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ドキュメント映画「Black Box Diaries」評

木村奈保子の音のまにまに|第77号

伊藤詩織初監督による「ブラックボックスダイアリーズ」が今年のアカデミー賞、長編ドキュメンタリー映画賞で日本人初のノミネート作品となったが、残念ながら受賞ははずした。

日本では、上映もないまま無断使用の映像についてのクレームで話題になっているが、すでに海外では50か国で上映され、20以上の受賞を果たしている。
それは、作品を見る限り、社会性、題材の信ぴょう性、訴求力のある演出など、映像の力を強く感じさせるものとして十分評価できるからだといえよう。

権力者によるレイプを題材にした日本人による実話が描かれる映画は、今や絶妙のタイミングといえる。
ジャニーズに始まり、大手テレビ局のスキャンダルは、メディアの存続に関わるところまで傷は広がった。
ここで、以前Mee too運動を加速させた大手テレビ局記者による女性ジャーナリスト性加害事件が映画化されたのは意義深い。

テレビ局の海外支局にジャーナリストのインターンとして働きたかった伊藤詩織氏は、ニューヨークのアルバイト先で出会ったTV記者と、就職の情報を得るため日本で再会するも、食事中に意識を失い 気がついたときは、男女の関係に至っていたという衝撃の事件だ。

納得のいかない伊藤氏は、徹底的に自分の足跡をたどり、刑事事件の不起訴を経て本の出版、海外テレビ局にも遠征し、インタビューや討論番組の出演などもこなし、民事事件の勝利を得るまで戦い抜いている。
そして自ら映像化した本作は、事件後の自分の気持ちに向き合い、戦い方を模索する日常を描いていく。

通常、レイプ映画といえば、「告発の行方」(ジョディ・フォスター主演)のような社会派作品でも、レイプシーンを再現するような、男性目線による危うい描写も含まれがちだが、本作のドキュメントでは、事件ファイルのような仕上がりになっており、よりリアリティを持たせる視点で、裁判での重要な証拠となるホテル前の監視カメラの映像などが使用されている。意識を失っていた彼女が、無意識に抵抗し、なかなかタクシーから降りようとしなかったところ、腕ずくで引っ張られていく映像は、裁判でも重要なキーポイントとなった。
また、当時のタクシー運転手には、のちに自らインタビューをし、自分の言動一致を確認した。

レイプ被害者として、声を上げた者は、いわれなき中傷を浴びつづける社会が変わらない今、伊藤詩織氏は、再び映像で何を訴えようとしているのか?
それは被害者目線で、観客に同情を求めるのではなく、むしろ誰にでも起こりうる性トラブルに、自ら向き合うことで、多くの人々に勇気と注意喚起を促すような方向性だ。
その苦い経験を本にまとめたり、映像にすることは、曖昧な感情のなかで考えを整理し、自身を納得させるための“セルフカウンセリング”にもなる。
まず、このことこそが重要で、自身の傷を癒すと同時に、同じような経験者を救い、問題を抱える人々へのメッセージを放つ。

また、この作品をより社会的なものにしているのは、冒頭シーンについてのこだわり。
刑事事件で、よもや空港で記者を逮捕すべく待ち構えていたはずの警察側にストップをかけた当時の長官に自ら詰め寄り、その理由を聞こうと家の近辺まで撮影隊と向かっているところ。
コメント撮りには失敗しているが、この事件をもっとも長引かせたのは、加害者の記者が、当時の首相との強い関係があり、権力が使われたのではないか、政治的な力学により、真実を塗りつぶされたのではないかという疑惑である。
のっけから、インパクトが強いのはこの視点である。

今こそ、MeeTOO運動を日本でも広げるチャンスではないのか?

残念ながら、昨今の話題は映画の持つテーマより、映像の許諾についてのクレームだが、伊藤監督による誠意のある対応と、出演者の寛容な姿勢で歩み寄ることができるならうまくのりきってほしいと願うのは、作品の価値に負うところだ。
声を上げられない被害者たちに貢献できる映像のインパクトは、ほんとうに強い。

ドキュメントにおける出演者ら個人の許諾権は、安易に、そのくらいはいいのでは、というべきではないと思うが、観る側にとっては、悪質なレベルのものは感じられず、センセーショナルな呼び込み映像、あえて晒すというような見せ方など、作り手のセンスを疑うようなものはなかったと思う。

それにしても、ホテルの監視カメラを見せるしか信じてもらう方法がないほど、疑いをかけられ続ける被害者の未来は、まだまだ厳しいというものか。証拠のない事件として、なかなかとりあえってもらえないのが現状という。
仮にあのホテルの映像がなくても、被害を訴えた女性の行動が“枕営業の失敗”かも、というような 発想は私にはない。被害者に、このような疑いがいちいちかけられるのは、なぜなのか?

私の過去の社会経験から、枕営業とおぼしき行為をしていた女性を何人か知っているが、堂々とそれを口にしていたし、次から次へと獲物を狙い、得るものを得て、たまに失敗しても即、次に行くだけで辛さもなければ、訴訟もしない。
ましてやPTSDのような病気になることもない。
しかし、そういう女性が世の男性にとっては実に都合よく、好まれる社会だったのではないか。 社会で同意どころか、性接待=枕営業=勝ち組としてしまう限り、女性の地位は上がらないことを私は主張する。

一方、女性被害者を疑う人に聞きたいが、レイプを訴える女性は何が哀しくて、被害を“売り”にできると思っているのか?
枕営業をしゃあしゃあとやってのける人は、得るものはさっさと得て、自分だけのしあがる。
それができない、まっとうな人物だから、こんな苦難に巻き込まれているのではないのか。
フジテレビで話題の被害者も、そういうことなのだろう。

いずれにせよ、本作は日本の公開に向けて多くの修正を経て、新たな作品になったとしても、伝えるべきものは残ると思う。
ジェンダー指数の低い日本での上映を決してあきらめてはいけない。 大きな目的のために、なんとか折り合いをつけることを期待する。

 

MOVIE Information

「Black Box Diaries」2024年/イギリス・アメリカ・日本合作
[原題]Black Box Diaries
[監督]伊藤詩織
[製作代表]スターサンズ
[音楽]マーク・デリ・アントーニ

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

 

N A H O K  Information

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