フルート記事 追悼 故ロバート・レッドフォードとLife with Bob
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木村奈保子の音のまにまに|第84号

追悼 故ロバート・レッドフォードとLife with Bob

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アメリカ映画界の重鎮、大スターで巨匠でもあるロバート・レッドフォードがこの世を去った。
SNSで多くのいいね、をいただいたので、もう少し続きを書こうと思う。
どうして、亡くなった後だけ、人々は急に注目するのだろうという複雑な思いを抱きながら……。
2025年9月16日の朝、ユタ州プロボ郊外の自宅で死去したというニュース。
89歳だった。すでに7年前に映画界からを引退していたが、遺作のひとつ前の、「夜が明けるまで」(2017、米・NETFIX現在配信中)」は、ジェーン・フォンダと老いらくの恋をテーマに共演している。

甘いラブストーリーは苦手で、政治映画を好むと言っていたレッドフォードが、80歳にして自らのプロデュースで政治活動家でも知られる大女優、ジェーン・フォンダをキャスティングして同世代同志の新しい恋のようなものを描く物語に共演オファーしたのだ。
二人とも、背筋がピンとして頭がクリアで、疲れてもいないから老いの悲壮感はまったくない。
レッドフォードは自然派だから、早くから皺を隠さずに生きてきているが、ジェーン・フォンダの顔は、作りこまないのに、皺もない。若作りをしないのに老いないナチラル感は、どこからなのか?
ジーンズスタイルでさりげにキメている80歳のスターカップルが、田舎の孤独な老人たちの日常会話を秀逸な演技により、知的な会話に変換させる。
日本の脚本(ホン)では、ありえない感覚だろう。
本作は、ユタ州と隣接するコロラド州で撮影された。
山男の選択は、自然の背景か、政治かのいずれかが大切らしい。

さて私が、レッドフォードの住むユタ州の家のすぐ近くにある映画ラボに取材に出かけたのは、いまから30年以上前の冬だった。
このとき、記者としてのインタビューだけでなく、映像製作も請け負っていたので、ニューヨークに住む撮影隊をセッティングして、寒い雪山の田舎町で過ごすことになった。
撮影場所を決めながら、映像を作っていく計画だが、ちょっと絵が弱いなあと感じるほど地味な背景だ。
ディレクションも兼ねているので、もっと面白い絵はないのかとボランティアスタッフにせっつくのは、浅はかな作り手としての悪い癖か。一級の映画人が住む街で何を求めるのか、と今は反省しかない。

 

私の担当についてくれたスタッフは、レッドフォードとの仕事につきあいすぎてか“LIFE WITH BOB”という表現で、彼とお仕事をする大変さを楽しそうに説明した。
(ご承知の通り、BOBとはレッドフォードの呼び名である)
映画製作に興味のある人々は少なくないから、一般人でも必死でアーティストの要望に答えようとするため、LIFE WITH BOBという沼にはまるらしい。
ユタ州、ソルトレイクシティはモルモン教の信者が半数以上と聞いていたとおり、彼もそのようだった。街には、モルモン教の建築が美しくそびえたつていたのが印象的だ。

映画祭のセレモニーや、レッドフォードが提供する映画ラボも、上映する劇場も素朴さのみの魅力で、ほかの欧州の映画祭同様、驚くほど地味だ。
レッドフォードのインタビューがある最終日までは、毎日秘書との折衝があり、インタビュー文言をチェックされたり、注意が事細かに厳しく、いろんな状況の撮影許可が出ず、あれもこれもNGと、日々頭を抱える。

秘書が何人もいるのはわかるが、第一秘書、第二秘書、と7段階くらいの階級があり、一人がOKと言っても、翌日別の秘書がNOを出すこともある。
「もう、かんべんしてくださいよ~」
とも言えないまま、レッドフォードのお出ましまで、下準備を続けていく。
Life with Bobを感じつつ、世界中からパパラッツィが来るので、いろんなリスク管理をしないと面倒なことも起こるのだろうなと理解した。

そこにある舞台は殺風景な学生向けのラボ。レッドフォードがここで指導をすることもある。
最終日は、炎が燃え盛る暖炉の前で、金髪をなびかせ普段着のセーターをざっくり着たロバート・レッドフォードがカウボーイブーツで足を組み、ディレクターズチェアに斜め向きに座っていた。
まるで後光がさすかのような勢いで、そこはいっきに“映画”の舞台となった。

ほかの記者もいたのだが、誰も彼のプライベートやばかな質問はできない。
わざとらしい笑顔も、流行の衣装もなく、上から目線の態度もなく彼の存在は演出されたかのように自然体だ。
大物スターをまじかにする醍醐味は、この言葉を超える空気感だ。
そういうものにふれる機会が海外の映画祭に出席する収穫かもしれない。
いまや若者の登竜門となっているサンダンス映画祭がUS映画祭から名を変え、それを支えてきたのが、レッドフォードなのである。

その後、来日もしたレッドフォードは、映画「モンタナの風に抱かれて」について話した。
傷ついた少年の心を癒すホース・ウィスパラーの物語で、自然を背景にした馬との会話ができる男を演じたのもはまり役だった。
ただ、原作では、この少年の母親との不倫問題もバックグラウンドに大きくあったことを指摘すると、「僕は不倫とか、そういうものは大嫌いなんだ、だからばっさり割愛した」と口走ったのも印象的だった。

私は、実のところスターたちの顔を見るために記者会見に出席するよりも、スクリーンのなかで演じたキャラクターや物語の分析のほうに興味がある。
俳優は、普通に日常生活を送るときより、深い演技を見せているときのほうが魅力的に決まっている。

レッドフォードは、甘いハンサムな顔を生かすラブストーリーを苦手としながら、最後まで美貌を無理に壊すこともなく、監督や製作や映画人育成など裏方の仕事に力を入れて、映画人としての人生をまっとうした。
これまで、作品のなかに残酷にもあらわされた、老いによる劣化を感じた監督はいるが、レッドフォードは最後まで完璧な作品でまっとうしたのではないか。
Life with Bob と呼ばれる厳しさをリスペクトしたい。

©Jean Pagliuso
 
 
 
 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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