので、そこにも注意と研鑽が必要なのですが、それはまた別の機会に。まず基礎練習の段階では、スタッカートにはある種の危険がともなう、ということをお伝えしたいと思います」
スタッカートを単純に「短くする」と考えて吹いていると、いつのまにか「詰まった息の流れ」で吹くことが習慣となってしまう。書いてあることだけを「忠実に」練習してしまうと、アーバンの場合は最初のほうはそれ(スタッカート)ばかりになってしまい、一所懸命にそれをやっているといつのまにか詰まったような音質になってしまうことがある。それを防ぐために関山さんが勧めるのが、スタッカートをテヌートに変換する練習法。
「テンポもあえてゆっくりにして、ひとつひとつの音を確実に鳴らしていきます」
たとえば「シェラザード」のような細かいタンギングが連続するフレーズの練習法にも、このやり方は適用可能だ。[譜例]
「ダブルタンギングやトリプルタンギングが求められるフレーズは、ダブルやトリプルのままテンポをぐっと落として、ゆっくり練習するのです」
ただし、テンポを落としたからといってシングルタンギングにしては練習にならない。
「ゆっくりなテンポのまま、ダブルやトリプルで、テヌートで、しっかりとしたタンギングの練習をするのです。タンギングは、管楽器の大事な表現手段です。たくさんのタンギングが身に着けられればそれだけ表現力が増大します」
こういった練習は、現役時代も定年後の今も変わらない、と関山さんは言う。先述のお弟子さんは、そんな師匠の流儀を忠実に守ったのだ。















