フルート記事 優れた映画音楽は、映像を超越するか?
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木村奈保子の音のまにまに|第81号

優れた映画音楽は、映像を超越するか?

MUSIC

優れた映画音楽は、映像を超越する——
フランスのジャック・ドゥミ監督が、音楽家ミシュル・ルグランについて語っている。

私が映画の仕事に目覚めたきっかけは、FM局の映画音楽シアターというラジオ番組だった。
それは、映画音楽の名曲を紹介するDJスタイルではなく、新作の洋画を試写室でフル録音して、音や曲やセリフを編集し、つなぎで私が説明を加えるというもの。
作品にとって、まず邪魔にならない語り口を心がける。
音だけで場面を思い出しながら伝えるのもひと苦労だが、聞き手も場面を思い浮かべる想像力を要する。

音を中心に構成する中で、ちょっとつなぎのナレーションを加えるだけというのが、私の紹介スタイルだ。
このころから始まった別の映画紹介番組も、新作映画のダイジェストからサウンド重視で、すきまにナレーションをはさんで見せるというもの。
テレビだから映像はあるが、シーンの音、セリフ、音楽が引き立つように構成するスタイルは変わらない。
数分間でも、視聴者は集中して、映画の世界の中に入っていけるよう心掛けた。

音楽が流れている間はだまって聞いていればよいだけだが、そこに出演者のにぎやかしい声を必要とするバラエティ番組は、厳しい。
テレビ育ちのスタッフは、少しの“間(ま)”が怖いから、出演者に盛り上げてもらおうと考える。
そこで、目的のないトークが騒音のように重ねられ、映像と音をかき消してしまう。
こうなると、映画も音楽も台無しだ。ああ、もったいない。
情報番組のなかで、1本の映画が静寂の中で紹介されるだけで世界は広がり、テレビの文化レベルが上がるというのに残念だ。

さて冒頭の映画音楽と映画の関係については、私も同意する。
映画音楽のほうが映像、脚本よりも上回っているといえる作品は、少なくない。
名作では、いずれもウィン・ウィンの関係で伝えられているが、現代の視点で観ると、名作映画で知られる音楽は、たいてい音楽のほうがはるかにすぐれている、と私は思っている。

映画音楽の解説を書くために、古き良き時代の名作を見直し、映画音楽を演奏するシネマバンドでヴォーカルを担当した時にも、なんども映画音楽のヒット曲を聴きなおしたが、私が悩んだのは、名曲と名作映画の魅力が一致しないことだ。
特にヒロイン映画において、シナリオで描かれる女性の行動に筋道がなく、女優の美しさだけで共感させる強引さがあった。
そこへ優れた音楽が重ねられると、ヒロインの言動は確かなものと認識させられる。
この時代の男社会で考えるヒロイン像にはもやもやするものがあるが、優れた音楽がいっきに名作へと導くのだ。
例えば、オードリー・ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」やカトリーヌ・ドヌーブの「シェルブールの雨傘」など、ラブストーリーものはその例にもれない。音楽は映像を超えた、と言える作品はいくつもある。

さて、映画音楽の巨匠については、エンニオ・モリコーネのドキュメンタリー「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(2021,伊)が、何度も観たいと思える大傑作だが、この秋に公開する「ミシェル・ルグラン、世界を変えた映画音楽家」もまた、匹敵する傑作ドキュメンタリーだ。

ルグランは、クラシック畑でジャズ・ピアニストながら、ハリウッドに迎えられ、映画音楽のジャンルで名を残した最高峰のアーティスト。
200本以上の映画音楽を手がけたうち、ルグランの曲なしでも成功したであろう映画は少ないかもしれない。
ジャック・ドゥミ監督との「シェルブールの雨傘」から世界的な評価が高まったが、映画の脚本としてだけ観るとどうか?
最愛の恋人が出兵したあと、2年も待てずに別のお金持ちの男性と結婚してしまうヒロインの物語。
カトリーヌ・ドヌーブの類まれな美貌とルグラン・ミュージックのメロディがなければ、永遠の名作となりえていなかっただろう。
エンディングの、転調を重ねたルグランの哀愁のテーマ曲は、まさに映画の演出を超えた。

本作では、ルグランの映画音楽として、あまり知られていない、映画としても人気のない「愛のイエントル」が、映画音楽として専門家たちには高く評価されていたことが伝えられ、驚いた。
バーバラ・ストライザンドが、原作を売りこむために命がけで奔走した企画で、ユダヤ民族の女性差別をテーマにした画期的なシナリオだが、ミュージカル仕立ての音楽をルグランが全面的に担当した。

バーバラは見事な歌唱力だが、美貌のアイドル顔ではなく、男装もあまり似合わないルックスであったことは、この時代にして受け入れにくいポイントがあったのだろうと思う。
この作品は、ヒロインの生き方として筋道があるため、これを機に私は映画に見るヒロイン学を追い始めた。
恋愛よりも、自分らしさを選ぶエンディングは、自立する女性像の始まりを意味する。
ルグラン・ミュージカルとして、いつかリメイクされるのではないかと熱望する。

さて、音楽家のドキュメンタリー映画で失敗作に出会ったことはほぼないが、ミュージシャンの音楽と人生が、残された映像や周囲が語るリスペクトコメントにより、甦ることは本当に意義深い。
本作では、ルグランに対するリスペクトコメントが、多くのスターミュージシャンや俳優たちによって語られ、それに、ルグラン本人の人生の後半を撮影していく監督の映像もリアルで、生々しい。

こんな音楽人生の終え方ができるとしたら、理想だと思える見事なエンディングは、彼自身がこれまで多くの作品に美しいエンディングを与えてきたからなのだろうか。

エンニオ・モリコーネの「モリコーネ 映画が恋した音楽家」に続いてミシェル・ルグランドキュメントは予想以上の完成度だが、現在、ニーノ・ロータのドキュメント映画「NINO」を制作中で、楽しみにしているところだ。
これら三大映画音楽の巨匠は、いまの若い世代どころか、私でさえ公開した時に見ていない時代の名作でおなじみだ。
クラシック音楽とジャズと映画音楽と……ジャンルの垣根を超えることに、生みの苦しみを味わってきた天才音楽家たちの生きざま、音楽と映像の関わりを通して、語り継がれる映画音楽の醍醐味を共有したい。

MOVIE Information

9月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
2024年/109分/カラー/5.1ch/1.85:1
日本語字幕:大塚美左恵 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
[原題]IL ÉTAIT UNE FOIS MICHEL LEGRAND
[監督・脚本]デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス
[脚本]ウィリー・デュハフオーグ
[音楽]デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス ミシェル・ルグラン
[出演]ミシェル・ルグラン アニエス・ヴァルダ ジャック・ドゥミ カトリーヌ・ドヌーヴ バンジャマン・ルグラン クロード・ルルーシュ バーブラ・ストライサンド クインシー・ジョーンズ ナナ・ムスクーリ
[配給]アンプラグド
公式HP:unpfilm.com/legrand

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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