フルート記事
東京交響楽団 音楽監督 ジョナサン・ノット

指揮者に訊く オーケストラとフルート

脈々と続く音楽の歴史を継承し、オーケストラそして作品を導く指揮者。彼らにフルートという楽器はどのように見えているのだろうか? そんな疑問を抱いた編集部は今回、フルートと声楽を学び、現在は世界的指揮者として活躍するジョナサン・ノット氏(東京交響楽団音楽監督)に取材を依頼。多忙な中、なんとメールインタビューが実現した! 昨年11月に行なわれた東響の定期演奏会では、古典~近現代の作品を同じプログラムに組み込み、曲間も自然体で心地よい、見事な流れを生み出したノット氏。例えば前半のリゲティではしなやかで洗練された音楽を、後半のベートーヴェンでは情熱的かつ、ソリストとの呼吸もピッタリな成熟した音楽で聴衆を惹きつけた。そんなノット氏が見るオーケストラの世界そしてインスピレーションを、しかとご覧いただきたい。
取材協力:東京交響楽団 翻訳:久保順

©T.Tairadate/TSO
 
この度はメールでのインタビューをお受けくださりありがとうございます。最初に、音楽との出会いそして声楽とフルートを学んだきっかけを教えてください。
J.ノット
(以下N)
私の音楽人生の始まりは幼少の頃で、長時間のドライブ中に父から戦時中のイギリス歌曲をよく聴かされていたことからではないでしょうか。父はギターとピアノが少々弾ける人で、私が毎日通っていた聖歌隊で何か他の楽器を始める機会があったときに「ピアノをやらないか?」と聞いてきました。私は「一番大きな楽器か、小さな楽器が弾きたい!」と返事をしました。ウースターにある大聖堂の聖歌隊では、朝と放課後の時間に崇高な空気の中、素晴らしい音楽づくりを毎日体験することができました。しかし学校に私が弾けるコントラバスはなく、ピッコロを吹くなら「まずはフルートから」というわけで、私のフルート人生が始まりました。その後バーミンガム市交響楽団の首席奏者を通じて、初めて村松楽器の総銀製H足部管を知りました。あるときジェームズ・ゴールウェイ氏が、(自身の)持ちうるすべてのフルートを使い、ゴダールを演奏しているビデオを観て、一つだけダイヤモンドのブルーの輝きのようにキラリと光る音色を持つ楽器を見つけました。後日、その楽器が村松楽器のプラチナ製のフルートだということを知り「将来音楽で成功することができたなら必ず購入しよう」と決めたのでした。現在は私の楽器を東響のメンバーに使用してもらったりしています。フルートと声楽の共通点は、ヴィブラートと感情を表現できる息遣いを純粋に音へ伝えやすい点だと思っています。
そこからなぜ指揮者を目指したのでしょうか?
N
指揮することになったのは本当に偶然です。フランクフルトの歌劇場にいたときに私は声楽のコーチを務めていたのですが、練習だけではなく本番にも関わりたいと思ったことから指揮の道へ進むことになったのです。指揮をするということは、本当の意味で誰かを輝かせる手助けをする、伴奏者と同じことだと思っています。
 

インタビューは続きます!

 

©K.Miura/TSO

ジョナサン・ノット Jonathan Nott
東京交響楽団 音楽監督

1962年イギリス生まれ。ケンブリッジ大学で音楽を専攻し、マンチェスターのロイヤル・ノーザン・カレッジでは声楽とフルートを学び、その後ロンドンで指揮を学んだ。ドイツのフランクフルト歌劇場とヴィースバーデン・ヘッセン州立劇場で指揮者としてのキャリアをスタートし、オペラ作品に数多く取り組む。1997年~2002年ルツェルン交響楽団首席指揮者兼ルツェルン劇場音楽監督、2000年~2003年アンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督(2004年~2006年は客演指揮者)、2000年~2016年ドイツ・バンベルク交響楽団の首席指揮者を経て、2017年1月よりスイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督、2014年度シーズンより東京交響楽団第3代音楽監督を務める。
古典から現代曲まで幅広いレパートリーと抜群のプログラミングセンスを持つノットは、その多岐にわたる活躍が評価され、2009年バイエルン文化賞を受賞。現在取り組むR.シュトラウス・コンサートオペラシリーズ《サロメ》《エレクトラ》は、各メディアのベスト・コンサートに選出され、第3弾「ばらの騎士」はすでに多くの注目を集めている。ベルリン・フィル、ウィーン・フィルなど世界一流のオーケストラと客演を重ねるほか、レコーディング活動や教育活動にも尽力している。

 

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