クラリネット記事
コンサート・レポート

Penta-CLam 2nd Concert Tour[五色月ニ想フ夜]

Clarinet Quintet Penta-CLam
2nd Concert Tour [五色月ニ想フ夜]東京公演
[日時]2023年6月5日(月)19時開演
[場所]豊洲シビックセンター ホール
[出演]Clarinet Quintet Penta-CLam
    渡邊一毅
    池谷歩
    草野裕輝
    渋谷圭祐
    米倉森

色月(いついろづき)とは、陰暦の5月の別名である。これを現在用いられる陽暦に直すと、おおよそ5月末ごろから7月初めごろまでとなる。5月後半から6月にかけて開催されたツアーのタイトルに、ぴたりと当てはまる言葉であろう。
クラリネットアンサンブル「Penta-CLam」。昨年、この大海原へと出航したばかりの帆船の名だ。一年の航海を経た今年、自身2回目のコンサートツアー[五色月ニ想フ夜]を決行、そしてこの2023年6月にツアー千秋楽となる東京公演を、潮風薫る東京・豊洲にて開催した。
各々が奏者、講師、YouTuberとして名を挙げているメンバーとあって、会場は学生を中心に賑わいを見せており、これから始まる宴への期待感で満たされていた。
なお、今回はメンバーであるMicina氏が参加できず、米倉森氏が賛助で出演されての開催となった。

リーダーである“ペンタレッド”渡邊一毅氏
賛助で出演した“ペンタオレンジ”米倉森氏

のPenta-CLamは、元々不足気味なクラリネット五重奏曲のレパートリー拡充を目的としている。前回のツアー時も完全新曲・新規編曲がほとんどを占めていたが、今回も新曲目白押しのプログラムとなっている。
コンサートの開幕を華々しく知らせるのは、吹奏楽の巨匠アルフレッド・リードの作品『序曲「春の猟犬」』だ。多くの吹奏楽団が取り上げる人気の曲を、渡邊氏自ら新規に書き下ろしたアレンジで披露した。
快活な春の踊り出したくなる陽気、青春の甘い愛のささやき、それらを一曲に盛り込んで春らしさを存分に感じられるこの曲。多彩な声部をわずか5本のクラリネットに落とし込む渡邊氏の手腕はさすがの一言である。また、軽快な6/8拍子は非常に歯切れよく、中間部は甘くとろけるように存分に歌いこむ彼らの演奏は、確実に前回のコンサートツアーからパワーアップしていた。

く2曲目は、石川洋光作曲の『Impressions』。渡邊氏も師事していた山本正治氏らが結成した「ザ・クラリネット・アンサンブル」のアルバム「IMPRESSION」に収録された曲である。
この曲は今回のプログラムで唯一の既存曲であり、また唯一のスロー・テンポのバラードである。アグレッシブなメンバーがそろい、引っ張られるように選曲もアッパーでジャジーな曲が多い中にあることで、この曲は際立って印象的な輝きを放っている。
新規レパートリーの開拓を目的とする彼らがすでに名曲として存在するこの曲を演奏する理由について、“温故知新”という言葉で説明されていた。繊細な和声感や叙情的なメロディが特徴的なこの曲を一音一音大切に吹き上げる彼らからは、先達へのたゆまないリスペクトの心がありありと見て取れた。

半最後となる3曲目は、メンバーであるMicina氏がツアーのために書き上げた新曲『新たなる地表への挑戦』である。
Micina氏は今年アメリカへと移住した。この曲は、そうした人生の大きな変化の中で作ったものであり、挑み続ける人の背中を押す曲にしたという。
内に燃える決意や、来る荒波へ立ち向かう意志など、確固たる想いを感じさせるように、曲は始まる。静かに、しかし確実に力強く進んでいく曲調は、まさしくこれからまさに旅立たんとせん冒険者を眼裏に描かせる。展開によって大きく表情を変えるその曲調は、旅路のうねりなのであろう。動静激しく移り変わる本曲は、挑戦し続ける人の力強さを表すかのような激動の内に終幕を迎える。
今回Micina氏は参加することが叶わなかったが、彼女も新天地にて挑戦し続けている。今回の演奏は、Penta-CLamと米倉氏から、Micina氏へ捧げられたエールなのであろうか。

豊洲シビックセンターは、その美しい景観が特徴である

憩を挟んで後半、1曲目に演奏した大柴拓作曲の『菜虫蝶と化す』は、Penta-CLam初となる委嘱作品である。
「なむしちょうとかす」と読むこの言葉は七十二候の一つであり、菜虫(芋虫)がサナギから蝶となるように、生命が息吹く季節……春が始まる、3月中旬ごろを指す言葉である。
大柴氏がプログラムで語るに曰く、「長らく公演活動の制限を強いられていた我々音楽家の、今年こそが力強く目覚める“春”になれ、という願いも込めています」とのことである。未曾有のパンデミックに襲われて早3年。長く暗いトンネルに在った音楽家たちにも、ようやく光が差し込めてきた今だからこそ、殊更に大きな力を持つ一曲であろう。
コンサートの前半はB♭クラリネット4本とバス・クラリネット1本のオーソドックスな編成であったが、この曲はE♭クラリネット1本、B♭クラリネット2本、バス・クラリネット2本という独特な編成となっている。
冬を耐え忍んだ生命が目覚めるように静かにゆっくりと始まり、音と音が重なりながら次第にヒートアップしていく様は春の歓びを大いに謳う様をありありと表現しているかのよう。大柴氏が言う「力強く目覚める“春”」の鼓動が5人から強く感じられ、そのほとばしるエナジーが楽曲の姿を借りて聴衆に訴えかるようであった。「我々はここにいるぞ」と。

5本とは思えない重厚なサウンド

邊氏に曰く「“攻め” に全振りした」プログラム、掉尾を飾るのはジョージ・ガーシュウィン作曲の『パリのアメリカ人』。編曲を担当した渋谷氏が恒例にしようとしている、「無茶振りオケ編曲コーナー」である。
前回のツアーで披露した『スペイン狂詩曲』も常軌を逸した難易度であったが、この『パリのアメリカ人』も想像に違わず壮絶な難易度となっている。単一楽章で20分近くにもなるこの曲を5人で吹くとなると、楽器が足りない、声部が足りない、音域が足りない、ないない尽くしであろう。挙げ句に、そもそもここまでのプログラムも難曲ぞろいであり、体力的にも相当にギリギリを攻めているはずだ。「ペンタクラム5人で限界に挑戦する」という渋谷氏の言葉がいかに本気の決意であるかを感じさせられた。
この『パリのアメリカ人』はガーシュウィンがフランス・パリで過ごした刺激的な日々をモチーフにした表題音楽であり、タイトルのアメリカ人とはガーシュウィン自身を指しているのであろう。時にはクラクションも用いるゴージャスなオーケストレーション、あちらこちらへと目が移ろう場面の移り変わり、ひょいひょいと軽やかな足取りを表すようなメロディライン。本来オーケストラで表現する内容を5本のクラリネットで演じきった5名には拍手喝采が送られた。

喝采を浴びるメンバー。晴れ晴れとした表情が、演奏会の成功を物語るようである

後のアンコールでは、エリック・ウィテカーの『ルクス・アルムクェ』を演奏した。
祈りをたたえた合唱曲である本曲をクラリネット5本で厳かに奏で、充実の演奏会は幕を閉じた。
前回のツアーから大幅なパワーアップを魅せてくれた「Penta-CLam」の果てなき航海は、まだまだ続く。願わくは、次の寄港地でも変わらずに、彼らを迎えたいものである。


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